107話 勇者はオークションを嫌悪する
思った通り、宮殿はオークション会場だった。
構造は、いたってシンプル。
中央に大きな吹き抜けと丸いステージがあり、奥から出てきた奴隷を競り合うスタイルだと思う。
いま現在競りが行われていないから断言はできないが、まず間違いない。
会場に固定の席はないが、入口でパイプ椅子のようなモノを借り、座ることはできる。
やる気のある者は最前列に腰を下ろし、肩をぶん回しながら入口で渡された目録に目を通している。
大半がそんな感じで、オークションの開始をいまかいまかと待っていた。
「これがいいですな」
「わかりました。では、こちらはその競りには参加しません」
「ありがたい。では、そちらの狙いを教えてください」
「これです」
「ほっほっほ。お目が高い。わかりました。それはお譲りしましょう」
そんな感じの事前交渉が、そこかしこで繰り広げられている。
これだけ大っぴらに行われていてだれも注意しないのだから、アリなのだろう。
が、聞いていて気持ちのいいモノではない。
(あ~、ヤダヤダ)
中には奴隷を売るだけで買わない者もいるようで、そういった者たちは端に用意された立食形式の食事を楽しんでいる。
メニューも豊富で興味は惹かれるが、あそこには二度と近づきたくない。
どこどこの町で出産が多いだとか、若くてきれいな娘はあそこが狙い目だとか、聞くに堪えない情報交換がなされているからだ。
終いには、「あんたはどこの縄張りだ?」なんて訊かれてしまった。
「フリーランスです」
「じゃあ、大変だろ!? なんなら、おれたちのシノギに加えてやってもいいぞ。金さえ払えばな」
無視せず正直に答えたら、カツアゲにあった気分だ。
「いや、地道に頑張るんでおかまいなく」
「けっ! てめえ、今聞いたことを利用して俺たちのシマを荒らしてみろ!? そんときゃ、容赦なく殺すかんな! 覚えとけ!」
誘いを断ったら、殺害予告を受ける始末である。
(ダメだな)
ここにはクズしかいない。
ザラを人身御供にした時点で五十歩百歩かもしれないが、彼らよりはマシだと信じたい。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですかな?」
モーガンが声をかけてきた。
そういえば、名乗った覚えがない。
「ナルオです」
偽名にしようかとも思ったが、本名を名乗った。
ただ、神界で日本人ぽい名前に出会っていないので、名前だけだ。
しかも、カタカナっぽく聞こえるように発音した。
「ナルオさんですか。珍しいお名前ですな」
なんとなくだが、成功した気がする。
「商売柄、覚えてもらいやすいので重宝してます」
「確かにそうですな。うらやましい。がぁ~っはっはっはっ」
笑いながら、モーガンが去っていった。
(なんだったんだ?)
考えてもわからないし、追いかけて訊くほどのことでもない。
おれは手持ちぶさたを解消するために、目録を開いた。
(マジかよ!?)
