124話 勇者は仮説を思い立つ
「お久しぶりです。勇者様」
ワァーンの姿は、別れたときと変わらなかった。
樹々に囲まれているせいか、『森の迷宮』を走り回った記憶が蘇る。
(似てるけど、べつの場所なんだよな)
ご神木を探しても、それらしきものは見当たらない。
けど、既視感がすごい。
(やべっ、混乱しそう)
寝起きも相まって、うまく頭が働かない。
「またお会いできて嬉しいです」
ほがらかな笑みを浮かべているワァーンに、懐かしさを覚える。
けど、この状況を喜べるほど、能天気ではなかった。
(どうなってんだよ?)
疑問は浮かぶが、その先を考えられない。
まるで、思考を制御されているかのようだ。
流されるわけにはいかないが、踏ん張ることもできない。
(ベイルは大丈夫か?)
横目で確認すると、
「アアン。もう、暴れん坊なんだから」
グラマラスな若奥さんに覆いかぶさっていた。
(すげえな。あいつ)
尊敬よりも畏怖を覚える。
どうしたら、あんなにも下半身主導で生きていけるのだろうか。
ただ、そのおかげで冷静になれた。
「勇者様。あのときは駄目でしたが……私の想いは……知ってらっしゃいますよね」
ワァーンは身につけた袖なしのワンピースの肩ひもに手をかける。
「楽しみましょ」
はらり、と肩から服が落ちた。
「ちょちょ」
「ふふっ」
狼狽するおれに、ワァーンが微笑した。
(からかわれたな)
ワンピースは胸の位置で押さえられ、その下の素肌は隠れたまま。
いろんな意味で、ドキッとする行為だ。
「な~んて、冗談ですよ」
と言ってくれればいいのだが、無理だろう。
「恥ずかしいですけど、勇者様には……見ていただきたいです」
手を放し、ストンと服が地に落ちた。
下着……は身につけていなかった。
「どうですか?」
ワァーンは生まれたままの姿をさらしている。
それは綺麗だし、魅力的だと思う。
けど、肉弾戦をするつもりはない。
というより、息子が反応しなかった。
胸中にしても、喜びより悲しみが勝っている。
だからこそ、気づけた。
おれにとって、ワァーンは守るべき対象なのだ。
もちろん、庇護の対象だから、と子供扱いや下に見ているわけではない。
出会ったときから、ワァーンは立派な淑女だった。
己を押し殺し、村のために行動する覚悟を持ったすばらしい女性だ。
それゆえに、望まない行為も受け入れたわけで。
(これじゃあ、あのときの二の舞だよな)
ワァーンを受け入れるということは、そういうことだと思う。
あの後のことはわからない……けど、
(本物のワァーンは、いまもあの異世界で幸せに暮らしているんだよな)
少なくともおれは、そう信じている。
なら、ここでワァーンに手を出すということは、彼女の想いを踏みにじる行為だ。
(守る。っていうのは、危機から救う、っていうだけじゃねえよな)
尊厳を守る。
それも大事なことだ。
「勇者様。抱いてください」
しなだれかかってきたワァーンを、おれは竜滅刀で斬った。
「私じゃ……駄目ですか? なら」
ワァーンが消え、
「あたいでどうだい?」
ヒカリが現れた。
こちらは最初から裸だ。
やる気満々である。
(でも、これではっきりしたな)
森なのかそこに潜む何者かの意思なのかは知れないが、悪意が働いているのは間違いない。
「本物なら熱い一夜を供にしたいけど、まがいものに興味はねえよ」
「そいつは残念だね。なら仕方ない。あんたのことは諦めるよ」
ヒカリがおれに背をむけ、ベイルのほうに歩いていく。
「勇者様。私も混ぜてぇ~」
ヒカリから、再度ワァーンに変わった。
「ああ。三人で楽しもう」
ベイルが受け入れ、あっという間に三つ巴の肉弾戦が開始された。
「アアン。もっと。もっと激しくして」
「こうか。こうか。こうなのか」
「私のこともイジってくださいな」
「こうして。ああして。さらにこうしてやる」
『アア~ン』
女性陣の声が重なる。
『サイコー』
(うるせえな!)
イラだつのは筋違いなのだが、その感情を抑えられない。
(イカン。イカン)
これではまるで、おれが間男のようだ。
冷静になるべく、川岸にむかった。
パシャパシャと顔を洗う。
冷たくて気持ちいい。
「アアン。キモチイイー」
(そりゃようござんすね)
嬌声にも、それほど心が波立たない。
むしろ、冷静になれている。
(よくよく考えると、おかしいよな? これ)
現象には理由があるはずだ。
例えば、昼間のベイルとの遭遇を考えれば、不意打ち騙し討ちなどの可能性が挙げられる。
そうする理由は、森に入ってきた侵入者を排除するため、などが考えられる。
メリットは、自分が傷つく可能性が低い、ということだろう。
デメリットは、小さなほころびからバレやすい、ことだ。
仕掛ける相手によって変わりはするが、それを行っているのが戦闘に不向きな種族だとしたら、納得できる。
幻惑などの超能力に秀でているなら、なおさらだ。
(うん。可能性はあるな)
けど、その仮説には矛盾も生じている。
排除すべき侵入者であろうベイルは、幻惑との行為を楽しんでいる。
本人の言葉を信じるなら、これが初めてではない。
なのに、びんびん……間違えた。
ピンピンしている。
これは一体、どういうことか?
遅効性の毒であると考えることも可能だが、それにしては遅すぎる。
数日経っても効果を発揮しないモノを、使う意味はないはずだ。
少なくとも、おれなら選ばない。
(使い勝手が悪すぎるよな)
バレる可能性が高まるのだとしても、即効性の強毒を使用したほうがいくらかマシだ。
「アアン。勇者様。私、イッちゃいます」
「俺もだ」
「のけ者にしないでくださいな」
「安心しろ。果てるときは三人同時だ」
ベイルがラストスパートに入った。
『あああああああああああ』
三人同時に果てたらしい。
「勇者様。気持ちよかったですか?」
「ああ。最高だ」
「ありがとうございます。また、楽しみましょうね」
「ああ。またな」
ベイルの身体から力が抜けた。
胸と腹が上下しているから、寝落ちしたのだろう。
「ごちそうさまでした」
両側からほほにキスをし、若奥さんとワァーンが消えた。
(もしかしたら……)
おれの中に、ある仮説が浮かんだ。
荒唐無稽ではあるが、可能性はあると思う。
そしてなにより、これならいままでの疑問にも説明がつく。
後は、どう立証するかだが……
(ベイルに頼るか)
気持ちよさそうに眠る勇者に、一肌二肌脱いでもらおう。
いまみたいに。