表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

129/339

127話 勇者と夢魔族の変化

「大丈夫でしょうか?」


 少女は不安そうに森を見つめている。


「ベイルは本物の勇者だからね。きっと大丈夫だと思うよ」

「そう……ですよね」


 おれはベイルの実力を知っているから楽観的にいられるが、少女はそれを知らないのだから、表情が晴れないのもしかたがない。


(うん? 待てよ)


 疑問が浮かんだ。


「幻夢って技を使って、おれたちを襲ったんだよね?」

「はい。その際は申し訳ありませんでした」

「謝罪はいいから、だれが使用してたのか教えて」

「あたしです」

「影響範囲はどのくらい?」

「個人差はありますが、あたしは視界に収まる程度です」


 だとするなら、おれたちの戦闘を目にしているはずだし、ベイルの強さを認識できていないはずがない。


「幻夢は対象者に(まぼろし)を見せる技です。対象者の目に映る(まぼろし)を共有することは出来ますが、その強さまでは計り知れません」


 おれの思考を察したのか、少女は幻夢の説明をしてくれた。


(なるほど)


 映像としては認識できても、それが一刀に伏されてしまえば、(まぼろし)はおろかベイルの実力だって計り知ることは不可能だ。

 もっというなら、ほとんど苦労せず敵を退けたことが、逆に不安をあおったのかもしれない。


「じゃあ、夜だけ襲われないのはなぜ?」

「朝と昼の襲撃の際、油断を誘う布石です」


 ありえる話ではあるが、納得はできない。


(いや……自分が打ち立てた仮説が間違ってたのを、認めたくないだけか)


 真実は小説より奇なり、という言葉もある。


「ふぁぁぁぁぁ」


 あくびが漏れた。


「寝所にご案内します」

「うん。お願い」


 通されたのは野宿よりは幾分マシという程度のところだったが、文句はない。

 屋根とゴザがあるだけでもありがたい。


「んじゃ、おやすみなさい」


 目を閉じ、おれは眠りに落ちた。



「おきろ。おきろ」


 体が左右に揺さぶられる。


「おきろ。おきろ」


「んあっ!?」


 変な声が漏れてしまった。


(イカンイカン)


 昨夜は久しぶりに野宿から解放されたこともあり、深く眠ってしまったらしい。

 まだ頭は冴えないが、おれは体を起こした。


「やっとおきたか」


 目の前には一七、八歳のお姉ちゃんがいた。

 顔には若干のあどけなさが残っているのだが、体は成人女性のそれだ。

 特に胸が大きい。

 着ている服のサイズが合っていないせいか、余計にその辺が強調されている。


(ベイルが喜びそうだな)


 眠い目をこすりながら、そんなことを思った。


「朝飯の準備が出来たぞ」

「あい。いただきます」


 お姉ちゃんに続いて外に出た。


「マジかよ……!?」


 広がる光景に立ち尽くした。

 一夜にして、村が様変わりしている。

 掘っ立て小屋と呼ぶのもはばかれる家屋は消え去り、ちゃんとしたログハウスが建設されていた。

 入村したときが夜だったから見えなかった、などというレベルではない。


(あんなもんは絶対になかった!)


 そう断言できる。

 なぜなら、その数が一軒二軒ではないからだ。

 目に映るすべての住宅が、ちゃんとしている。

 おれは振り返った。

 丸太を斜めに組み、穴の開いた布で覆っただけの、家とは呼べないモノがあった。


(化かされてる、ってわけでもなさそうだな)


 うまく理解はできないが、一晩でなにかしらの変化があったのは間違いない。


 ぐうううううう


 盛大に腹が鳴った。


(まずは飯だな)


