115話 勇者は独善島を解放する
おれの放ったファイヤーボールが空高く撃ち上がり、花火のように弾けた。
(あっ、ヤベ。火の粉が舞うな)
火事や火傷の危険性に気づき、少し焦った。
外にいるであろうアンナたちが被害にあったら、目も当てられない。
(アイスショットかなんか撃って鎮火するか? いや、なんか……大丈夫……そうだな)
素が魔素だからか、火花のように落ちてはこず、火の粉は空中で消えている。
「素晴らしい」
モーガンが拍手した。
それが合図だったかのように、アンロックシールドが砕け、消失した。
「よし」
「逃げるぞ」
『おおっ!!!!』
奴隷商人たちが、宮殿の外に飛び出していく。
おれはそれに続かず、アンナたちがいた地下に潜った。
先の戦いで衝撃を受けたせいか、天井からは最初より大きな土の塊が降ってきている。
崩落も時間の問題だ。
「マジで急がなきゃダメだな。お~い、だれかいるか? いるなら返事してくれ!」
声を出しながら、広場を駆け巡る。
(大丈夫だな)
逃げ遅れはいないようだ。
これで、おれも安心して脱出できる。
そう思った矢先、天井が崩落した。
「げへっ」
振ってきた土の下敷きになり、文字通り潰れたカエルが潰れたような声が漏れた。
(ヤバイヤバイ。二度目の死を迎えるところだったな)
丈夫になっていたから耐えられたが、複数回になればわからない。
そしてなにより、このままではマズイ。
土の中にいては、酸欠で死んでしまう。
「んん。ていっ」
ダメだ。
早いとこ出ないといけないのだが、土の重みで思うように動けない。
「ブースト!」
身体強化したら、羽根布団を押しのけるような感覚で脱出できた。
「魔法ってすげえな」
「た、助けて~っ」
子供の悲鳴が聞こえる。
キョロキョロと四方を見るが、人気はなかった。
けど、声はする。
「だれか~っ。お願い。助けてよ~っ」
「どこからだ?」
「うわぁぁぁ~っ」
探すおれの頭上から、声が降ってきた。
視線を上げると、子供がいた。
それだけならいいが、グロウベアと呼ばれた熊も一緒に落ちてきている。
「よっ」
子供をキャッチし、すぐに移動した。
数秒後、おれたちがいた場所に熊が落ちた。
「グアッ」
大した痛みもないのか、熊はすぐに起き上がって襲いかかってくる。
「うあああああっ」
絶叫する子供を尻目に、おれは熊を蹴り飛ばした。
「グッ」
と一鳴きし、熊は動かなくなった。
「きみはどっから来たのかな?」
「えっ……あっ……上から」
「ほかに逃げ遅れた子もいる?」
「うん」
「オッケー。掴まってろよ」
子供を抱いたまま、ジャンプした。
一人と一匹が落ちてきた穴から上階に行くと、そこには牢屋があった。
多くは熊や猫の檻だが、子供たちが押し込められているところもある。
鍵を探すより、手で開けたほうが手っ取り早い。
「せいっ!」
気合い一発。
おれは目の前の格子を押し曲げた。
中には、比較的大きな子もいるようだ。
「逃げ道はわかるか?」
声をかけると、代表者らしき少年がうなずいた。
「宮殿の外に大人がいるから、そこまで走れるか?」
「……うん……でも」
少年の言いたいことはわかる。
大人だから信用できるわけじゃないし、悪いヤツは五万といる。
彼らがこんなところにいるのがその証拠だし、はいわかりました、と動けないのも当然だ。
大丈夫だ、と丁寧に説明してやりたいが、説得の時間はない。
「辛い思いをしてきたのは理解してる。けど、それでも生きてきたんだろ? なら、いまは生きることだけ考えろ」
「……うん」
納得はしていないが、理解はしたようだ。
「よし。いい子だ。おれは残された子たちを助けてから行く。さあ、走れ!」
子供たちが手を取り合って逃げ出した。
これなら大丈夫そうだ。
「モタモタしてらんねえな。おれも急がねえと」
宮殿の崩落が勢いを増している。
こうなってしまうと、一刻の猶予もない。
「せい。ほっ。はっ」
手当たり次第に牢を押し開くと、子供たちは一目散に走りだす。
「よっ。あっ、いけね。間違えた」
中にいた猫と目が合った。
「ガアアア」
「わりぃ。ジャレてるヒマねえんだわ」
ワンパンで黙らせ、作業を再開した。
「ここもよし。ここもよし。っと」
宮殿をぐるっと一周し、目視と指さし確認をしていく。
