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120話 勇者と女神のもとに、別の神が来た

 ピンクのドアをくぐった先は、いつもの白い空間だ。

 けど、違和感を覚えた。

 サラフィネにいたっては、すでに走り出している。

 後を追い広間に出ると、そこには見知らぬ少年がいた。

 寝転がってテレビを見ながら、ポテトチップスとコーラのような黒い液体を交互に口に運んでいる。

 さながら、実家並みのくつろぎようだ。


「何をしているのですか?」


 静かな語り口だが、サラフィネの声は尖っている。


「ああ、おかえり。遅かったね」


 少年がおれたちに気づき、体を起こした。


「約束した覚えはありません」

「そりゃそうさ。ぼくが勝手に来たんだからね」

「では、お引き取りください」


 この短いやり取りで理解できた。

 サラフィネは、この少年が嫌いだ。


「そうもいかないさ。だって、ぼくのほうには用事があるからね」

「手短にお願いします」

「相変わらずつれないね。でも、そこがきみのチャームポイントでもあるのだけどね」


 少年がウインクをした。


 ……………………


 サラフィネは完全無視だ。


(珍しいな)


 なんだかんだで、ノリはいいはずなのだが。


「ぼくの要件は二つさ」


 気にする様子もなく話を続ける少年も、図太い神経の持ち主だ。


「まずは苦情を言わせてもらうよ。きみと後ろの勇者が行ったことは、明確なルール違反だ」


 のほほんとしていた口調だが、声質は堅かった。


「なんのことでしょう? 皆目見当がつきません」

「独善島襲撃。こう言えば理解してもらえるかな?」

「襲撃は心外ですね。あれは勇者が制作を依頼した鍛冶職人がいなくなり、捜索した結果、偶然起こった事故です」


 サラフィネはそう言い切ったが、だいぶ無理がある。

 おれですらそう感じるのだから、第三者からすれば到底受け入れられない。


「ふむ。事故か。なら、仕方ないね」


 意外なことに、少年はあっさりと納得した。


「じゃあ、あれは事故で、双方問題にしない、ということでいいかな?」

「……かまいません」


 一拍の間を置き了承したが、サラフィネの表情は険しかった。

 反対に、少年は薄ら笑みを浮かべている。

 それだけで、どちらに利があったのかは明白だ。


「二つ目はコレさ」


 少年が懐から一通の封筒を取り出した。


「どういう手違いかは知らないけど、サラフィネ(きみ)宛の手紙がぼくのもとに届いたんでね。渡しに来たのさ」

「それは要らぬご足労をかけたようで申し訳ありません。ありがたく頂戴します」

「礼なんていらないさ。はい。確かに渡したよ」


 少年は手を出しているサラフィネではなく、おれに封筒を握らせた。


「では、これで失礼するよ」


 背をむけ、足取り軽く数歩進んだところで、不意に少年が足を止めた。


「ああそうだ。ついでに聞かせてくれるかな? きみたちは今回のことをどう思った?」


 質問の真意が掴めない。

 唯一明確に理解できたのは、この問いに気軽に答えてはいけない、ということだ。


「ふふっ。きみは優秀だね。きみみたいな勇者が現れたから、彼女も重い腰を上げられたんだろうね」


 少年が振り返った。

 笑っている。

 が、こちらが受け取る印象は真逆だ。

 心臓を掴まれるような恐怖に背筋が凍り、背中を大量の冷や汗が流れる。


「余計なことは結構です! お引き取りください!」

「わかった。お暇するよ。けど、その前に僕の感想を言わせてもらうね」


 言葉とは裏腹に、少年はしゃべり続ける。


「きみたちの行ったことは正義かもしれない。けど、悪でもあるね。奴隷を解放しアフターケアまでしたんだから、そんなことはない。と思っているかもしれないけど、それは一面にすぎないさ。まあ、そう遠くない未来に目をむければ、きみたちに恩義を感じ立派に成長した子たちがたくさんいるだろうから、善行であったのは間違いないけどね。もちろん、僕もそうであったと喜んでいるし、そうあってほしいと願っているよ。けど、現実はそんなに甘くないさ。きみたちが助けた人の中から、必ず犯罪者は生まれるよ」


 反論したいが、少年の言っていることに間違いはない。

 おれとサラフィネだって、同意見なのだ。

 ただ……


「それを承知で未来にかけた。ということなんだろうけど、それが果たして良いことなのかな? 僕にはそれが判断できないんだ。だってそうだろ? きみたちが子供たちのために徴収したお金、と言えば聞こえはいいが、実際はカツアゲだ。それをされた奴隷商人たちは、今現在不幸のどん底にいるだろうさ」

「やりすぎだと言いたいのですか?」

「そうじゃないさ。けど、きみたちには知っておいてほしいんだ。きみたちがこっぴどい目にあわせたモーガン。彼は元奴隷だよ」


 ズシッと心に響くモノがあった。


「モーガンは奴隷として飼い主に尻尾を振り、何度となく心を潰しながら寵愛を勝ち取り、見事奴隷商人としての地位を成したのさ。まあ、金を持ってからは元の飼い主を殺したり、贅沢放題で目に余るものがあったのも事実だけどね」


 やるせない想いが込み上げる。


「被害者が加害者になったわけさ。それをどう受け取るかはきみたち次第だけど、清濁併せ持つことを否定しないでほしいね」


 言いたいことだけ言って、少年は消えた。

 重い空気が漂う。


「少し、話をしませんか?」


 なにも言わずとも、側仕えの天使たちは少年の飲み食いしていた物を片し、テーブルにお茶をセッティングしてくれた。


『ありがとう』


 揃って礼を告げ、おれたちは席につく。


「彼の名はクリューン。わたしとは管轄が違いますが、神という立場に違いはありません」

「一つ訊いていいか?」

「なんでしょう」


 会話を分断するように口をはさんだが、サラフィネは嫌な顔をしなかった。


「サラフィネやクリューンは神様なんだよな?」

「はい。そうです」

「側仕えの子たちは天使、でいいのか?」

「天使と表するのは少し語弊がありますが、そう理解していただいて問題ありません」

「なら、ロイド一家やヒカリにモーガンたちも、天使なのか?」

「違います。彼らは神界の住人ではありますが、神やそれに近い人物になり得ることはありません」


 きっぱりとした否定だった。


「ちょうどいい機会ですから、まずはこの世界の仕組みをご説明しましょう」


この後、もう一本更新します

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