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103話 勇者は港で蕎麦を喰う

 ざくざくざく


 水分量が高い雪は、歩くたびにそんな音をさせる。


 ざくざくざく


 降り積もった雪はくるぶしを隠す高さまであり、靴の中に入り放題だ。

 しかし、魔法の効果か濡れた感触はしないし、歩きづらさも感じなかった。

 晴れた日の平地を進むのと、同じような感覚だ。


(ありがたい)


 歩きやすいのもそうだが、なにより寒さを感じないのがすばらしい。

 おれにとって、寒さは大敵なのだ。

 地球にいた期間は、冬に働かなくてもいいように夏稼ぐ、みたいなことをした年もあった。

 それがいまや、雪の中を歩いていてもストレスを感じない。


 ざっくざっくざっく


 あまりの嬉しさに、思わずスキップを踏んでしまった。


(っと、イケナイイケナイ)


 浮かれ気分では、足をすくわれてしまう。

 油断大敵だ。

 気分を入れ直し、慎重に行こう。


 ざくザクざく


 足音に量産型が含まれた。


 ざくザクざくザク


 やはりいる。

 確認のために振り返ると、ザラがいた。


「えっ!? なんでいんの?」

「あたしも行く」


 追いかけてきたようだ。


「なに? こっち見ないでよ」


 ザラが身を守るように、半身になって体を隠した。

 嫌われているのは問題ないが、同行する意味がわからない。


「監視役よ」


 おれの心を読んだように、ザラがそう言った。


「おとっつあんはサラちゃんの顔を立てて待つことにしたけど、あたしは嫌。サラちゃんは信用できても、あんたはできない」


 正直者であるようだ。

 ここまではっきり言われると、むしろ清々しい。


「裏切る可能性があるってこと?」

「わかってるじゃない」


 我が意を得たりと、満足そうにしている。


(う~ん。こいつはバカなのかな)


 おれが裏切るということは、罠、人質、多勢に無勢など、ザラが圧倒的不利な状況に追い込まれるということだ。


(その可能性を考慮……はしてねえだろうな)


 もしかしたら、そんなことは露にも感じぬ実力の持ち主なのかもしれない。

 けど……


「きゃっ」


 なにもないところで転んでいるようでは、その可能性は薄い。

 ただ、彼女が同行してくれるのならば、旅の助けになるのも事実である。


(よし、優しくしておこう)


 敵は少ないにかぎるし、味方は多いに越したことはない。


「立てるか?」

「ふん。余計なお世話よ」


 打算満載で差し出した手を取ることなく、自力で立ち上がったザラは、服についた雪をパンパンと手で払った。


(どれっ)


 おれはあらためて旅の同行者を観察した。

 背はそんなに高くない。

 一五〇センチの前半、よくて中盤だ。

 着物のような洋服を着ていて、スタイルも悪くない。

 顔は丸く、目はたれ目。

 美人というよりは、カワイイ部類に入る。

 特殊な性癖の持ち主でなければ、総じて平均よりは上の評価をするだろう。


(うん。これならイケるな)


 本音としてはそのときが来ないことを願ってはいるが、万が一来た場合、ザラにはがんばってもらおう。


(大丈夫。安心しなさい)


 手籠めにしてやろう、などというゲスい考えは抱いていないし、そんなことをさせるつもりもない。


(でも、大差ないよね)


 と言われてしまえば、反論できないのが玉に(きず)だ。


「港って遠いのかな?」


 心の中の邪な気持ちから目を背けるように、おれは話を変えた。


「ここからすぐよ」


 ザラの言葉は正しかった。

 鍛冶屋ロイドを出てから十五分くらいしか歩いていないが、角を曲がった瞬間、視界に海が飛び込んできた。


「ここが港?」


 印象としては、小型船や渓流下りなどで目にする船着場に近い。

 とてもではないが、ここから外海を渡る大型船が出向するとは思えなかった。


「文句あるの?」

「ない。けど、疑問はある」

「どんな?」

「いや、いい」


 ザラが首をひねった。


(だよな)


