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121話 勇者の腹は決まっている

「神界に国という概念はありません。基本的には衣食住の制約を受けることなく、だれもが自由に生き方を選ぶことが出来る楽園です」


 それはとても幸せなことだ。


「しかし、現実はそうではありません」


 それは今回のことで理解している。

 もし仮に人生を選べるのなら、だれも奴隷にはならない。


「理由は多々ありますが、すべてはわたしたち『神』の存在に行き当たります」


 大きな力を有する存在がいる。

 独善島やアンナたちと接したことで、朧気ではあるが、それは理解していた。


「勇者には出会ったときに言いましたが、私たち神には管轄があります。それは仕事に対しても言えますが、土地に対しても有効です」

「なるほど。国はないが、場所ごとに神が定めた法律があるわけか」

「その通りです。そして、それを犯すことは、絶対の禁忌、でもあります」


 表現はおっかないが、ルールを犯せば裁かれる、というのは当たり前だ。

 地球でも国によって法律があり、それを犯せば最悪死刑もありえる。

 それはどこにいても変わらない。


「なら、その法を決める神はどう決まるんだ?」

「神たちによる審議です」


 予想通りだ。

 サラフィネは前に、この世界に住むのは神と天使とそれ以外、というような表現をしていた。

 桁違いの力と権力を持った連中が、下々の意見に左右されるとは思えない。


「ふふっ、勇者(あなた)はわかりやすいですね」


 サラフィネが困ったように笑う。


「どんな顔をしてる?」

「不満が見て取れます。勇者は自主独立をモットーとしていますからね。当然でしょう」

「正解には違いないが、一〇〇点じゃないな。おれはたしかに、強制されるのは好きじゃない。けど、ルールがあることに不満はないよ」


 ある歌舞伎役者が言っていた。


「型があるから型破り。型がなければ形無しである」と。


 それは芸事の基本が身に付いているかどうか、という話だが、人生にも通ずると思う。

 守るべきルールは、あって然るべきだ。


「でも、言いたいことがあるのでしょう?」

「いや、特にないよ」

「えっ!? そうなのですか?」


 サラフィネは、大きな瞳をぱちくりさせている。

 そんなに驚かれるとは意外だ。


「わたしはてっきり、腐敗政治! 権力の横暴! 自由を我が手に! などと声高に叫ばれるものだと」

「フランス革命やアパルトヘイトじゃねえんだから、んなこと言わねえよ」

「えっ!? 知ってるんですか? それとも、参加組ですか?」


 ……


「知るか! おれは現代日本育ちだよ」


 急にボケないでほしい。

 ツッコミはしたが、変な間が空いてしまったではないか。


「ふふっ」


 それでも、サラフィネが少しは笑えたのだから、よかったのかもしれない。


「話を戻しましょう、と言いたいところですが、勇者は納得しているようですね」


 おれはうなずいた。

 神様のいる世界だからといって、みんなが幸せになれるわけじゃない。

 とどのつまりは、そういうことなのだ。

 管轄、管理、審議など不正を正すシステムがあろうとも、意思を持った存在が多ければ多いほど、統一はむずかしい。

 なら、与えられた中で、意志を貫くこと、に集中したほうが利口だ。

 そのために技術が必要なら身につければいいし、権力が必要なら欲すればいい。

 ルールの中で頭を使うのは、悪ではない。

 ただ、立場の弱い者を力ずくで組み従える行為に、納得できないだけだ。


「サラフィネのことは、信じてもいいんだよな?」

「盲目でないのなら」


 その言葉の意味するところは、信用しすぎるな、もしくは隠し事がありますよ、ということだ。

 それは理解しているし、驚くことじゃない。

 というより、当然だと思う。

 サラフィネには立場があり、その垣根を越えてすべてをさらけ出せるほど、おれたちは深い仲じゃない。

 けど、可能な範囲で誠実に対応してくれている……気がする。


「なら、オッケーだ」


 おれは親指をグッと立てた。

 この話はここで終わり。

 というより、これ以上は話す必要がない。

 おれは神界の住人じゃないし、神や天使でもない。

 魂が砕けていなければ、とうの昔に生まれ変わっている部外者なのだ。


 …………


(うん? 待てよ)


 よくよく考えれば、これはおかしいのではなかろうか?


