114話 勇者対パープル
「絶望を味わえ! レーザーショット」
「せりゃ!」
パープルが放った魔法光線を、おれは天井に蹴り上げた。
結界に当たり爆発霧散したが、アンロックシールドに変化はない。
レーザーショットが弱かったのか、シールドが強固なのか…………判断に苦しむところだ。
(んじゃ、おれので一発、試してみるか)
パープルに当たればラッキーだし、避けられたとしても、アンロックシールドには命中する。
どちらにしても、一定の成果は得られるだろう。
手で作った銃を胸の前で構え、指先に集中する。
熱が宿り始めた。
(出来そうだな)
おれの頭の中には、とある漫画の主人公が浮かんでいる。
その作品における象徴的な技が、指先から霊気の弾丸を撃ち出す、ことであり、おれが再現しようとしているモノでもある。
(子供のころは撃てなかったな)
当たり前だが、何度やってもダメだった。
けど、いまなら撃てる。
似て非なるモノだから技名は叫べないが、おれは心の引き金を引いた。
「レーザーショット!!」
指先から射出された魔法の弾丸が、空気を切り裂きながらパープルに迫る。
「くっ、こんなもの」
避けられてしまった。
けど、その表情や所作には、余裕がなかった。
回避もギリギリだった気がする。
(まさか……なあ?)
ある疑念が湧いたが、まずは結果だ。
いままさにレーザーショットがアンロックシールドに激突し、土台を含む建物全体を激しく揺らしている。
が、ダメだ。
壊れなかった。
けど、ヒビのような亀裂は確認できる。
(威力を上げれば……イケるな)
魔導皇国トゥーンでは二次災害の危険があったから躊躇したが、今回はアンロックシールドの中にいるのだ。
結界さえ砕ければ、力は外に逃げていく…………はずである。
けど、ダメだったときのことも考慮しなければいけない。
(細工は流々、後は結果を御覧じろ。で、失敗しましたじゃ、笑えねえからな)
最悪、おれだけ無事で、商人たちが全滅する未来まである。
今後のことを考えれば、それは勘弁してもらいたい。
安心安全を念頭に置くなら、パープルに集中し、無力化するのがベストだろう。
「死ね死ね死ね! サンダーショット! レーザーショット! アイスショット!」
パニックに陥ったように、パープルが次々と魔法を放ってくる。
けど、どれも貧弱だ。
魔素で覆った手で簡単に防げる。
手応えがまったくない。
(もしかしてだけど……もしかしてだけど……パープルってば、マジで弱いんじゃないの!?)
それはもう、疑念とは呼べないレベルだ。
けど、そんなことがありえるのだろうか?
神様のいる世界でこれだけ大規模な悪事を働くのだから、それは簡単なことではないはずだ。
強力な後ろ盾があるのだとしても、責任者には相応の実力者が配置され、内外ににらみを利かせる、というのが定石だと思う。
現に、パープルは恐怖で奴隷商人たちを操っていた。
…………
(ダメだ。わからん)
こうなれば、しかたない。
自分で確認しよう。
間合いを詰め、おれはパープルのみぞおちにボディブローを叩き込んだ。
「ぐあっ」
完璧な手応えを証明するように、パープルが崩れ落ちる。
(こりゃ、間違いねえな)
独善島の悪者は、全員弱い。
「き、貴様ぁ~っ! ぜ、絶対に許さんぞ!」
「すごむのもいいけどよ、せめて立ったらどうなんだ?」
「うっ、うるさい!」
立ち上がろうとしているが、震える足ではうまくいかないようだ。
「それっ」
無防備なその脇腹に、再度ボディブローを叩き込んだ。
「ぎゃあああ」
苦痛に転げまわるパープルを目の当たりにし、モーガンが動いた。
「勇者ナルオ様。わたくしの二〇〇〇億はあなたに差し上げます。ですから、お助けください」
こちらも変わり身の早いやつだ。
けど、おれは忘れていない。
こいつは、おれとパープルを天秤にかけていた。
それ自体はべつにどうでもいいが、罰として人身御供になってもらおう。
「もうちょっと出せるよな?」
「無理です! それが全財産です」
おれの追及にかぶりを振るが、それがウソだということは予測がついている。
「なら、この先どう生きていくつもりなんだよ?」
「そ、それは……」
モーガンが口ごもった。
「一度私腹を肥やしたやつが小間使いに戻るなんて、考えられねえよな?」
生活水準を落とすということは、実は結構しんどかったりする。
それには、我慢や辛抱が常に付きまとうからだ。
モーガンのように金を湯水のように使うことを覚えた成金なら、なおのことむずかしいだろう。
「無事に独善島を出たら、ちゃんと再起の方法があるんだろ?」
「二二〇〇億です」
早々に釣り上げたということは、たぶんその額も正確ではない。
けど、おれにケツの毛まで毟る趣味はないから、この辺で許してやろう。
それに、ここにいる奴隷商人たちから集める大金があれば、充分すぎる額になる。
「逃げたり、支払いを拒否した場合は…………わかってるよな?」
モーガンを始め、奴隷商人全員が大きく首を縦に振っている。
「わ、私を無視するな!」
ダメージから回復したパープルが、空中に飛び上がった。
「もう許さん! 宮殿ごと破壊してやる!」
そんなことをすれば自分だって無傷ではいられないが、両目の焦点が定まらないほどブチ切れた状態では、そこまで気が回らないのだろう。
「殺す! ころす! コロス! 殺す!」
呪詛をつぶやきながら、パープルが魔素を集約させる。
「絶対に許さんぞ! ネズミ一匹逃がさんからな!」
怨念が膨らむように、魔素の塊もどんどん大きくなっていく。
次第にそれは手の間に収まらなくなり、ついには頭上に掲げだした。
「殺す! ころす! コロス! 殺す!」
いまや、魔素はガスタンクくらい膨れ上がっている。
「ふはははははは。これで終わりだ! ファイヤーボール!」
頭上に掲げたそれを、地上にいるおれたちにむけて落とした。
「あああっ、もう駄目だ」
モーガンは絶望するが、おれからすればなんの問題もない。
手のひらに魔素を集約させ、準備を整える。
「いまさら無駄だ。もう遅いんだよ。あ~っはっはっは」
嘲るように高笑いをあげるパープル。
たしかに、同じ大きさのモノを作るのは、不可能だ。
けど、その必要はない。
バスケットボールサイズのこれで、十分だ。
「ファイヤーボール」
空中で二つの火球が激突した。
バトル漫画ならここから押し合いへし合いをするのだろうが、今回そのパートはない。
圧倒的な力量差がモノを言い、おれの放ったそれがパープルのそれを消滅させた。
「ば、馬鹿な」
唖然とするパープルを巻き込みながら、ファイヤーボールがアンロックシールドをぶち抜いた。