127話 勇者と夢魔族の変化
「大丈夫でしょうか?」
少女は不安そうに森を見つめている。
「ベイルは本物の勇者だからね。きっと大丈夫だと思うよ」
「そう……ですよね」
おれはベイルの実力を知っているから楽観的にいられるが、少女はそれを知らないのだから、表情が晴れないのもしかたがない。
(うん? 待てよ)
疑問が浮かんだ。
「幻夢って技を使って、おれたちを襲ったんだよね?」
「はい。その際は申し訳ありませんでした」
「謝罪はいいから、だれが使用してたのか教えて」
「あたしです」
「影響範囲はどのくらい?」
「個人差はありますが、あたしは視界に収まる程度です」
だとするなら、おれたちの戦闘を目にしているはずだし、ベイルの強さを認識できていないはずがない。
「幻夢は対象者に幻を見せる技です。対象者の目に映る敵を共有することは出来ますが、その強さまでは計り知れません」
おれの思考を察したのか、少女は幻夢の説明をしてくれた。
(なるほど)
映像としては認識できても、それが一刀に伏されてしまえば、敵はおろかベイルの実力だって計り知ることは不可能だ。
もっというなら、ほとんど苦労せず敵を退けたことが、逆に不安をあおったのかもしれない。
「じゃあ、夜だけ襲われないのはなぜ?」
「朝と昼の襲撃の際、油断を誘う布石です」
ありえる話ではあるが、納得はできない。
(いや……自分が打ち立てた仮説が間違ってたのを、認めたくないだけか)
真実は小説より奇なり、という言葉もある。
「ふぁぁぁぁぁ」
あくびが漏れた。
「寝所にご案内します」
「うん。お願い」
通されたのは野宿よりは幾分マシという程度のところだったが、文句はない。
屋根とゴザがあるだけでもありがたい。
「んじゃ、おやすみなさい」
目を閉じ、おれは眠りに落ちた。
「おきろ。おきろ」
体が左右に揺さぶられる。
「おきろ。おきろ」
「んあっ!?」
変な声が漏れてしまった。
(イカンイカン)
昨夜は久しぶりに野宿から解放されたこともあり、深く眠ってしまったらしい。
まだ頭は冴えないが、おれは体を起こした。
「やっとおきたか」
目の前には一七、八歳のお姉ちゃんがいた。
顔には若干のあどけなさが残っているのだが、体は成人女性のそれだ。
特に胸が大きい。
着ている服のサイズが合っていないせいか、余計にその辺が強調されている。
(ベイルが喜びそうだな)
眠い目をこすりながら、そんなことを思った。
「朝飯の準備が出来たぞ」
「あい。いただきます」
お姉ちゃんに続いて外に出た。
「マジかよ……!?」
広がる光景に立ち尽くした。
一夜にして、村が様変わりしている。
掘っ立て小屋と呼ぶのもはばかれる家屋は消え去り、ちゃんとしたログハウスが建設されていた。
入村したときが夜だったから見えなかった、などというレベルではない。
(あんなもんは絶対になかった!)