「なあ、おれは生まれ変われるんだよな?」

「ええ。魂の回収が済めば、どこへでも」

「そこには神界っていう選択肢もあるのか?」

「ありますが、その際は一神界の住人として、新たに生を受けることになります」

「まあ、そうだよな。いまのおれとしてこのまんま。なんて、そんな都合よくはいかないよな」

「……ええ」


 一拍の間が気になる。

 ひょっとして、裏技的なモノがあるのだろうか。


 …………


 やめておこう。


(おれは俗物だからな)


 もし仮にいまのまま神界にいれるのなら、苦労知らずで暮らしていける。

 そうなれば、おれは努力をやめるだろう。


(それはイカン!)


 マンション買って悠々自適に暮らそうとしていたやつがなにいってんだ!? と思われるかもしれないが、それとこれとは話が違う。

 なぜなら、おれが生業としていたITの技術は、日進月歩だった。

 次から次へと新たなシステムやツールが生まれ、日々更新されている。

 だから、IT屋として生きていく以上、勉強は必須なのだ。

 それが出来ないやつは中途半端な仕事にしか携われないし、仕事を選ぶなどおこがましい立場になってしまう。

 そうならないためにも、仕事があろうがなかろうが、自己の研鑽だけは欠かせなかった。

 けど、いまのおれは違う。

 大した苦労も無く、大魔王を倒せるほどの腕っぷしを要している。

 これだけの物理能力があれば、職にあぶれることはないし、高みを目指す必要もない。


(あ~、ダメだ。堕ちていく想像しかできない)


 予想通りなら、パープル二号になる。


「よし。話を変えよう」


 かぶりを振り、髪を紫に染めた自分を追い出した。


「これ、なんだと思う?」


 おれはクリューンに渡された封筒を机に置いた。


「開けてみてはどうですか?」

「結局のところ、それしか選択肢はねえんだよな」

「ですね」

「んじゃ、開けるぞ」


 封筒の口を開き、中を覗いた。

 手紙が入っているようだ。


「読む?」

「お先にどうぞ」


 他人宛の手紙を読むのは気が進まないが、サラフィネはそれでいいと言う。


(まあ、渡されたのはおれだしな)


 あの行動には、あきらかな意思が含まれていた。

 なら、おれ宛てでもあるのだろう。


「んじゃ、読ませてもらうわ」


 取り出し目を通した。


 !!!!


 結構な衝撃だ。

 おれは無言でサラフィネに渡した。

 読み進めるごとに、その表情が苦渋に歪む。


「これは由々しき事態ですね」

「だよな」


 机に置かれた手紙には……



 殺したいほど愛しい勇者様へ

 先の異世界で交わしたお別れの約束を果たすべく、手紙をしたためています。

 突然ではありますが、決着をつける舞台が整いましたので、ご招待いたします。

 異世界『フォオデス』にて、お待ちしています。

 準備が整い次第、お越しください。


 蛇足ではございますが、こちらの世界には勇者様のカケラが落ちています。

 まず起こりえないとは思いますが、カケラが踏み潰される可能性もございますので、お早めにお越しくださると幸いです。

                因縁のある神官メティスより



 と記されていた。


「これはあれだよな? 初回と三回目の異世界であったあの神官で間違いないよな」

「でしょうね。彼女以外に因縁のある神官はいません」

「だよな。にしても、あいつメティスって名前なのか」


 初めて知った。

 まあ、互いに名乗った記憶もないし、当たり前といえば当たり前だが。


「んじゃ、行くかな」


 椅子から立ち上がり、おれは伸びをした。


「そんな簡単に決めていいのですか?」

「四号がいるみたいだしな。行かない、っていう選択肢はないだろ」

「そうですか。腹は決まっているのですね。なら、移ってきてください」

「おう!」


 足元に魔方陣が生まれた。


「勇者よ。今回は神官メティスとの決着が目的です」

「魂の回収は?」

「決着をつけた後、存分に探してください」


 言い回しは違うが、おまけであることに変わりはないようだ。

 いつもなら文句を言うところだが……今回ばかりは異論ない。


「了解した!」

「では、がんばってください」


 サラフィネの激励を最後に、おれは四度目の異世界に旅立った。


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