123話 勇者はベイルと話す
「獲物を狩ったはいいけど、火がなくて。どうしようっかなぁ、って思ってたとこに焚火が見えたんで、お邪魔してもいいっすか?」
(またか)
フランクに近づいてくるベイルに、そんな感想を抱いた。
「嘘じゃないですよ。ほら」
右手に握られた鳥らしきモノを掲げて見せる。
「こんなんもありますから」
左手にも、獣の足が掴まれていた。
見た感じ、そちらは猪のようだ。
ただ、おれの知る猪より、はるかに大きい。
(細工を施してきたらしいが、ベイルという時点で間違ってるんだよな)
どうやら、この森に学習能力はないようだ。
「その手はくわん」
「どわあああ」
中腰になって薙いだ竜滅刀を、ベイルは間一髪で後方に飛び避けた。
「何すんだ! って、お前は!?」
視線が合い、互いに見つめあう。
…………
「偽りの勇者!」
ベイルがまなじりを逆立てた。
(パターンを変えてきたな)
森もまんざらバカではないらしい。
「よくもぬけぬけと俺の前に顔を出せたな! しかも斬りつけてきやがって……上等だ! そっちがその気なら、殺ってやんぞ!」
目の据わりかたが尋常じゃない。
(あれ? もしかして、薬物投与されました!?)
そう疑いたくなるほど、殺意にギラギラさせている。
「今こそ恨み、晴らさでおくべきか」
獲物から手を放し、ベイルが剣を抜いた。
「ふっふっ、ふはははははは」
(怖っ!)
高笑いをあげる姿は異様だ。
正直、関わりたくない。
けど、もう無理だ。
「死ねぇぇぇぇぇ」
ものすごい速さで間合いを詰め、ベイルが剣を振り下ろしてくる。
前回見たときより、段違いに速い。
これがベイルの実力なんだとしたら、かなりヤバイ。
おれは慌てて竜滅刀を頭上に掲げた。
ガキィィィィィンという音とともに、打ち合わせた剣からものすごい衝撃が伝わる。
「はは……ウケるねえ」
ベイルが薄ら笑いを浮かべた。
おれとしては全然おもしろくないし、マジで勘弁してほしい。
「なら、これでどうだ」
斬撃が二つに見えた。
そのくらい速い。
中腰のまま両方を捌くのは、不可能だ。
「せりゃっ」
片方の斬撃を弾き、もう一つの剣線から身体を逃がした。
「っ!?」
ふくらはぎに痛みが走る。
傷は浅いが、ベイルの斬撃の威力と鋭さは、予想を上回っていた。
「まだまだいくぞ」
今度は三つ。
頭上から振り下ろされるモノと、左右から迫りくるモノ。
「冗談じゃねえよ」
少しでも反応が遅れれば、一刀に伏される。
目についたモノから、弾いていくしかない。
「やるじゃねえか。あの竜を倒したのも、マグレじゃないみたいだな」
さらに斬撃が速くなる。
もう、数えている余裕はない。
無我夢中で対処にあたるのみだ。
「せりゃりゃりゃりゃりゃ」
「でりゃりゃりゃりゃりゃ」
休むことなく撃ち込まれる剣戟を、必死に捌く。
反撃したいが、その隙がない。
どうやら、剣技ではベイルが一枚上手らしい。
集中力を欠いて反応が遅れたときが、おれの終わりを意味していた。
(ヤバイな)
ふくらはぎが痛い。
踏ん張っていることも影響し、傷が広がっているようだ。
その影響は甚大で、ほんの少しずつベイルの剣閃が届いている。
二の腕、肩、太ももなどに、刀傷が刻まれている。
致命傷ではないが、それも時間の問題だ。
ジリ貧の現状を打破するには、打って出るしかない。
「レーザーショット」
斬撃を弾くのと同時に、魔法を撃った。
「くっ」
これにはベイルも焦ったらしく、予想以上に大きく飛び退いてくれた。
「偽モンにしては、やるじぇねえか」
「ちょっと待った。それ、どういう意味だよ?」
「ああん!? どういう意味もなにも、そのまんまだろ。お前もあのヘンテコ勇者の偽モンだろ」
お前『も』と言った。
ということは、ベイルも複数回おれの偽物と出会っている、ということだ。
「いきなり斬りつけたのは謝るよ。ごめんなさい。だから、少しだけでいいから話をさせてくれないか?」
