126話 勇者と夢魔族の出会い
「びえええええええんんん」
「うるせえなぁ、こちとら寝てんだぞ」
幼女が泣き続けたこともあり、ベイルが目を覚ました。
「……ロリコンは駄目だぞ」
それだけ言い残し、再度眠りについた。
勘違いもはなはだしいが、この状況に動じない肝の太さは大したものだ。
普通なら、なにが起きているのか、ぐらいは確認するだろう。
(まあ、うるせえやつがいないと考えればいいか)
一から説明するのも面倒だし、ベイルはこのままでもいい気がする。
「落ち着いて話をしたいから、とりあえず場所を移さないか?」
「では、我らの集落にご案内します。ついてきてください」
おれの提案に一瞬だけ思案するような表情を浮かべたが、少女はすぐに応じた。
けど…………全然歩き出さない。
「離せよ!」
(なるほど。そういうことか)
幼女の安全の確保が条件のようだ。
「悪かったな」
謝りながら手を離した。
「ふん」
そっぽをむかれたうえ、ダッシュで逃げられた。
悲しいリアクションだ。
けど、これで問題ない。
…………まだ歩き出さなかった。
「行かないの?」
「お仲間は……よろしいのですか?」
(さすがにダメか)
内心では置いていきたいのだが、それをすれば少女の印象を下げてしまう。
話を聞くうえでそれはマイナスにこそなれ、プラスには働かない。
(勝手についてくる……なんてことはねえよね)
ベイルは寝ているのだから、そんなことが出来るはずがない。
「はっはっは。連れていくに決まってますよ」
「はは、そう……ですよね」
誤魔化すように笑うおれに、少女も愛想笑いで応える。
歯切れの悪さから、疑っているのは間違いない。
「当然ですよ。勇者を置いていくなど、考えられません!」
強く言い切ったものの、
(どう運ぶかな?)
と頭を悩ませる。
抱えるのは簡単だが、ベイルは全裸で寝ているのだ。
しかも、よくわからん体液にまみれた状況で。
(触りたくない)
それが偽らざる本音だが、そうも言ってはいられない。
(しかたない。引きずっていこう)
おれはベイルの足を持った。
「私たちが運びましょうか?」
「お願いします」
少女の申し出に、おれは二つ返事で頭を下げた。
「若集。客人を丁重にお運びして」
すぐに四人の男衆が現れ、ベイルを布に包んだ。
「せ~の」
それぞれが四つ角を持ち、掛け声を合わせて担ぐ。
「っとと」
重たいのか、よろめいている。
よく見れば、男衆は総じて小さく線が細い。
一歩踏み出すのも苦しそうだ。
「ありがとう。代わるよ」
布があるなら大丈夫だ。
おれは男衆からベイルを受け取った。
「では、改めてご案内します」
ついに歩き出してくれた。
(よし)
少女の背を追い、おれたちは移動した。
「ここがあたしたち、夢魔族の集落です」
言われなければ、ここにだれかが住んでいるとは思わないだろう。
かろうじて家らしき物は点在しているが、どれも半壊している。
(いや、あれを家と表現するのは、無理があるよな)
伐り出した木材を斜めに組み合わせ、布で覆っただけの代物だ。
強風が吹き付け木々のバランスが崩れただけで倒壊しそうだし、雨風をしのぐ肝心の布にも穴が開いている。
「襲われたのかな?」
少女が首を横に振った。
「ずっとこんな感じ?」
再度首を横に振られた。
「じゃあ」
「疑問にはわしが答えましょう」
おれの言葉を遮り、杖を突いた老人が姿を現した。
皮をかぶった骸骨のように、細く弱弱しい。
腰も曲がっていて、足取りもおぼつかない。
生きているのが不思議な感じもするが、その瞳にはたしかな生気が感じられた。
「嫌だ。爺の話は聞きたくない」
言っておくが、これはおれの発言ではない。
「では、どうすればよろしいのでしょうか?」
困り顔でおれを見られても困る。
何度も言うが、おれの発言ではないのだ。
「話はそこの娘から聞く。爺に用はないし、邪魔だ」
「……はい」
老人は肩を落として去っていった。
その後ろ姿の哀愁は、筆舌に尽くしがたい。
「どっこいしょ」
老人を傷つけた犯人であるベイルが、布の中から顔を出した。
「服は?」
「ここにあります」
男衆の一人が、ベイルに小さな風呂敷を渡した。
「覗かないでね」
顔を引っ込め、モソモソ動く。
