表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/339

106話 勇者はパープルと出会う

 独善島は、まあまあ狭い。

 健脚であるなら、一日で外周を回ることも可能である。

 と説明されたが、教えてくれたのが肥満で運動不足のおじさんなので、いまいち信用できなかった。


「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ」


 歩き始めて五分ぐらいしか経っていないが、すでに肩で息をし、額に浮き出た脂汗をハンカチで拭っている。

 益々もって胡散臭いが、隣のおじさんは立派な奴隷商人らしい。

 独善島での取引も長く、新参者のおれがどんな奴隷(しょうひん)を持ってきたのか知りたくて、いち早く声をかけてきた。


「若い娘を一人だけ」


 と正直に答えたら、おれのことは商売敵ではないと判断したのだろう。

 饒舌に島のことを教えてくれた。

 それによると、独善島は火山の噴火によって形成された島だった。

 しかも、死火山ではなく活火山であり、いまもまあまあの頻度で噴火しているそうだ。


「ですがご安心を。今はその周期ではありませんぞ。がっはっはっはっはっ」


 豪快に笑い飛ばす姿は、安心よりもフラグかな? と思わせた。


 …………


(よし。深く追求するのはやめよう)


 現実になったらイヤだ。


「ところで、おれたちはどこにむかっているんですか?」

「おや? それすら知らないのですか……あなた、よく乗船できましたね」


 おじさんが懐疑的な視線をむけてくる。

 話題を変えようとしたのは、間違いだったかもしれない。


「もしかして……」

「まあ、急に決まったので」

「急に……ということは、事前審査を受けなかった……ということですかな?」


 そんなものがあることすら、初耳だ。

 けど、それを告げてはいけない。

 絶対に。


「そんなわけないじゃないですか。はっはっは」

「そう……ですな」


 値踏みするような視線をむけられ、背中がムズムズする。

 かなり熟練の商人だけに、この辺は抜かりがない。


「もしかして、物凄い大物を引っさげての参戦……だとしたら、油断なりませんな」


 勝手な誤解はやめていただきたい。

 おれの評価ではザラは大物ではなく、ごく一般的な町娘だ。

 鍛冶の腕前を考慮すればいくらかプラスに働くだろうが、それでも大物には届かないと思う。


(なんにしろ、これはマズイな)


 おじさんは警戒し、微妙に距離を開け始めている。

 誤解を解かなければ、情報を聞けなくなる可能性があった。


(それは困るんだよ)


 おれには、まだまだ知っておきたいことがある。


「いや」


 違いますよ、と続けたかったのだが、最後まで言うことは出来なかった。


「流石はモーガン様。観察眼が鋭いですね」


 片翼の男が、話に割り込んできたからだ。


「これはパープル様。お褒めにあずかり光栄ですな」


 パープル。

 それは片翼の男の名前かもしれないが、偽名だと思う。

 髪の毛が紫色をしているから、パープルなのだろう。

 コードネームにしては安直だが、それを指摘する、いや、できる者はいないようだ。

 それぐらい、彼の地位は高い。

 パープルが会話に参加した瞬間から、モーガンの意識は一〇〇パーセント彼にむけられているのが、その証拠だ。


「全然違いますよ。おれは大物を取り扱っていませんよ」

「はいはい。存じております」


 適当な相槌であしらわれ、相手にもされない。


「モーガン様。この方はシークレットゲストであり、今回の目玉商品を運んでこられたVIPです」

「やはりそうですか。初めて見たときから、商人(わたくし)のアンテナにビビビッと反応するモノがありましたからな」


 いつの間にか自分には見る目がある、という自己アピールに変わったが、パープルにとってはどうでもいいのだろう。

 特段気にする様子もなく、話を進めていく。


「流石にお目が高い。ですが、これは鋭い観察眼を持つモーガン様だけにお伝えすることです。他の者には、内密に願います」

「承知しました。がぁ~っはっはっはっ」


 褒められてのぼせ上ったモーガンは、二つ返事で了承した。

 けど、実際は口留めをされただけだ。


「ご配慮、感謝します」

「礼など不要ですぞ。がぁ~っはっはっはっ」


 自称だが一流奴隷商人である彼が、お得意様(パープル)を裏切ることはないだろう。


「では、また後程」


 パープルが先頭に戻っていく。

 去り際におれと目が合ったのは、偶然ではないはずだ。


(もう、バレてんのかもな)


 さすがにサラフィネの回し者だとは気付かれていないだろうが、奴隷商人でないことは認知されていると思う。


(不測の事態も起こるだろうし、集められる情報は集めておくべきだよな)


 手札は多いにこしたことはないし、それが切り札になる可能性もある。


「さっきの続きなんですけど」

「おや、なんでしたかな?」

「どこにむかっているか、という話です」

「それでしたらご存じでしょう。なあに、ご安心ください。そこまで素人ぶらなくとも、このモーガンは不要な詮索は致しませんぞ。がぁ~っはっはっはっ」

(ダメだな)


 話を聞くことは、もう無理そうだ。

 パープルの目論み通り、口留め成功である。


(はあぁぁぁ)


 一癖も二癖もありそうな敵がいることがわかり、おれは心中で盛大なため息を吐いた。

 これ以上、モーガンとの会話に実りはない。

 ただの時間潰しだ。

 彼も同じ意見だから、自然と会話数も減っていく。

 次第におれたちは会話をやめ、ただ歩くだけになった。

 そうなると、出来るのは観察ぐらいだ。

 最初どこにむかっているのかを訊いたが、目指している場所は理解している。

 数キロ先にある建物だ。

 ほかに建造物がないのだから、あそこ以外には行きようがない。


(にしても、デケェな)


 入島してから、ずっと見えている。

 あそこで商談が行われるのは間違いないが、すぐ後ろには気になるモノがそびえていた。

 小高い山だ。

 目測で数百メートル。

 どんなに高く見積もっても、一〇〇〇には届かない。

 ほかに山がないことから察するに、あれが件の活火山……なのだろう。


(近くねえかぁ!?)


 時折噴火するにしては、建物が隣接している気がする。

 大規模噴火が起きた場合、あの位置ではマグマに呑み込まれるのはほぼ確実だ。


(大丈夫かよ)


 心配に思うが、対策が万全なのだろう。

 でなければ、ここに建造する意味がない。

 なにせ、土地はあるのだ。


(おいおいおい。ずいぶん立派じゃねえか)


 だいぶ近づいたことで、建物の全体像が確認できた。

 印象としては、レンガ造りの宮殿だ。

 ビルにして四、五階相当の高さがあり、支える柱も太くて立派だ。

 一本一本に天使の装飾や彫り物が刻まれており、荘厳や格式の高さをうかがわせる。

 唯一無二の存在感だ。


「おっ!?」


 宮殿から五〇〇メートルぐらいまでの道は、整備と舗装がなされている。


(港までやればいいのになぁ)


 歩きやすさを求めるおれはそう思うが、そうしない理由も想像はつく。

 それは十中八九、この宮殿がオークション会場であり、万が一奴隷(しょうひん)が逃げ出したとき、足跡が残るようにしているのだ。


(ザラ、大丈夫かな)


 急に不安になってきた。

 正直、引き離されるとは考えていなかった。

 商品という名目上、無下に扱われることはないだろうが、丁重ともかぎらない。


(なんとか元気でいてくれよ)


 毎度毎度行き当たりばったりだが、これまでもなんとかなってきた。


「今回も大丈夫だ」


 おれは自分にそう言い聞かせ、宮殿へと続く道を歩くのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