122話 勇者は勇者ベイルと再会する
異世界『フォオデス』に降り立った。
「またかよ」
ぐるりと周囲を見渡し、そんなつぶやきが漏れた。
視界に映るのは、樹々のみだ。
それが四方を囲んでいるのだから……だれがなんと言おうと、ここは森である。
地面も雑草だらけで、人が通った形跡はおろか、獣道すらない。
当然、村なんかもなく……途方に暮れてしまう。
「これ、どうすんだよ?」
正直、転移した瞬間にイベントが起こり、メティスの罠にハメられる、的なことを予想していたが……現状、その気配は皆無であった。
「マジでどうすっかな」
とりあえず空を見上げ、太陽の位置を確認した。
てっぺんかどうかはわからないが、高い位置にあるのは間違いない。
気温も暑すぎず寒すぎずで、快適だ。
地球の感覚でいうなら、初夏といった頃合いだろう。
(とりあえず、歩くか)
ここに留まっても得るものはないし、陽が沈む前にある程度のことは済ませておきたい。
具体的には、水と食料と薪の確保だ。
最悪、水はアイスショットで撃ち出した氷を舐めるということもありだが、出来るなら自然のモノが好ましい。
(健康オタクじゃねえけど、魔素から生み出されたモノよりは、自然由来のモノのほうが安心できるしな)
という、おれの精神衛生的な話でもある。
さいわい、枯れ葉や折れた枝木はそこら中に落ちているので、種火になりそうなモノは拾い放題だ。
そこそこの距離を歩いて、理解した。
この森は豊かだ。
食べて大丈夫かは定かでないが、木の実やキノコもあちこちに群生している。
水源となりそうな川も、いくつか発見した。
鹿や猪っぽい動物もたくさんいて、食料に困ることもなさそうだ。
唯一ないのが、人の気配。
これは本当に、皆無である。
集落を作るなら川の近くだろうと思い上流へと移動してみたが、微々たる痕跡すら発見できなかった。
「今日はこの辺にしておくか」
すでに日が落ち始め、後数時間で夜になる。
野宿は確定だし、暗くなる前に準備を進めよう。
道すがら集めた食材や枯れ木を足元に置き、おれは川岸に落ちている石をUの字に並べた。
できた溝に枝を組み、ごく少量のファイヤーショットで火を点ける。
パチパチと燃えだした。
(いい感じだな)
次にバレーボールぐらいの大きさの石を半分に切り、割れたり貫通しないように中をくり抜く……つもりでやっているのだが、竜滅刀の切れ味が良すぎて、失敗を繰り返した。
河原から大きめの石とおれの根気がなくなりかけたころ、ようやく完成した。
不格好ではあるが、満足だ。
(これで川の水も煮沸できるな)
そのまま飲んでも大丈夫かもしれないが、微生物などの危険性も考慮しないわけにはいかない。
メティスとの戦闘が確定している以上、なるべく健康は保っておくべきだ。
食べ物も同様で、木の実やキノコを拾いはしたが、食べて大丈夫かは疑問がつき纏う。
(キノコは煮ようが焼こうが、ダメな物はダメだからな)
判断に苦しむところだ。
こんなとき毒の有無や解毒の魔法が使えればよかったのだろうが、その魔法が存在するのかどうかすら知らない。
ぐうううううう
腹が鳴った。
「しかたない。覚悟を決めるか」
石鍋で水を汲み、焚火の上にセットした。
ふつふつ沸いてきた。
このままのどを潤すことも可能だが……おれの手には、しいたけ、しめじ、えのき、なめこ、に瓜二つの四種のキノコがある。
笠は肉厚で柄も太い。
すごく立派で美味しそうだ。
けど、これに似た毒キノコがあることも承知している。
ゴクッとつばを飲み込んだ。
「当たりませんように!」
食中毒とその先に待つ恐ろしい未来。
その両方を回避できるように、おれは願いを込めて石鍋にキノコを投下した。
待つことしばし……匂いは問題なさそうだ。
というより、芳醇な香りを立ち昇らせている。
(ダメだ)
空腹が刺激され、食べないという選択肢が排除されてしまった。
大振りの葉っぱを魔素でコーティングし、鍋掴みに使用する。
枝で作った簡易スプーンを握り、黄金色のスープをすくった。
いきなり口に運ぶような暴挙はせず、よく観察してからだ。
キノコの影響なのか、スープにはほんの少しのとろみがついていて、よく見ると茶色い点々としたモノが浮いている。
(洗ったよな?)