おれは無言で布から手を放した。
「アダッ。ちゃんと持っとけよ。ケツ打ったじゃねえか」
身支度を済ませたベイルが出てきた。
「で? ここはどこだ?」
「夢魔族の集落です」
「ふ~ん。なら、きみも夢魔族?」
「はい」
「夢魔族って何? 魔族ってことは、悪者?」
デリカシーのカケラもなく、ベイルはポンポン話を進めていく。
「あたしたちに冒険者を襲う力はありません」
「そっか。まあ、そうだろうな」
集落を眺め、ベイルが納得する。
おれも同意見だ。
戦う力があるのなら、こんな廃れた生活はしていないだろう。
「なら、俺たちが経験した不思議な現象とも無関係なのか?」
「無関係ではありません」
「だろうな。よかった。認めてくれて」
ベイルの口調は軽い。
けど、それとは裏腹に、醸し出す空気は重かった。
剣の柄に手を置いている様子からして、なにかあれば躊躇なくそれを振るうだろう。
「目的は?」
「わかりません。あたしたちは、魔王を名乗る男にそうしろと命じられただけです」
「馬鹿者! それを言ってはならん!」
いなくなったはずの老人が戻ってきて、少女を叱責した。
「理解しています。ですが、長老もお気づきなはずです。彼らに幻夢は通用しません」
「それはそうだが……」
「ちょっと待った! 幻夢ってなに?」
おれは話に割り込んだ。
ここは絶対に素通りしてはいけないポイントだ。
「お二人が経験した怪現象のことです」
(なるほど)
あの現象には名前があったのか。
「ありがとう。続けて」
老人と少女が揃っておれを見ていたので、先に促した。
「命令に背けば、魔王様に殺されるかもしれんのだぞ」
「そうなるでしょう。ですが、それは遅いか早いかの違いしかありません。このままなら、我ら夢魔族は死に絶えます」
断言するということは、よほどの事情があるのだろう。
「このまま座して死を待つくらいなら、たとえ魔王様に背くことになるのだとしても、我らが生き残る可能性に縋るべきです」
『我らも同意見です』
集団で現れた若者たちが、口をそろえて進言した。
「そうか。では、何も言うまい」
長老と呼ばれた老人が、再び背をむけた。
その背中は、一層曲がってしまったように思える。
どちらが正しい、という話ではないのだろう。
明日のある若者たちと、明日が来ないかもしれない老人、との違いなのかもしれない。
「聞いていただけますか?」
少女の真摯な視線が突き刺さる。
正直、状況の変化についていけない。
「話を聞くのは構わんが、その前に俺の質問に答えろ。この森を抜けるのには、どうすればいい?」
いいも悪いも言えないおれに代わり、ベイルがそう言った。
「現状では不可能です」
「なぜだ?」
「魔王様によって、森全体に強固な結界が施されています。これを破るには、魔王様の配下である四天王のガウ様を倒さねばなりません」
いきなりの討伐ミッションだ。
しかも、四天王とは穏やかじゃない。
(はあぁぁぁぁ)
おれは心中でため息を吐いたが、ベイルは違うらしい。
「そのガウってのはどこにいる?」
殺る気満々だ。
「わかりません。この森のどこか、としか言いようがありません」
「何か居場所を探る方法はないか? あるなら、俺が始末してやる」
「これをお持ちください」
少女が右手に結んだ鈴付きのミサンガを外し、ベイルに渡した。
「これは?」
「森に施された迷宮の効果を消すアミュレットです。それを身につけておけば、森の捜索に手間取ることも少ないかと」
「感謝する。では、俺は行くぞ」
「お待ちください。あたしたちはまだ何もお話ししていません。信用……される……立場にありません」
少女の言葉には、後ろめたさが含まれていた。
「襲ったことを言ってるのか? なら、気にする必要はないぞ。あんなもの、脅威でもなんでもない」
手首にアミュレットを巻きながら、ベイルはなんでもないことのように一蹴した。
「ですが!」
「理由があるんだろ。それを話したいなら、そいつにすればいい。俺がやることは、魔王の企みを潰す! それだけだ」
ベイルが獰猛な笑みを浮かべる。
戦いのスイッチを入れたようだ。
「ありがとうございます」
涙を流しながら頭を下げる少女を見ることなく、ベイルは森に消えた。
残されたおれは……どうしよう?