112話 勇者の落札価格
「出品の手筈を整えたのはわたくしですぞ。ですから、勇者はわたくしの物であると主張します。欲しければ金を積みなさい!」
モーガンが高らかに宣言しているが、おれはだれのモノでもない。
強いて言うなら、おれはおれのモノだ。
「違います。ナルオは主催者のモノです。所有したければ、入札してください」
パープルの指摘に、モーガンが歯がみした。
おれの意思は完全無視だが、この際どうでもいい。
オークションはすでに始まっている。
「一億」
「一億二〇〇〇」
「一億五〇〇〇」
…………際限なく上がっていく。
これがおれの価値なんだとしたら、大したものだ。
「ナルオ。ステージに上がれ」
タキシードの男が手招きしている。
気安く声をかけられたくはないが、ここは招待に応じよう。
おれが足を踏み出すと、人垣が分かれてステージまでの道が出来た。
「顔も悪くないな」
「マダムに高く売れるそうだ」
「あの反抗的な目。調教しがいがありそうね」
おれの耳にそんな声が届く。
奴隷商人は、本当に人を物としか見ていないようだ。
「五億だ!」
ステージに上がると同時に、モーガンがこれまでの倍を超える値段を叫んだ。
一気に価格が跳ね上がり、多くの者がオークションから脱落する。
「他にはいませんか? ……成立です。と言いたいところですが、勇者ナルオの価値としては低すぎます」
(それは競売の理念としてどうなんだ?)
あらかじめ最低価格が決められているなら、そこから始めるべきだ。
けど、主催者が決めたルールなら文句はない。
こちらとしては、ザラとアンナが子供たちを逃がす時間は、多ければ多いほどありがたいのだ。
「これより、デモンストレーションを行います」
『おおおおおおおおっ!!!!!』
怒号のような歓声とともに、拍手が沸き起こる。
「では、御覧ください」
二頭の魔獣が現れた。
超大柄の熊と、羽の生えたライオンだ。
「グロウベアとバンキャットだと!? やめろ! 商品が傷つくじゃないか!」
「グギャアアアアア」
モーガンの制止の声を無視し突進してきた熊を、おれは客席に蹴り込んだ。
「うああああ」
「きゃあああ」
何人か巻き込まれたようだ。
(ざまあみろ)
なんて思っている間に、今度はライオンが飛びかかってくる。
(いや、キャットと言われていたから、猫か。んん!? たしか、ライオンってネコ科だったよな? ……まあ、なんでもいいか。とりあえず、こいつも客席に蹴り込んでやろう)
繰り出したハイキックを受け吹っ飛んだが、猫は羽根を使って飛翔し、人的被害は起こさなかった。
それならそれでかまわない。
少し前に蹴り込んだ熊が商人たちの間で暴れているから、被害は充分だ。
「三五億」
上から声が降ってきた。
(ああ。上にVIP席があるのか)
だから、あんなに警備が厳重だったのだ。
「そんな……」
モーガンが膝をつく。
(まあ、そうだよな。いきなり六倍だもんな)
モーガンの提示した五億ですら破格っぽかったのに、これでは太刀打ちできる者はいないだろう。
「五〇億」
いたようだ。
そして確定した。
上階にいるのは、別次元の金持ちだ。
(これも大人買いに入るのかな?)
