106話 勇者はパープルと出会う
独善島は、まあまあ狭い。
健脚であるなら、一日で外周を回ることも可能である。
と説明されたが、教えてくれたのが肥満で運動不足のおじさんなので、いまいち信用できなかった。
「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ」
歩き始めて五分ぐらいしか経っていないが、すでに肩で息をし、額に浮き出た脂汗をハンカチで拭っている。
益々もって胡散臭いが、隣のおじさんは立派な奴隷商人らしい。
独善島での取引も長く、新参者のおれがどんな奴隷を持ってきたのか知りたくて、いち早く声をかけてきた。
「若い娘を一人だけ」
と正直に答えたら、おれのことは商売敵ではないと判断したのだろう。
饒舌に島のことを教えてくれた。
それによると、独善島は火山の噴火によって形成された島だった。
しかも、死火山ではなく活火山であり、いまもまあまあの頻度で噴火しているそうだ。
「ですがご安心を。今はその周期ではありませんぞ。がっはっはっはっはっ」
豪快に笑い飛ばす姿は、安心よりもフラグかな? と思わせた。
…………
(よし。深く追求するのはやめよう)
現実になったらイヤだ。
「ところで、おれたちはどこにむかっているんですか?」
「おや? それすら知らないのですか……あなた、よく乗船できましたね」
おじさんが懐疑的な視線をむけてくる。
話題を変えようとしたのは、間違いだったかもしれない。
「もしかして……」
「まあ、急に決まったので」
「急に……ということは、事前審査を受けなかった……ということですかな?」
そんなものがあることすら、初耳だ。
けど、それを告げてはいけない。
絶対に。
「そんなわけないじゃないですか。はっはっは」
「そう……ですな」
値踏みするような視線をむけられ、背中がムズムズする。
かなり熟練の商人だけに、この辺は抜かりがない。
「もしかして、物凄い大物を引っさげての参戦……だとしたら、油断なりませんな」
勝手な誤解はやめていただきたい。
おれの評価ではザラは大物ではなく、ごく一般的な町娘だ。
鍛冶の腕前を考慮すればいくらかプラスに働くだろうが、それでも大物には届かないと思う。
(なんにしろ、これはマズイな)
おじさんは警戒し、微妙に距離を開け始めている。
誤解を解かなければ、情報を聞けなくなる可能性があった。
(それは困るんだよ)
おれには、まだまだ知っておきたいことがある。
「いや」
違いますよ、と続けたかったのだが、最後まで言うことは出来なかった。
「流石はモーガン様。観察眼が鋭いですね」
片翼の男が、話に割り込んできたからだ。
「これはパープル様。お褒めにあずかり光栄ですな」
パープル。
それは片翼の男の名前かもしれないが、偽名だと思う。
髪の毛が紫色をしているから、パープルなのだろう。
コードネームにしては安直だが、それを指摘する、いや、できる者はいないようだ。
それぐらい、彼の地位は高い。
パープルが会話に参加した瞬間から、モーガンの意識は一〇〇パーセント彼にむけられているのが、その証拠だ。
「全然違いますよ。おれは大物を取り扱っていませんよ」
「はいはい。存じております」
適当な相槌であしらわれ、相手にもされない。
「モーガン様。この方はシークレットゲストであり、今回の目玉商品を運んでこられたVIPです」
「やはりそうですか。初めて見たときから、商人のアンテナにビビビッと反応するモノがありましたからな」
いつの間にか自分には見る目がある、という自己アピールに変わったが、パープルにとってはどうでもいいのだろう。
特段気にする様子もなく、話を進めていく。
「流石にお目が高い。ですが、これは鋭い観察眼を持つモーガン様だけにお伝えすることです。他の者には、内密に願います」
「承知しました。がぁ~っはっはっはっ」
褒められてのぼせ上ったモーガンは、二つ返事で了承した。
けど、実際は口留めをされただけだ。
「ご配慮、感謝します」
「礼など不要ですぞ。がぁ~っはっはっはっ」
自称だが一流奴隷商人である彼が、お得意様を裏切ることはないだろう。
「では、また後程」
パープルが先頭に戻っていく。
去り際におれと目が合ったのは、偶然ではないはずだ。
(もう、バレてんのかもな)
さすがにサラフィネの回し者だとは気付かれていないだろうが、奴隷商人でないことは認知されていると思う。
(不測の事態も起こるだろうし、集められる情報は集めておくべきだよな)
手札は多いにこしたことはないし、それが切り札になる可能性もある。
「さっきの続きなんですけど」
「おや、なんでしたかな?」
「どこにむかっているか、という話です」
「それでしたらご存じでしょう。なあに、ご安心ください。そこまで素人ぶらなくとも、このモーガンは不要な詮索は致しませんぞ。がぁ~っはっはっはっ」
(ダメだな)
話を聞くことは、もう無理そうだ。
パープルの目論み通り、口留め成功である。
(はあぁぁぁ)
一癖も二癖もありそうな敵がいることがわかり、おれは心中で盛大なため息を吐いた。
これ以上、モーガンとの会話に実りはない。
ただの時間潰しだ。
彼も同じ意見だから、自然と会話数も減っていく。
次第におれたちは会話をやめ、ただ歩くだけになった。
そうなると、出来るのは観察ぐらいだ。
最初どこにむかっているのかを訊いたが、目指している場所は理解している。
数キロ先にある建物だ。
ほかに建造物がないのだから、あそこ以外には行きようがない。
(にしても、デケェな)
入島してから、ずっと見えている。
あそこで商談が行われるのは間違いないが、すぐ後ろには気になるモノがそびえていた。
小高い山だ。
目測で数百メートル。
どんなに高く見積もっても、一〇〇〇には届かない。
ほかに山がないことから察するに、あれが件の活火山……なのだろう。
(近くねえかぁ!?)
時折噴火するにしては、建物が隣接している気がする。
大規模噴火が起きた場合、あの位置ではマグマに呑み込まれるのはほぼ確実だ。
(大丈夫かよ)
心配に思うが、対策が万全なのだろう。
でなければ、ここに建造する意味がない。
なにせ、土地はあるのだ。
(おいおいおい。ずいぶん立派じゃねえか)
だいぶ近づいたことで、建物の全体像が確認できた。
印象としては、レンガ造りの宮殿だ。
ビルにして四、五階相当の高さがあり、支える柱も太くて立派だ。
一本一本に天使の装飾や彫り物が刻まれており、荘厳や格式の高さをうかがわせる。
唯一無二の存在感だ。
「おっ!?」
宮殿から五〇〇メートルぐらいまでの道は、整備と舗装がなされている。
(港までやればいいのになぁ)
歩きやすさを求めるおれはそう思うが、そうしない理由も想像はつく。
それは十中八九、この宮殿がオークション会場であり、万が一奴隷が逃げ出したとき、足跡が残るようにしているのだ。
(ザラ、大丈夫かな)
急に不安になってきた。
正直、引き離されるとは考えていなかった。
商品という名目上、無下に扱われることはないだろうが、丁重ともかぎらない。
(なんとか元気でいてくれよ)
毎度毎度行き当たりばったりだが、これまでもなんとかなってきた。
「今回も大丈夫だ」
おれは自分にそう言い聞かせ、宮殿へと続く道を歩くのだった。