 昨夜の状況では期待できないが、いまならしてもいいだろう。



 案内された家のリビングには、筋肉モリモリのおっさんがいた。


「お待ちしておりました。さあどうぞ。こちらにおかけください」


 サイドチェストのポーズを決めながら、上座の椅子を進められた。


「いやはや、なんとお礼を申し上げればよいのやら。この度は誠にありがとうございました」


 フロントダブルバイセップスのポーズで頭を下げられたが、おれはなにもしていない。

 思い当たる節があるとすれば、ただ一つ。


「ベイルが四天王を倒したんですか?」


 ニヤッ、と笑われるだけで、否定も肯定もされなかった。


「詳しい話は食事をしながらしましょう。おぉい、準備をしてくれ」


 主食は芳しい香りのパン。

 おかずは大きな葉で包んだタイのような魚の蒸し焼きとチャーシュー。

 主菜にはみずみずしい菜っ葉と宝石のように輝くトマト。

 金色輝くコンソメスープっぽいものと、コーンポタージュっぽい汁物もある。

 これらもやはり、昨日の寒村からは想像できない豪華な食事だ。

 期待してはいたが、予想よりだいぶ上だった。


(怪しいよな)


 いくらなんでも、差が大きすぎる。

 一夜にして巻き起こった変化の理由を聞くまでは、料理に手を付けるのはやめておいたほうがいいだろう。


「どうされたのですか?」

「いや、昨日とのギャップにね……少し動揺しちゃって」

「なるほど。これは気がつきませんで。失礼しました。改めて自己紹介させていただきます。わしはこの村の長老職についているブネと申します。以後お見知りおきを」


 …………


「ちょっと待った。いま、長老って言った?」


 おれの目の前に座っているのは、屈強なおっさんだ。

 昨夜会った腰の曲がった老人とは、似ても似つかない。


「信じられないかもしれませんが、これが証拠です」

「いや、ほんの一瞬見ただけで覚えてねえよ」


 誇らしく杖を掲げるブネに、思わずツッコんでしまった。


「そうですか」


 これでもかと肩を落としている。

 この打たれ弱さは、昨日の老人と一緒だ。

 ということは、ウソをついているわけではないのかもしれない。


「村の変化もそうだが、長老さんの変化についても教えてくれないかな? なにがあって、そこまでの急激な変化をしたの?」

「我らは夢魔族です」

「うん。それは昨日聞いた」

「夢魔族とは、基本食事をしません」

「じゃあ、これは?」


 おれは食卓に並んだ料理を指さした。


「あなた様専用です。我らには必要ありません。我らが食するのは、森が生み出す感情だけです」

(んん!?)


 予想外の告白に面食らう。


「森の中で生み出される、喜怒哀楽を食べるのです。空腹が満たされることによって、我らの力は増します」


 おれの予測は間違っていなかったわけだ。

 けど、それならそれで疑問もある。


「だれの感情を食べたの?」

「わかりません」


 長老がかぶりを振った。


「夜が明ける寸前、突如森に巨大な感情が生まれたのです。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。すべての感情が森を包みました。飢餓に喘いでいたわしらには、この上ないごちそうでした」


 満足な栄養を得たことで、回復したわけだ。

 それは喜ばしいことだが……正体不明の巨大な感情というのが気になる。


「きゃああああああ」

「何事だ!?」


 悲鳴に反応して外に飛び出す長老の後を追って、おれも家を出た。


「あっ……あああああああっ」


 村人全員の足が震えている。

 中には立っていられず、へたり込んでしまっている者もいた。


「も、もう駄目だ」

「やはり許されざる行為だったんだ」

「殺されるのね」


 空を見上げ、夢魔族は口々に絶望を言葉にしている。

 彼らの視線を辿れば、空に浮かぶ一体のモンスターにぶつかる。

 手が六本ある大型のライオンだ。

 目が吊り上がり、大きな口から覗く牙と手足に生えた爪が印象的だ。

 見ようによっては、鋭く尖ったそれらは、短刀にも映る。

 三頭身のフォルムは可愛いが、パーツの凶暴性がそれを台無しにしていた。


「ガウ様! どうかお許しください!」


 長老が土下座した。


「反乱を見過ごすことはできん。よって、お前ら夢魔族は処刑だ」


 四天王ガウの宣告に、村人たちは泣き崩れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