再度アタックをかけてきた猫の爪を避けながら、おれはそんなどうでもいいことを考える。
「一〇〇億」
大台突破だ。
デモンストレーションが利いたようで、なによりである。
「せりゃ!」
お祝いに、猫を上階に蹴り込んだ。
けど、被害はなかった。
テラス席に当たる直前、猫は細切れにされてしまったからだ。
「オーナー。これで文句ないわね」
バタフライマスクで顔を隠した貴婦人が、紙きれを放った。
飛翔したパープルが空中でそれを確認し、うなずく。
「当方が定める参加条項の強制落札が行使されました。よって、勇者ナルオは五〇〇〇億で落札されました」
(マジかよ!? すげえな! おれ)
正直、額がデカすぎてピンとこないが、破格であるのは間違いない。
「いきなさい」
『はっ!』
貴婦人が扇子を一振りすると、脇にかしずいていた男が飛び降りてきた。
帯刀しているから、猫を切ったのはこいつなのだろう。
「お前を見ていると過去の自分を思い出すな。俺もそうだった。この会場に連れてこられたときは嫌悪したもんだ。けど、マダムの子飼いになってからは贅沢三昧で、試し切りもし放題だ。適度に人斬りも出来て、腕がなまることもない。ここは天国だぞ」
誘い文句を並べる男は、イカれているようだ。
本気で相手をする気はないが、教えてやろう。
「おれにとっては、すでにここが天国だよ」
「なら、尚更従順になれ。お前の知らない快感を約束してやる」
これだけ言ってくるのだから、さぞすばらしい体験が待っているのだろう。
「なら、一つ確認させてくれよ。契約期間は何日? 何か月? 何年? 後、給料はいくら貰える?」
「立場をわきまえろ!」
「奴隷だからワガママ言うな、ってか? だとしたらゴメンだね。おれはお前らみたいに、底辺で満足できないんだよ」
「身体に教えるしかないようだな」
男が剣を抜いた。
「初めからそのつもりだろ?」
「わかっていたか。けど、仕方ないだろ。マダムは無傷を好まれるからな」
「それには応えられると思うぜ」
男との間合いを詰め、おれはその頬に拳を叩き込んだ。
「ぐあっ」
少しは踏ん張るかと思ったが、男はあっけなくステージの外に飛んでいった。
(弱っ!)
手応えがなさすぎる。
よくもまあ、強敵みたいな雰囲気で出てこられたものだ。
「貴様っ!」
額に青筋を浮かべて立ち上がったところで、怖くもなんともない。
男のすぐ近くで暴れている熊のほうが、よほど強そうに見える。
「横横」
親切心で教えてやったのだが、それも気に食わなかったようだ。
無言のまま、熊は斬り殺されてしまった。
「今度はお前だ」
男の斬撃が迫る。
(こいつ、おれを殺す気だな)
目が血走っていて、我を忘れている。
ここでおれが死ねば自分が怒られるのに、それすら抜け落ちてしまっている。
(かわいそうに)
これが盲目になった人間の末路だ。
けど、自分の愉悦を優先して他人を蔑ろにしたのだから、同情する気はない。
おれは斬撃を躱しながら、男にカウンターパンチを見舞った。
脇腹、肋骨、胸骨に当てる三連打だ。
ガスガスガスと綺麗に三つ決まり、ドサッと倒れた男は、それきり動かなくなった。
ピクピクと痙攣しているから死んではいないだろうが、再び起き上がることもないだろう。
「素晴らしい。マダム、どうされますか?」
手を叩くパープルに、貴婦人は無言で紙切れを手渡した。
「契約成立ですね。ニス。君がやりなさい」
「はっ!」
司会をこなしていたタキシードの男が、胸に手を当てお辞儀する。
「これより貴殿の相手は、わたしが務めます」
タキシードの男が上着を脱いで上半身裸になった。
ムッキムキのガッチガチだ。
披露できたのが嬉しいのか、胸筋をピクピク動かしている。
(ニス……ねえ)
十中八九、偽名だ。
日焼けした肌がオイルで黒光りしているから、ニス、なんだと思う。
(ちょっと捻ってきたじゃねえか)
安直には変わりないが、ドストレートでもなかった。
「では、納品はいつもの所によろしくね」
「かしこまりました」
最後まで見届けることなく、貴婦人は席を立ちその場を後にした。
「他の方もよろしいですかな?」
VIP席にいた面々が、無言で席を立つ。
「アンロックシールド」
パープルが呪文を唱え、結界を生み出した。
オークション会場にその形跡が見えないことから、最低でも宮殿を囲むサイズで展開されているのだろう。
「これで一人も逃げることは出来ません。さあ、あなたたちの命の価格を決めましょう」
地下から熊や猫が大量に出てきた。
目を血走らせ、牙の見える口からよだれを垂らす様子は、先ほどのやつらより獰猛そうだ。
「目録にはございませんが、皆さまの命が競売です。助かりたければ、お金を積んでください」
「一〇〇万!」
「一五〇万!」
…………口々に商人たちが金額を口にする。
文字通り、命の競売が幕を開いた。
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