中身を見て驚いた。
出品されている奴隷の写真とプロフィールが記載されている。
写真は九〇年代のガラケーぐらいの画素で写りは悪いが、顔やスタイルを把握するには充分だ。
神界の文字を習ったことはないが……読める。
というか、これは日本語だ。
(……うん。気にしたら負けだな)
お約束の一言で、深く考えないことにしよう。
「会場の皆様。大変長らくお待たせしました。これよりオークションを開催します」
アナウンスが聞こえたので、おれは目録を閉じてステージに目をむけた。
タキシードを着た大柄な男が、笑顔でステージ中央に歩いていく。
黒髪のオールバックで左目に眼帯。
右頬には刀傷が刻まれており、司会というよりは用心棒、と評したほうがしっくりくる。
「ロットナンバー一番。獣人族の男児です。見た目はよくありませんが、醜男というほどでもありません。ペットにするもよし。奴隷にするもよし。ですが、栄養不足で線が細く、筋力もございません。入札の際、その点はご注意ください」
タキシード男の説明に合わせ、奥からバニーガールの美女が出てきた。
その手には獣人族の男の子が繋がれた鎖が握られており、ステージを一周するように歩いていく。
説明通りやせ細っていて、鎖につながれた首輪もぶかぶかだ。
彼の人生が受難続きであったことは、疑いようがない。
「あれでは使い物にならんな」
「ああ。転売先もなさそうだし、見送りだな」
次々に興味を失う商人たちの声が聞こえてくる。
頭上にある三角の耳がピクピク動き、獣人の少年は買い手がつかないことに安堵しているようだ。
「子供のおもちゃにちょうど良さそうだな。わしが買おう」
老人が手を挙げた。
「他はいませんか?」
だれも反応しない。
「成立です!」
タキシードの男が鐘を鳴らし、パラパラと拍手がおきた。
「ああああっ」
獣人の少年はひざを震わせくず折れる。
泣き咽び動かない少年を引きずり強制退場させる様は見るに堪えないが、オークションは続行される。
疑問を抱く者もいなかった。
「続いてロットナンバー二番。獣人族の赤子です」
『おおおお!』
野太い歓声があがった。
「乳飲み子ですが、健康状態はいたって良好。育てるもよし。売るもよし。唯一の難点は、手間がかかることです」
赤子を頭上に掲げ、女がステージを回る。
「おれだ」
「わしじゃ」
「わたくしも参加しますぞ」
モーガンを含め、次々に手が上がる。
値段もグングン上昇していく。
貨幣価値はわからないが、かなりの額であろうことは予想できた。
(こいつら、狂ってるな)
いままでもそう思っていたが、その想いはより強くなる。
「他はいませんか? ……成立です」
鐘が鳴り、取引が成った。
「がぁ~っはっはっはっ。やりましたぞ」
モーガンが競り落としたようだ。
(あ~っ、腹立つ)
その満足げな表情が、癪に障る。
(いっそこのイライラをぶつけるように乱入して、オークションを滅茶苦茶にしてやろうかな)
胸のすく行為だ。
けど、それをしたところで問題は解決しない。
一時的に救われたとしても、奴隷はべつの所で売買されるだけだ。
より多くの奴隷を救うことを考えるなら、いまはまだ動くときではない。
(我慢。我慢だ)
自分に言い聞かせる。
けど、ここに居続ければ、爆発するのは間違いない。
……
(少し探ってみるか)
奴隷が出入りしているのだから、どこかに控室があるはずだ。
なるべく音をさせないよう、おれはオークション会場を後にした。
廊下に人気はなく、見張りらしき人物もいなかった。
見つかったとしてもトイレだなんだと言い訳もできるし、コソコソするほうがかえって怪しまれる。
堂々と散策しよう。
(ダメだな)
廊下は建物を一周するだけの一本道。
途中途中にドアはあるが、ほとんどが施錠されていて開かなかった。
唯一開いたのは、トイレだけだ。
上に続く階段が二か所あるのだが、入り口には警備員が張り付いており、近づくことすら許されない。
現状、ここにいても得るものはなかった。
なら、ザラたちが連れていかれた施設を調べてみるべきかもしれない。
詳しい場所は不明だが、狭い島なら捜索は可能だろう。
「どこに行く気だい?」
宮殿を出ようとしたところ、後ろから声をかけられた。
「外の空気を吸いに」
「奴隷を探しに、の間違いだろ」
振り返った先には、妙齢の女性がいた。
ほんの少し目尻は下がっているが、勝気な瞳が印象的だ。
真っ赤な唇と着物の袖を捲り上げた姿は、祭り好きの熱血美女といった趣がある。
そしてその姿には、どこか見覚えがあった。
「あんたの行く場所はこっち。付いてきな」
警戒するべきなのだろうが、なんとなく信用してもいい気がする。
直感を信じ、おれは女性の後に続いた。