そう断言できる。
なぜなら、その数が一軒二軒ではないからだ。
目に映るすべての住宅が、ちゃんとしている。
おれは振り返った。
丸太を斜めに組み、穴の開いた布で覆っただけの、家とは呼べないモノがあった。
(化かされてる、ってわけでもなさそうだな)
うまく理解はできないが、一晩でなにかしらの変化があったのは間違いない。
ぐうううううう
盛大に腹が鳴った。
(まずは飯だな)
昨夜の状況では期待できないが、いまならしてもいいだろう。
案内された家のリビングには、筋肉モリモリのおっさんがいた。
「お待ちしておりました。さあどうぞ。こちらにおかけください」
サイドチェストのポーズを決めながら、上座の椅子を進められた。
「いやはや、なんとお礼を申し上げればよいのやら。この度は誠にありがとうございました」
フロントダブルバイセップスのポーズで頭を下げられたが、おれはなにもしていない。
思い当たる節があるとすれば、ただ一つ。
「ベイルが四天王を倒したんですか?」
ニヤッ、と笑われるだけで、否定も肯定もされなかった。
「詳しい話は食事をしながらしましょう。おぉい、準備をしてくれ」
主食は芳しい香りのパン。
おかずは大きな葉で包んだタイのような魚の蒸し焼きとチャーシュー。
主菜にはみずみずしい菜っ葉と宝石のように輝くトマト。
金色輝くコンソメスープっぽいものと、コーンポタージュっぽい汁物もある。
これらもやはり、昨日の寒村からは想像できない豪華な食事だ。
期待してはいたが、予想よりだいぶ上だった。
(怪しいよな)
いくらなんでも、差が大きすぎる。
一夜にして巻き起こった変化の理由を聞くまでは、料理に手を付けるのはやめておいたほうがいいだろう。
「どうされたのですか?」
「いや、昨日とのギャップにね……少し動揺しちゃって」
「なるほど。これは気がつきませんで。失礼しました。改めて自己紹介させていただきます。わしはこの村の長老職についているブネと申します。以後お見知りおきを」
…………
「ちょっと待った。いま、長老って言った?」
おれの目の前に座っているのは、屈強なおっさんだ。
昨夜会った腰の曲がった老人とは、似ても似つかない。
「信じられないかもしれませんが、これが証拠です」
「いや、ほんの一瞬見ただけで覚えてねえよ」
誇らしく杖を掲げるブネに、思わずツッコんでしまった。
「そうですか」
これでもかと肩を落としている。
この打たれ弱さは、昨日の老人と一緒だ。
ということは、ウソをついているわけではないのかもしれない。
「村の変化もそうだが、長老さんの変化についても教えてくれないかな? なにがあって、そこまでの急激な変化をしたの?」
「我らは夢魔族です」
「うん。それは昨日聞いた」
「夢魔族とは、基本食事をしません」
「じゃあ、これは?」
おれは食卓に並んだ料理を指さした。
「あなた様専用です。我らには必要ありません。我らが食するのは、森が生み出す感情だけです」
(んん!?)
予想外の告白に面食らう。
「森の中で生み出される、喜怒哀楽を食べるのです。空腹が満たされることによって、我らの力は増します」
おれの予測は間違っていなかったわけだ。
けど、それならそれで疑問もある。
「だれの感情を食べたの?」
「わかりません」
長老がかぶりを振った。
「夜が明ける寸前、突如森に巨大な感情が生まれたのです。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。すべての感情が森を包みました。飢餓に喘いでいたわしらには、この上ないごちそうでした」
満足な栄養を得たことで、回復したわけだ。
それは喜ばしいことだが……正体不明の巨大な感情というのが気になる。
「きゃああああああ」
「何事だ!?」
悲鳴に反応して外に飛び出す長老の後を追って、おれも家を出た。
「あっ……あああああああっ」
村人全員の足が震えている。
中には立っていられず、へたり込んでしまっている者もいた。
「も、もう駄目だ」
「やはり許されざる行為だったんだ」
「殺されるのね」
空を見上げ、夢魔族は口々に絶望を言葉にしている。
彼らの視線を辿れば、空に浮かぶ一体のモンスターにぶつかる。
手が六本ある大型のライオンだ。
目が吊り上がり、大きな口から覗く牙と手足に生えた爪が印象的だ。
見ようによっては、鋭く尖ったそれらは、短刀にも映る。
三頭身のフォルムは可愛いが、パーツの凶暴性がそれを台無しにしていた。
「ガウ様! どうかお許しください!」
長老が土下座した。
「反乱を見過ごすことはできん。よって、お前ら夢魔族は処刑だ」
四天王ガウの宣告に、村人たちは泣き崩れた。