自分を疑ってしまうが、キノコは川でしっかり洗った。
それは間違いない。
「食っても大丈夫……だよな?」
スープに問いかけたが……当然、答えはない。
だからこそ、おれの中の疑心暗鬼が膨らんでしまう。
ぐううううう
けど、腹は正直だ。
満たされたいと主張している。
「いくぞ~!」
覚悟を決めるために叫んだ。
「どこに?」
「えっ!?」
急に聞こえた声に、おれは耳を疑った。
「まさか……お前じゃないよな!?」
黄金色のスープに視線を落としたら、
「んなわけあるか!」
と頭を叩かれた。
「痛いじゃねえぇわあああぁぁぁ」
文句を言おうと顔を上げた瞬間、驚いてスープを放り投げてしまった。
「アチぃぃぃぃぃぃぃぃ」
下半身の大事なところにとろみがかったスープの直撃を受け、声をかけてきた青年が跳び上がった。
「ウソだろ!?」
その顔には、見覚えがあった。
けど、他人の空似かもしれない。
状況を考えれば、その可能性のほうが高い。
「ふっざけんな! 使い物にならなくなったどうしてくれんだ!」
目の前にいる青年は、おれが知る勇者にそっくりだ。
「ベイル……なのか?」
「当たり前だろ。別人に見えるか?」
川に浸り下半身を冷やす男は、キノコ同様瓜二つだ。
ということは、二度目の異世界で出会った勇者ベイル、で間違いない……のだろう。
「マジかよ……」
心中の動揺をたしかに感じる。
感情もそうだが、なにより思考が追いつかない。
「お前も派遣されてきたのか?」
(なるほど。そういうことか)
ベイルからの問いが、おれを回復させた。
ベイルもおれ同様異世界の住人ではなく、だれかによって転移されているのだ。
たまたまなのか意図してなのかは知れないが、同時期に同場所へと導かれてきたのだろう。
もしかしたら、この再会には理由があるのかもしれない。
「派遣……とは微妙に違うけど、まあ、そんなところかな」
「ハハハ。お互い大変だ」
ほがらかな笑みを浮かべ、ベイルが川からあがってくる。
なぜか、その姿に違和感を覚えた。
「でも、やり遂げるつもりなんだろ?」
旧知の友にむけるような笑顔だ。
それでわかった。
おれが抱いた、違和感の正体に。
「今回も大魔王退治か?」
首肯した。
「助けてやってもいいぞ」
今度は首を横に振る。
「さっきから急にどうした? フランクにいこうぜ」
笑顔で近寄ってくるベイルを、おれは無言で斬り伏せた。
血しぶきや断末魔もなく、蜃気楼が消えるように霧散した。
「やっぱりそうか」
理屈はわからないが、ベイルは偽物だ。
(そりゃそうだよな)
冷静になれば、ベイルが友好的であるわけがない。
出会ったときからモメ、ときには殴り合った間柄なのだ。
最後はなし崩し的に共闘もしたが、それまでの過程を思い起こせば、再会したときに仲良くできる理由がない。
もしばったり出くわしでもしたら……
「あっ、お久しぶりですね。その節はお世話になりました……いや、本当、こんなところでお会いするとは……縁ですかね? 今回は時間もないので失礼しますが、またご縁がありましたら、そのときはゆっくりお話でもさせてください。では、失礼します」
おれならそう言って逃げる。
気まずさに耐えられないからだ。
まかり間違っても、あのフランクさは無理である。
「いや、危なかったな。もう少し仲良くなってたら、どうなっていたことか」
普通の森だと思っていたが、案外一筋縄ではいかない場所かもしれない。
気持ちを入れ直し、おれは放り投げた石鍋を拾い、焚火の上に再セットした。
「すみません。火、貸してください」
木々の間から、再度ベイルが出てきた。