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119話 勇者は竜滅刀を手に入れた

 鍛冶屋ロイドに入った。


「おかえりなさい」


 迎えるサラフィネの手には、湯呑が握られている。


「ただいま。おれの分は?」

「そこに用意されています」


 小上がりには囲炉裏があり、湯気を出す茶釜と空の湯呑があった。


(素手は危険だな)


 どう見ても、茶釜は鉄製だ。

 下手に触れば、火傷はまぬがれない。


「どうやって注いだ?」


 熱を緩和する厚手の布が見当たらない。


「どうぞ」

「いや、この厚さじゃ無理だろ」


 サラフィネが差し出したのは薄手のハンカチであり、熱をどうこうできるモノではなかった。


「ほかのくれよ」


 …………


 サラフィネからの反応がない。

 もしかしたら、この薄手の布に熱を遮断するような細工があるのだろうか。


(信じてみるか)


 子供たちと奴隷商人の未来と同じだ。

 おれは布を手に巻き、茶釜の取っ手に触れた。


「あっちいぃ!!!!」

「当たり前じゃないですか」


 飛び跳ねるおれに、サラフィネが白い目をむけてくる。


「っざけんなよ! お前が渡してきたんだろうが!」

「わたしはそのハンカチに魔素のガードを施して使用してください、という意味で渡したのです」

「わかるか! ちゃんと言えよ! ちゃんと! ああもう。火傷したじゃねえか」


 手のひらがヒリヒリする。


「ヒール」


 不意にその手を取り、サラフィネが呪文を唱えた。

 ほのかな温かみを感じる。

 これは船着き場で倒れそうになったときに感じたモノと、同じだ。

 手の痛みもすぐに引いた。


「一番簡単な回復魔法ですが、覚えておいて損はありません」


 その通りだし、感謝もしている。

 けど、確認が必要だ。


「回復魔法を教えるために火傷させた……なんてことはないよな?」

「それは邪推です。わたしはそんなことを考えたことはありません。ただ、勇者にハンカチを渡せば、高確率でそうなるだろうな、とは予想していました」

「てめえ、やっぱり確信犯じゃねえか」

「それは誤解です。というより、責任転嫁ですね」


 呆れたような口調が腹立つ。


「大体、少し考えればわかるでしょう。そんな薄いハンカチで、熱が遮断できるわけがないことぐらい」


 二の句が継げないおれに、サラフィネがたたみかけてくる。


「もしかしてあれですか? 女神が渡したから安心、とか思いました?」


 ニヤニヤしている顔面に正拳突きを叩き込んでやりたいが、それをすれば負けを認めることになってしまう。


(我慢! 我慢だ!)

「ぶひゃひゃひゃひゃ」


 自分に言い聞かせたが、ダメだ。

 腹を抱えて笑う女神を、許せそうにない。


「お楽しみのところ悪いけど、完成したよ」


 殴りかかろうとしたおれを、奥の鍛冶場から出てきたアンナの一言が止めた。


「物を渡すから、こっちに来ておくれ」

「ちっ」


 舌打ちしつつ、鍛冶場に戻るアンナに続いた。


「これが注文の品だよ」

「おおっ!」


 差し出された一刀は、見事だった。

 青い柄と朱色の鞘。

 派手な装飾はないが、鞘には竜が描かれている。

 予想を超える逸品に、怒りも吹き飛んだ。


「抜いてごらん」


 受け取り、刀身を露にした。

 正直、刀の良し悪しなどわからない。

 けど、これが業物だということは理解できた。

 サラフィネに貰った剣も悪くはないのだろうが、比べる必要もないくらい一線を画している。

 鞘と一対になったことで、竜滅刀の輝きが増したように思う。


「ありがとう」

「礼はいらないよ。鍛冶屋の仕事をしただけだからね」

「わたしからもお礼を申し上げます」

「ちょっと、やめてくださいよ」


 頭を下げるサラフィネを、アンナが慌てて止めた。


「ああそうだ。まだ説明してないことがありますね。おい! ザラ」

「何よ!?」

「あんたに任す! 説明、頼んだよ」


 言うだけ言って、アンナは逃げるようにいなくなってしまった。


「もう、おかっつあんたら。はあぁ、仕方ない。それじゃあ、説明するわね……でもその前に、一つだけ言わせて。本来なら、その剣はあんたみたいな素人に毛が生えた程度の人間が持つべき物じゃない。これは馬鹿にしてるわけじゃなく、鍛冶屋としての真っ当な意見よ。それぐらい、竜滅刀の切れ味は鋭いわ」