 おれがその立場でもそうなる。

 けど、訊く必要がない。

 いや、無くなった。

 たったいま、港の全貌が把握できたのだ。

 貧弱に思えた船着場は限定的であり、両サイドには立派な漁港が建造されていた。

 中には巨大な帆船も停泊している。


「あれが独善島への定期船」

「マジかよ!? あの巨大な帆船がそうなのか」


 おれは独善島をならず者の住処だと想像していたのだが……あれほど巨大な定期船が行き来しているのなら、案外安全なのかもしれない。


「退けコラ!」


 船からイカツイおっちゃんたちが降りてきた。

 肩で風を切り大股でのしのし歩く姿は、粗野で野蛮だ。

 しかも、もれなく頬や額に切り傷が刻まれている。


(ダメだな)


 あんなやつらが取り仕切っている船が、安心安全であるわけがない。


「なあ、本当に密航以外の手はないのか?」

「ない!」

「そうか。ないのか」


 これだけはっきりと言うのだから、間違いないのだろう。


「じゃあ、あの船の出向時間は?」

「早くて数日後ね」

「間違いないのか?」

「積み荷を上げ下げする間、あいつらは陸で遊ぶのよ。店主を威して、酒と女を浴びるほど楽しむの」


 ザラが爪を噛む。

 そのリアクションからするに、イカツイおっちゃんたちは遊びはするが、金は支払わないのだろう。


「任せていいか?」

「あいつらを成敗しろってこと? 出来るわけないでしょ。下手に手を出せば、街が壊されちゃう」

「そんなことはしねえよ。おれが訊いてるのは、作業の分担」


 ザラが眉間にシワを寄せた。


「密航したはいいが、行った先で母ちゃんがいなかったら話になんねえだろ。だから、まずは本当に母ちゃんが独善島に行ったのか確認したい。町の人に話を聞くなら、ザラのほうが適任だろ」


 正直、おれではだれが味方でだれが敵かの判断がつかない。

 そんなやつが適当に声をかけた結果、虎の尾を踏んだのでは元も子もない。


「わかった。任せてちょうだい」

「なるべく穏便にな」

「わかってるわよ!」


 無鉄砲なところがありそうだったので注意したのだが、本人からすれば心外だったようだ。

 牙をむいて怒っている。


「ったく。で、あんたはどうすんの?」

「おれは帆船のほうを探る」

「バカ言わないで! 殺されるわよ!?」

「見つかれば……だろ」

「考えがあるのね」


 ない。

 けど、そう言うと怒られそうなので、おれはデキる会社員の顔を張り付けた。


「そうね。腐ってもサラちゃんの勇者だものね。うん。信じるわ」


 納得してくれたようだ。


「んじゃ、あの蕎麦屋で落ち合おうぜ」


 寂れた感じはするが、香る匂いは美味しそうだ。

 それにあそこなら、イカツイおっちゃんたちも利用しないだろう。


「わかった。じゃあね」

「おう。がんばれよ」

「あんたもな!」


 ザラは聞き込みに行った。

 おれもすぐに行動に移るべきだろうが、接岸して間がないのか、人の乗り降りが多い。

 木を隠すなら森、とも言うが、衆目の中にいるということは、発見される可能性も高くなるということだ。

 出来るかぎりそういったリスクは避るべきだし、動くなら人目に付かないほうが得策だろう。


(よし。そうと決まれば、まずは腹ごしらえだな)


 おれは蕎麦屋の暖簾をくぐった。


「いらっしゃい! なんにしやす?」

「月見そば一杯」

「あいよ!」


 蕎麦はすぐに出てきた。

 ホカホカの湯気が立ちあがり、中央にはまん丸の卵黄が浮かんでいる。

 どうでもいい情報だが、おれは中盤に崩すタイプだ。


「いただきます」


 まずは蕎麦をすする。


「美味い!」


 細く長いのにコシがある。

 つゆもカツオと昆布のシンプルな出汁に、辛口の醤油が効いている。

 絶品だ。


(身体も温まるし最高だな)


 箸が止まらない。

 ものの数分で完食してしまった。

 汁の一滴すら残っていない。


「ごちそうさま。お代は置いとくよ」

「へい。ありがとやんした」


 おれは店を後にした。


「さて、やるかな」


 腹が満たされたことで、やる気は満タンだ。

 腕まくりをしながら、おれは帆船にむかった。


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