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11話 勇者は神官に逃げられる

 教会に足を踏み入れた瞬間、嫌な感覚が急増した。

 ゾワゾワと肌が粟立つ。


(やっぱ帰ろう)


 踵を返したが、すでに遅かった。

 入り口は剃髪した若衆によって、すでに閉められている。

 しかも、太く大きなかんぬきをはめるおまけつきだ。


「では宗主様、失礼します」


 一礼しそそくさと退出する若衆。


「これで遠慮は不要です。さあ、楽しみましょう」


 大聖堂にはおれと神官のみ。

 邪な考えはよろしくないが、ほほを赤らめる神官はそれを想起させる。


「祈りましょう」


 神官が胸の前で掌を組み、祝詞を紡いだ。

 見事な肩すかしである。


(童貞なら怒り狂うだろうな)


 けど、おれは大丈夫。

 地雷系女子には近づかないタイプだし、それなりの経験もある。

 もっというなら、いますぐここを出ていったほうがいい、と判断できるぐらいには冷静だ。


(よし。逃げるか)


 神官は大聖堂の上部に据えられている石像に、熱心な祈りを捧げている。

 すり足で音を立てなければ問題ない。

 窓はぶち破ることになってしまうが、銀貨の詰まったカプセルを置いていけば、賠償には十分だろう。


「神は民を救わぬことがありますが、この国の王は決して民を見捨てません」


 神官が振り返った。

 おれの逃亡を妨げるには絶好のタイミングであり、まるで後ろに目があるようだ。


「今は王を崇めるため、共に祈る至福の時間です」


 再度神官が胸の前で手を組み、祝詞を唱え始めた。

 それ自体に異論はない。

 が、神官の祝詞が熱を帯びるたび、おれの中にある不快感も増しているのは問題だ。

 いままではなんとか我慢できていたが、その感覚は急速に薄れている。

 肌の上を這っていた虫が、いまや皮膚の中に入ってくるようなおぞましさに変っている。


(マジで勘弁してくれよ)


 もはや許容できるレベルを超え、憎悪に近い域にまで達そうとしていた。

 正直、これ以上ここに留まる気にはなれない。


「すみませんが先祖代々仏教徒なんで、教会で祈るのはちょっと遠慮させてもらいます。大変申し訳ありませんが、これでお暇させていただきます。王様にはどうぞよろしくお伝えください」

「ふふふっ、冗談がお上手ですね」


 冗談のつもりはかけらもない。

 この全身を這うような不快感を無くすのは無理だとしても、少しだけマシだった外に一刻も早く出たい。


「私が王です」


 唐突な宣言に思考が追い付かない。

 本当なのだとしたら、衝撃がデカすぎる。


「ははは、冗談がお上手ですね」


 神官と同じ返しをしたが、やんわりとかぶりを振って否定された。


「じゃあ、あれですか? 民はあなたのために祈っている……とういことですか?」


 首肯された。


「あなたは凄い方です。あなたの力は、王に多大な力を付与しています」


 現在進行形で発せられた賛辞。

 それで理解できた。

 おれが感じている不快感は、目の前の神官によってもたらされている。

 その証拠に、いまも不快感は増していた。

 いや、宣言したことによって、躊躇がなくなったというのが正しいのだろう。


「熱心なところ悪いんだけど、お祈り……やめてもらっていいですか?」


 なにをするにしても、手順を誤ってはいけない。

 だから、お願いした。


 …………


 聞き入れてもらえるとは思っていなかったので、無視にも驚かない。


「やめてもらえないなら、こっちにも考えがありますよ」


 口調は柔らかく。

 喧嘩腰になってはいけない。


「力で制圧するのですか?」


 こちらの本気が通じたのか、神官が反応した。


「まあ、こちらの要求が通らないなら、それも致しかたないかと」


 おれは剣の柄に手をかけた。


「そうですか。あなたは先に来た者とは違うのですね」

(先に来た者?)


 ひっかかる言葉だ。


「前にだれか来たんですか?」

「当ててください」


 口ぶりからして、おれが知っているだれかのようだ。

 しかし、この世界に知り合いなどいない。

 いや……一人だけいた。


「勇者が来たんですね」

「半分当たりです」


 神官が口角を上げた。

 …………

 わずかな沈黙が落ちる。


(これ以上の説明は……してくれないんだな)


 答えが欲しければ考えろ、ということだろう。


(勇者が来た、が半分当たりなんだとしたら……)


 勇者は複数いる、ということだ。

 それは間違っていない。

 この世界に元々いる勇者と、サラフィネに勇者として送り込まれたおれ。

 ならば、ここに来たのはこの世界の勇者、と考えるのが妥当だろう。

 けど、おれにはもう一人、心当たりがある。

 二号だ。


(う~ん)


 もし仮に二号が神官と出会っているのだとしたら、ここが大魔王の支配する街ということになる。

 そして、目の前の神官が王を名乗っているのだから、おれはすでに大魔王と対峙していることにもなってしまう。


(ヤバくない!?)