おれはきちんと頭を下げた。
いま斬られれば、避けることは出来ない。
死と隣り合わせの行為ではあるが、そうしなければ誠意は示せない。
「少しだけだぞ」
ベイルが剣を鞘に納めた。
「感謝する」
おれも納刀した。
「で? 話って?」
「おれとベイルが最初に出会ったのは、ここではない異世界、だよな?」
「ああ」
「なら、そこで知り合った、ワァーンという少女を覚えているか?」
「当然だ」
思い出をなぞるように、あの異世界であったことを訊いていく。
いくつかの質問を重ねたが、おれたちに齟齬はなかった。
唯一違ったのは、竜を倒しサラフィネのところに戻ったおれに対し、ベイルはあの異世界に留まったということだけだ。
なんでも、ベイルはあの後、さらにもう一体の魔王を倒したらしい。
そして自分を異世界に転移させた神の元に戻り、この異世界に派遣された。
「で、降り立った森でおれに襲われた、と」
「お前だけじゃねえけどな。けど、異世界で交流した者たちに襲われたのは確かだ」
「もうちょっと詳しく聞かせてくれよ」
「それは構わねえが……俺も大したことは知らねえぞ」
話を聞いたかぎり、ベイルは数日前からこの森にいるらしい。
人里や森の外を目指して歩き続けているのだが、迷路のように複雑なのか、信じられないほど広大なのか……いずれにしろ、どちらにも行き着いていない。
そして、ここが一番大事なところである。
知り合いが現れて襲われるのは、基本一日三回。
ただ、日によって一、二回のときもある。
時間や現れる人物に法則性はなく、命の危険がないときもあるそうだ。
その最たる例が、ワァーンやグラマラスな奥さんが相手の場合である。
基本、襲われることに変わりはないが、異性の場合、寝込みを襲われるそうだ。
平たく言えば、夜這いを仕掛けられるらしい。
「気持ちよかった」
顔を蕩けさせるベイルは気持ち悪いが、それなら命の心配がないのもうなずける。
「身体に不調は? 痒かったりしないか?」
病気をうつされている危険性も捨ててはいけない。
肌つやはよさそうだが、どうだろう。
「問題ない」
自信満々に胸を張っているのだから、信じるしかない。
けど……
(目的がない……なんてことはねえよな)
どう考えても、異常現象だ。
そこには必ず、理由がある。
…………
(ダメだ。わからん)
仮定の答えが多すぎる。
ぐううううう
腹も減り、考える気力もなくなった。
これ以上は……時間の無駄だ。
まずは出来ることから、やっていこう。
「よし。飯にするか」
手元にある木の実やキノコを石鍋に投入した。
毒があるかもしれないが、そのときはそのときだ。
まずは満たせるものから片づけよう。
「なあ、鳥も入れていいか?」
「断る理由はない。というより、ぜひお願いしたい」
ベイルが手持ちのナイフで鳥を捌き、あっという間に鍋に入れた。
「あと、これも焼こうぜ」
引きずってきたのはデカイ猪。
グッと心中でガッツポーズをした。
これで一気に、食卓が華やぐ。
「手伝わせてくれ」
ベイルがやりやすいように、猪を持ち上げた。
こちらも手際よくした処理され、すぐに枝に刺された猪の肉が焼かれ始めた。
なにより一番嬉しかったのが、ベイルが調味料を持っていたことだ。
味が整う。
これほど幸せなことがほかにあるだろうか。
「いただきます」
あっという間に出来た料理に、おれたちは貪りついた。
『美味い!』
感想が重なる。
空腹という最高のスパイスもあり、おれたちは無心で食べ続けた。
「ふ~、食った食った」
毒にアタった感覚もないし、大満足だ。
満腹感も相まり、眠気に襲われる。
うつらうつらとしてしまう。
隣に目をむけると、ベイルはすでに寝ていた。
(おれも少しだけ)
横になった。
「……者…………勇……様。……て……ださい」
声がする。
「勇者様」
聞き覚えのある声だ。
「起きてください。勇者様」
目を開くと、そこには笑顔のワァーンがいた。