 なんとなくわかってはいたが、改めて指摘されるとおっかない。


「それぐらい緊張して使ってちょうだい。下手をすれば、敵だけじゃなく、あんた自身も真っ二つになりかねないからね」


 おれはゴクッとツバを呑み込んだ。

 ザラの言っていることが、冗談じゃないと理解できたから。


「何度も言うけど、その刀は技術がなくても大抵のモノは斬れるわ。力任せに振るって折れたとしても、自動修復の『効果付与(エンチャント)』が施されているから数時間。遅くとも数日以内には蘇る仕様になってる」

「マジかよ!? そりゃすげえな」

「だからこそ、気をつけてほしいの。無茶をしても大丈夫、ではないからね」

「折れたままになる可能性もあるってことか」


 ザラが重々しくうなずいた。


「物事に絶対がないように、自動修復の効果付与も絶対ではないの。特にその刀は意思を持っているから、必要とあらば主人のために限界を超えることもあるかもね」


 竜滅刀が「当然だ」とでも言うように光った。


「その姿を見れば、折れたり傷つき続ければ、駄目になる可能性が理解できるでしょ?」

「ああ」


 大切に扱うこと。

 それを肝に銘じておこう。

 でないと、無茶な使いかたをする自分が思い浮かぶ。


(それじゃダメなんだよな)


 どんなに良い物でも、それを使いこなす力量がなければ、宝の持ち腐れである。


「日進月歩とはいかないだろうが、竜滅刀を扱うための研鑽は約束する」


 誓いを込めて、おれはそう宣言した。


「それが聞けるなら安心だわ。なら、これで終わりよ」


 おれは刀を鞘に仕舞い、マジマジと見た。


「技術と魂は品物(しごと)に宿る、か」

「何それ?」

「おれの師匠の言葉だよ」


 IT屋として駆け出しのころ、注文書に記載されたことだけをこなしていたときに、そう言われた。

 ついでに、だからお前は駄目なんだ、と。

 注文書に記載していなくとも、予見できることは多々あるのだから、それを考慮して作業しろ。

 それが出来て、初めて一人前だ。

 言われたときはピンとこなかったが、後に嫌というほど実感した。

 注文書に記載されたことだけをこなし、後に不具合が出ても知らぬ存ぜぬを主張する。

 面倒なクレームは、それはそちらのせいでしょ? と責任転嫁ではねつける。

 もしくは、追加の作業代をもらう。

 それ自体は悪いことではないが、それをしていると、次の仕事が来ないのだ。

 フリーランスとしてそれは致命的だし、死活問題であった。

 だから、作業の負担は大きくなるのだとしても、出来うることはすべてやる。

 まあ、クライアントの意向が一番だから、やりすぎも良くないが……


(イカンイカン。話が逸れたな)


 つまりおれがなにを言いたいかというと、職人の気配りやこだわりは品物に詰まっている、ということだ。

 そして、竜滅刀は間違いなく至極の一品である。


「とにもかくにも、ありがとうな」

「こっちこそありがとう。あんたを疑っていたこと、謝るわ。ごめん」

「べつにいいさ。それより、これからも世話になることはあると思う。そのときは頼むよ」

「言ってるそばから無茶する気?」

「まさか。でも、そうしなきゃいけないときは、ためらっていられないだろ」


 やらなきゃいけないときは必ず来る。

 おれが異世界に赴くかぎり、絶対に。


「いいわ。出来る限りのことはしてあげる。だから、その刀に何かあった時は、あんたが持ってきなさい。そしたら、鍛冶屋ロイドの看板にかけて、なんとかしてあげる!」


 それはつまり、生きてここに来い、ということだ。

 ザラなりのエールだろう。


「おう。んじゃ、またな」


 別れの挨拶をし、おれとサラフィネはピンクのドアをくぐった。


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