「よし。大丈夫そうだな」
全員退避した。
探し残しは避けたいが、これ以上は時間がない。
おれは隠し部屋がないことを願い、宮殿を後にした。
「あっ、お兄ちゃん」
子供たちが外で待っていた。
言いつけを守るのは偉いが、崩落の危険がある宮殿の近くでの待機はいただけない。
「あの船まで走れ~」
海岸に停泊している船を指さす。
ここにモーガンたちがいないことを見ると、やつらはすでに乗船しているはずだ。
下手をすれば、この子たちともども置いて行かれる可能性がある。
(先に行って停めておくか)
そう思った矢先、目の端に光るモノがあった。
慌てて子供たちの前に出る。
「ったく、しつけえな」
悪態をつきながら、パープルが放ったレーザーショットを弾いた。
「誰の許可で行動してんだ! 餓鬼ども」
「ああああっ」
自分たちを虐げてきたパープルの登場に、子供たちは足がすくんで動きを止めてしまった。
よほどひどい仕打ちを受けてきたのだろう。
中には泣き出す子供も多くいた。
「お前に、勝った、おれが許可したんだよ」
勝った、という単語を、ことさら強調してやった。
「き、貴様~っ」
切れるほど強く唇を噛むパープル。
その薄汚れた姿も相まって、子供たちの目に力強さが戻ってきている。
「行けるな!?」
最初の檻の中にいた少年がうなずいた。
「よし行け! 止まるな! 走れ!」
おれの号令に、子供たちは再度歩き出した。
「あいつのことは心配するな。おれがぶっ飛ばしてやる!」
力こぶを見せると、子供たちの表情がさらに明るくなる。
何人かは走り出し、その背に小さな子を背負っている子までいた。
「餓鬼ども、止まれ!」
パープルの怒声にも、足を止める者はいなかった。
それどころか、皆が反発するように加速した。
「躾が必要だな」
「させねえよ」
おれはパープルを殴って、子供たちから遠ざける。
「糞が! とことん邪魔する気だな!?」
「それはお前のほうだろ?」
「うるせえ! 貴様がその気なら、こっちにも考えがあるぞ」
パープルが片翼をはためかせ、宙に浮いた。
「誰一人として助けさせねえぞ。死んで後悔しやがれ。ファイヤーボール!」
明後日の方向に撃ち出されたそれの狙いは、すぐに理解できた。
「お前マジかよ!?」
「ふははははは。噴火に巻き込まれて死ぬんだな」
火口でファイヤーボールが炸裂した。
刺激を受けた噴火口から黒煙が上がり、大地が揺れる。
噴火の予兆だ。
「私は安全なところから眺めさせてもらうよ。じゃあな」
「逃がすわけねえだろ」
飛び上がり、おれはパープルを殴って地面に叩きつけた。
「ば、馬鹿な」
本気で逃げられると思っていたんだとしたら、こいつのほうがよっぽどバカだ。
「すでに遺恨のあるやつは何人もいるからよ。お前にまで逃げられるわけにはいかねえんだよ」
「ふざけるな! そんな理由で子供達を見捨てるのか?」
そんなつもりはない。
もしそうなら、わざわざ助けたりしない。
「フォールシールド!」
「馬鹿が。その技は動く対象に併せて移動は出来んぞ」
「えっ!? あの火山って動くの?」
「はあっ!?」
パープルが眉根を寄せた。
(ああ、そういうことか)
パープルは、おれが子供たちを守るためにシールドを展開したと勘違いしたのだ。
それは違う。
おれがシールドで覆ったのは、活火山のほうだ。
船、子供たち、おれ。
ざっと数えただけでも三つ必要だし、船にたどり着けていない者たちだっている。
それらを個別で守るのは不可能だし、動けないのでは意味がない。
なら、大本を対処すればいいだけだ。
噴火してもマグマや噴石の被害がないようにすれば、だれがどこにいても問題ない。
ボボンッ!
噴火が始まった。
「う、嘘だ」
茫然とつぶやくパープルには悪いが、被害はなさそうだ。
ありとあらゆるモノは、シールドの外に影響を及ぼしていない。
「よし。おれたちも逃げるか」
犯罪者を小脇に抱え、おれは海岸に走り出した。
「お兄ちゃん」
船着き場には子供たちがいた。
どうやら、巨大な船は出航した後らしい。
「あいつら」
逃げたモーガンたちをにらむが、船はすでに沖合に出ている。
「ふははははは。ざまあみろ」
パープルの負け惜しみも、そこまで腹は立たなかった。
おれにはちゃんと見えている。
漁港のおっちゃんたちの船が。