111話 勇者は密航の手筈を整える
こうなれば、密航するしかない。
覚悟を決め、おれは独善島行きの船にむかった。
港では奴隷とおぼしき線の細い青年たちが、荷物を積み込んでいる。
その量は膨大で、甲板と港を往復する作業はひっきりなしだ。
降雪中にもかかわらず、全員が肩で息をし、額には大粒の汗が光っている。
彼らを見ていたら、おれは若かりしころブラック企業に派遣されたことを思い出してしまった。
業務は過酷で、賃金は安い。
幸いおれは派遣期間が三ヶ月と短期だったからよかったが、正社員として働く人たちはそうじゃなかった。
「ここしか居場所がないんだよ」
そう言いながら、諦めたように笑う同僚がいた。
奴隷の青年たちも、同じなのだろう。
過酷な労働であろうとも、ここ以外に居場所がないのだ。
光を宿さない暗く沈んだ瞳を見るだけで、ほかを探す気力も体力も奪われてしまっていることがわかる。
心が痛む。
けど、こいつらはそうでもないらしい。
甲板から降りてきた船員らしきゴツめの兄ちゃんたちは、青年たちの輝く汗には目もくれず、一列に並ばせた女の子たちを見て舌なめずりをしている。
(かわいそうに)
震えている少女もいるではないか。
「お前は……上だな」
見た目やスタイルでランク分けされるようだ。
中には、無遠慮に胸を揉まれている子もいた。
嫌がって身をよじれば、更なる仕打ちが課せられている。
叱責ならいいほうで、ビンタやパンチも当たり前だ。
理不尽な恐怖に慄きながら、少女たちは目に涙を溜めて必死に耐えていた。
中には自分からすり寄り、少しでも待遇よく迎えられようとしている子も散見するが、それを糾弾することはできない。
自分の価値を上げて高く売るのは処世術であり、決して悪いことではない。
けど、胸に去来するモノがあるのも事実だ。
…………
助けてやりたいが、船員たちが少女たちにかまけている、いまが潜入のチャンスであり、逃す手はない。
(ごめんな)
内心で謝り、おれは船にアタックをかけた。
甲板にあがるのは楽勝だ。
奴隷の子たちは自分たちの作業に集中しているし、その監視で甲板に残されたはずの船員たちも、遠目ながら少女たちの確認に余念がない。
倒れた奴隷に暴力を振るっている輩もいるが、おれを気にする様子はなかった。
問題があるとすれば、船内の偵察だ。
(奴隷のフリをすれば、イケるよな)
手近にあったツボを抱え、おれは船内に侵入した。
船の構造はわかりやすく、甲板に近いところが船員の使う大部屋だ。
その下に商人たちが使う個室あり、奴隷を押し込めておくはさらにその下にある。
最下層が倉庫だった。
(浸水したらどうすんだろ?)
訊いてみたいが、答えてくれるほど余裕のある奴隷はいない。
なお、船長クラスの大物の部屋は、甲板の上に特別室が用意されている。
侵入を試みようとはしたが、入ることはおろか、近づくことすらできなかった。
しかし、大まかな構造は把握できた。
結論、密航は不可能である。
理由は二つ。
一つ目は、意外と奴隷の管理がなされていて、部外者はすぐに発見されてしまうからだ。
二つ目は、おれがすでに見つかっているからである。
「てめえコラッ! この船にちょっかいかけるとは、いい度胸じゃねえか」
一通り船内を見終わって甲板に出てきた瞬間、船員の兄ちゃんたちに思いっきり詰め寄られた。
こうなれば、下手な言い訳は無駄である。
「おい! コラッ! なんとか言えや!」
「ぶち殺されてえのか!? ああん!?」
メンチを切りまくる兄ちゃんの横っ面を、おれは無言で叩いた。
『えっ!?』
船べりまで吹き飛ばされた同僚を目の当たりにし、船にいた全員が目と口を大きく開けている。
ここからは、詳しい描写は割愛させていただこう。
「てめえバカ野郎! だれにむかって生意気な口訊いてんだぁ!? ああ!?」
ボコボコボコ。
「わかればいいんだよ。わかれば。って、なに逃げてんだ!? お前は」
ボコボコボコ。
「密航出来ねえ!? 出来ねえじゃねえよ! どうにかすんだよ!」
ボコボコボコ。
しくしくしく。
「泣きてえのはこっちだよ。いいから考えろ!」
ボコボコボコ。
「なに!? これ持って船長のとこに行ってくれ? 断られたらどうすんだよ!? 責任取れんのか?」
ボコボコボコ。
ブンブンブン。
イエス。イエス。イエス。
「お~っし。言質取ったかんな! 後、奴隷の子たちに優しくしろ! それと、嫌がる女に手を出すな! いいな!? 約束だぞ」
イエス。イエス。イ……エス。
「てめえ、なに不満げなツラしてんだ! ぶっとばすぞ!」
ボコボコボコ。
「おう、そうか。反省したか。わかったならいいんだよ。んじゃあ、行ってくるからな。お前らもまじめに働けよ」
みたいなことが繰り広げられ、おれは商人としての乗船許可の嘆願書を手に入れた。
「最っ低」
(だろうね)
ザラがゴミを見るような目をむけてくるが、驚くことはなかった。
正直、おれもアレは反省すべきだと思う。
けど、アレがあったからこそ、ザラが手籠めにされることはなかったわけでもあるわけで……
(ダメだな)
自分をだますことはできなかった。
「反省してる。アレは間違いなく、八つ当たりだ」
「確かに褒められたことじゃないけど、私は胸のすく思いだよ。ナルオの大暴れのおかげで、今回はより多くの子供たちを救えたからね」
アンナの笑顔に、少しだけ救われた。
「ならよかったよ」
「ああ。本当に感謝してる」
アンナが頭を下げたのと、地響きが発生したのが同時だった。
パラパラと天井から土が降ってくる。
いますぐ崩落ということはないだろうが、ここに居るのは危険だ。
「子供たちの避難を。上の様子はおれが見てくる」
「あたしも」
「バカ。あんたは子供たちの誘導を手伝いな」
ついてこようとするザラの手を引き、アンナが止めた。
「でも」
「でももへちまもない。自分にやれることをやるんだよ」
突然のことに泣き出した子もいる。
涙は伝播し、幼い子たちが次々に泣き出してしまった。
「あの子たちを放っておくのかい?」
ザラはかぶりを振り、子供たちのもとに走っていった。
「任せていいかい?」
「おう。こっちの心配はいらないから、早々に脱出してくれ」
「すまないけど、頼むね」
おれは階上へ。
アンナは子供たちの誘導へ。
それぞれの役目を果たすために、おれたちは別れた。
石畳を持ち上げ地上に出た瞬間、パンッとピンスポットが当てられた。
上からではなく、斜め横から。
壁が壊され、六畳一間だった部屋がオークション会場と繋がっている。
「ロットナンバー一〇〇番。勇者ナルオ。大変貴重な勇者という肩書を持った男です。奴隷にするもよし。見世物にするもよし。難点は、反抗的な精神を調教する手間がかかることです」
タキシードの男の説明に、商人たちから喝さいがあがった。
どうやら、次の商品はおれらしい。
「さあ、本日最後のオークションの……スタートです!」
タキシードの男の宣言で、独善島で行われる最後のオークションが始まった。
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