 正直、すこぶるヤバい気がする。

 不快感もそうだが、危機感も増し増しだ。


「あのぅ、確認させてもらいたいんですけど、ここにいるのは魔王様ですよね? 大魔王様じゃないですよね?」


 柄から手を放し、媚びるように揉み手で訊いた。


「ここに()()すのは、『大』魔王様です。北東の魔王とは格が違います」


 ニッコリ笑顔でそう断言された。

 しかも、大魔王の『大』を強調されて。


(譲れないポイントなんだろうな)


 わからなくはないが、いまは自分のことを優先したい。

 勇者として異世界に転移させられはしたが、長編冒険譚をこなす気はさらさらなかった。

 しかし、最初の街でラスボスに遭遇するとは微塵も想定していない。


(第一、んなことがあっていいのかよ!?)


 答えは否だ。

 断固として、否である。

 戦闘初心者にこの仕打ちは、あまりにひどい。

 しかも、それを行ったのが女神だというのだから、なおさら許せない。


「おれは抗議する!」

「はい!?」


 神官が眉根を寄せた。


「わからなくていい。こちらの話だ。では、失礼する」

「お待ちなさい」


 踵を返したおれの前に、神官がすばやく回り込んだ。


「イヤだ! 待たん!」


 電光石火の所業だが、それを上回る速度で再度抜き返した。


「どうやっても行くというのですか?」

「当然だ!」

「私を自由にしていいですよ」


 神官がおれの腕を掴み、豊満な胸を押し当てた。

 ……悲しいかな。

 雀の涙ぐらい溜飲が下がってしまった。


「向こうで楽しみましょう」


 潤んだ瞳で唇をなめる仕草は妖艶であり、魅力的なお誘いだった。

 十代もしくは二十代前半のおれなら、ホイホイついていったであろう。

 が、いまは違う。


「離せ! おれはいま激おこなんだ!」


 神官を振り払い、再度歩き出した。


「激おこ……って。あなた、そのチョイスは古すぎますよ」


 一瞬だけ表情と体を固めたが、神官はすぐにおれを追いかけてくる。


「普段使わない言葉を使うほど、頭にきているということだ。察しろ。バカ者が」

「あなたのほうこそ、女の誘いを無視すべきじゃないでしょう」


 などと抜きつ抜かれつを繰り返すうち、おれたちは教会の入口まで来た。


「そこを退け」

「嫌です」


 両手を広げ通せんぼをする神官が、何度も首を左右に振った。


「おれには早急に会わなければいけないやつがいるんだ! お前らの優先順位はそいつの後だ」

「馬鹿を言ってはいけません! この世界に大魔王様を差し置いて優先される者など、いてはなりません」


 払うように動かしたおれの手を、神官が紙一重で躱す。

 是が非でも退く気はないらしい。

 ならば告げよう。


「そこは安心しろ。そいつはこの世界の者じゃない」

「この世界の者じゃなかろうとなんだろうと、とにかくダメです。あなたがいなければ、大魔王様の復活が遅れてしまいます」

「ああもう、さっきからゴチャゴチャうるさいな。大体、お前が王なんだろ。なら……お前が……『大』魔王!?」


 急に冷静になった。

 もとい、なぜ気づかなかったのだろう。

 街で一番偉いヤツが大魔王。

 そして、目の前の神官が王を名乗った。

 ならば、この二人はイコールで繋がるはずだ。


「お待ちなさい!」


 無言で抜刀したおれを、神官が諫めた。

 なかなかに察しの良いヤツだ。

 けど、おれにその気はない。

 この世界での雑事を終え、一刻も早く天界に戻り、サラフィネを屠らねばならない。

 そのためには、躊躇などしていられなかった。


「私を殺しても、大魔王様は死にませんよ。それどころか、大魔王様の討伐は不可能になります」

「なぜだ? 詳しく話せ!」


 神官の喉元に剣先を押し当てた。


「嘘をついたら、わかっているな!?」


 完全に悪役の所業だが、おれ自身は正義の味方という立場でもない。

 勇者という肩書があるだけだ。

 だからまあ、セーフだろう。


(……アウト……かな?)


 瞳を潤ませ、小さくうなずく神官を見ていると、ひどくいたたまれない気持ちになる。


(うん。アウトだな)


 こういうのはよろしくない。

 これでは、やっていることがサラフィネと一緒だ。

 人を呪わば穴二つ。

 同じ穴のむじな。

 そんな感じになるところだった。

 冷静に。

 努めて冷静にいこう。


「取り乱して悪かった。お互い感情的にならず、まずは話し合おう」


 剣を鞘に納め、おれは笑顔で神官と向き合った。


「テレポート」


 神官が消えた。


「ええっ!?」


 驚いても無駄だ。

 ここにはもう、だれもいないのだから。


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