表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

120/339

118話 勇者は生殺しにあう

 すべての集金を終えた預金通帳を、おれはヒカリに渡した。

 パラパラとめくるたび、その顔色は悪くなっていく。


「約束と違うじゃないか!」

「ちょっと多くなったけど、少ないよりはいいよね」


 ヒカリが頭を抱えている。


「これのど・こ・が、『ちょっと多くなった』で済むんだい!?」


 見るのも嫌なのか、通帳を足元に投げ返された。

 開いた通帳には、三兆五〇〇〇億。

 そんな桁違いの数字が記載されていた。

 当初の十倍を超える額だ。


「言っておくけど、おれも驚いたんだよ。集金に行ったら、奴隷商人の過少申告がえげつないこと」

「だとしても、この額は異常! こんなもんに手を付けたら、子供たちはおろか、あたいたちも狙われちまう」

「それは安心してくれ。ここに入ってる金額は、正当な手段と契約に基づいて徴収されたモノであり、もし万が一取り返しに来る輩がいた場合、それ相応の報いを与えます。と、女神サラフィネが約束してくれた」

「そうじゃない! あたいが言いたいのは、この額は人を狂わせる可能性があるってことだよ」


 もっともな意見だ。

 ときとして、金は人を豹変させる。

 奴隷商人たちが、いい例かもしれない。

 彼らは欲に溺れ、他人の痛みに無頓着になってしまった。

 自分が痛い目を見た後でも変われなかった者がほとんどで、金は人を醜くさせることがある、というたしかな証明だった。

 中には本当にどうしようもない輩もいて、生かしておく意味があるのかと感じた者までいた。


「けど、信じることは出来るだろ?」


 言いかたは違うが、それはサラフィネの意見だった。


「更生はしないかもしれません。けど、ほんの少しでも他者の痛みに気づけるようになる可能性はありますし、そうなれば世界は少しだけ明るくなるはずです」


 その願いを聞いたところで、おれは奴隷商人を許す気にはなれなかった。

 ただ、奴隷となっていた子供たちがみなまっとうな人生を歩むかと言われれば、そうではない。

 過ちを犯す者は、必ず存在する。

 もちろんそうならないことを望んでいるが、こればかりは信じるしかなかった。


「それは、奴隷商人の今後にも言えることではないでしょうか」


 正論である。

 だから、今回のことで破産した者はいない。

 奴隷商人であろうがなんであろうが、当面の生活費は残してきた。

 仕事に関しても、強制はない。

 なにをするのも自由だ。

 ただ、彼らには当分の間監察が付き、悪事を働いた場合、サラフィネに報告がいくようになっている。

 おれはそれで納得できたが、ヒカリは違うようだ。


「信じて裏切られたらどうするんだい?」


 金額(モノ)金額(モノ)だけに、そのおこぼれに(あずか)ろうとする輩もいるだろう。

 ともすれば、内部分裂の危険性すら含んでいる。


「いま現在それの存在を知っているのは、ヒカリ、アンナ、組合長の三人だけだよ。おまけでおれやサラフィネも含まれるけど、おれたちはこの後のことには基本関与しない。それをどう使うか。そして、だれに教えるか。それは……ヒカリたちに任せるよ」


 無責任極まりない。

 そう罵られれば、反論のしようがなかった。

 けど、おれは……いや、おれとサラフィネは、そうしようと決めた。

 正直なことをいえば、一定の期間ごとに使用明細をもらう。

 もしくは、小分けに小額を渡し続ける。

 という選択肢もあった。

 しかし、それを行う人手がないのだ。

 サラフィネは立場上、一つの場所や勢力に肩入れし続けるのは無理。

 おれは自分の魂の回収しに、異世界に赴かなければいけない。

 サラフィネの部下や使用人もいるが、その者たちにはべつの仕事がある。

 となると、定期的にヒカリたちのもとに訪れる者がいない。

 こちらが依頼人兼出資者である点を考慮し、


「定期報告に来い」


 と命令することもできるのだが……実際は面倒な後処理をヒカリたちに丸投げするわけで……おれとサラフィネはその案を即座に却下した。

 そして、ヒカリたちを信じよう、という結論にいたった。

 そんな説明をしながら、おれは再度通帳を差し出す。


「ったく。とんでもない女神と勇者がいたもんだ」


 乱暴に髪を掻きながらも、ヒカリはそれを受け取った。


「どうなっても知らないからね!」

「ああ。任せるよ」

「ったく、抱かれてもいいと思ったけど、ありゃ気の迷いだね。あんたみたいなトンチキ、手に負えないよ」

「えっ!? そうなの!? そのために頑張ったのに」

「ウソつけ!」


 ヒカリは快活に笑うが、おれは晴れやかな笑みとはいかなかった。

 なぜなら、多少本気だったから。

 依頼成功のご褒美に一発。

 中年の漫画好きなら、憧れるシチュエーションだろう。


「なに寂しそうな顔してんだい。今までで一番のサービスをしてやるから、さっさと行きな」


 ヒカリがはだけさせた浴衣の間から、豊満な胸がこぼれた。

 ありがたいことに、頂まで拝めてしまった。

 けど、これ以上ここに居てはいけない。

 理性が働くうちに退避しなければ、強姦罪で処罰されてしまう。


(くうぅ~、生殺しだね)


 心で涙し、おれはヒカリに背をむけた。

 悲しいが、次の目的地である鍛冶屋ロイドに行こう。


今週は更新が不定期になると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