102話 勇者は依頼を受ける
「その剣を置いて、とっとと帰れ!」
おっさんの目は据わっていて、娘もうんうんとうなずいている。
事態の急変をうまく呑み込めないが、はいそうですか、と同意することもできない。
とりあえず、おれは竜滅槍を床に置いた。
ロイド側の意見を無視するつもりはありませんよ、というパフォーマンスだ。
「話してもいいか?」
「てめえと話すことなんかねえ!」
とりつく島もない。
けど、想定内だ。
「なら確認だけさせてくれよ。鍛冶屋ロイドは、サラフィネに請求書を送ったよな?」
「おうとも!」
応えてくれないかと心配したが、杞憂だった。
質問にサラフィネの名前を含めたことも、功を奏した要因だと思う。
「じゃあ、支払いの代わりに依頼をしたのも、間違いないよな?」
「おう! って、なにが言いてぇんだ!? てめえは」
腕まくりをしたおっさんは、いまにも飛びかかってきそうだ。
「待て待て。おれはその支払いのために来たんだよ。サラフィネの遣いとしてよ」
「馬鹿言うな! お前みたいなのがサラちゃんの遣いなわけねえだろ」
「そうよそうよ。あたしたちはサラちゃんに頼んだんであって、あなたみたいな変人に用はないわ!」
親子そろってずいぶんな言いようだが、それだけサラフィネが好かれているということだ。
「どうすれば信じてくれる?」
「へん。信用なんてできるわけねえだろ」
おっさんはそっぽをむいたまま、視線すら合わない。
娘のほうはより敵意が強く、いつでも振り下ろせるように、ハンマーを担いでいる。
(あの一撃はまっぴらごめんだな)
思い出しただけで、眉間が痛い。
現状を打破するのに手っ取り早いのは、サラフィネを連れてくることだ。
けど、ピンクのドアが消えたいま、それは叶わない。
(どうすんだよ!? これ)
戻ることも進むこともできない袋小路だが、救助は意外なところから現れた。
「本当ですよ」
聞き覚えのある声に振り返ると、サラフィネが立っていた。
「サラちゃん……」
「お久しぶりですね。アルベルさん」
「ああ。会いたかったぜ」
おっさんこと、アルベル・ロイドが表情をほころばせる。
驚いたことに、目の端には薄っすら光るモノまであった。
「ザラさんもお久しぶりです」
「はい。こんにちは」
直立不動で応える娘ことザラ・ロイド。
どうやらこの二人にとって、サラフィネは本当に特別な人物らしい。
「わたしの派遣した勇者が粗相を働いたようで、申し訳ございません」
頭を下げて謝罪するが、おれはそれを否定したい。
……けど、粗相なんて働いてないけどな、なんて言うほどガキでもない。
せっかく好転しかけてた現状を、振り出しに戻すつもりは毛頭なかった。
「サラちゃん。頭を上げてくれ」
「そうです。悪いのはこの無自覚な勇者であって、サラちゃんじゃありません」
アルベルのほうはまだマシだが、娘のザラはやけにトゲトゲしい。
「お許しいただけるのなら、勇者に事情を話してあげてください」
「ちっ、サラちゃんがそうまで言うなら仕方ねえ。話してやるよ! てめえに頼むのは、かかあの捜索だ」
「三行半か?」
「殺すぞ! てめえ!?」
瞬間湯沸かし器のように真っ赤になったアルベルの横から、ハンマーが飛んできた。
(手の速いやつだな)
首を傾けてハンマーを避け、おれはザラに視線を送る。
十中八九、彼女はおれを殺そうとしていた。
少なくとも、殺意を持ってハンマーを投げたことは疑いようがなかった。
その証拠に、彼女はいまも無言で、おれをにらみつけている。
ザラの手には魔素が集約されているので、ハンマーも魔力錬成で作れるのだろう。
「やめろ」
アルベルの制止も届いていない。
二の矢三の矢のごとく、両手にハンマーを生み出した。
「ザラさん。落ち着いてください」
「はい!」
サラフィネの言葉は届くようだ。
「勇者よ。少しいいですか」
外に手招きされた。
注意される心当たりもあるので、素直に従う。
「さむっ!」
ほんの少し前まで薄っすら積もっていた雪が、いまはしっかりと路面を覆っていた。
「頭は冷えましたか?」
声にトゲがある。
「わたしの口から詳しくは言えませんが、ザラさんのご両親に対する想いは人一倍強いのです。それを茶化すようなことは、控えてください」
「ああ。悪かったよ」
冗談にしても、言っていいことと悪いことがある。
ザラの反応からして、おれが発したのがそれだということも理解できた。
冷静になったつもりでいたが、頭に血が上ったままだったようだ。
「ご理解感謝します。では、戻りましょう」
部屋に戻ってすぐ、おれはアルベルとザラに対し頭を下げた。
「ごめんなさい」
「間違いはだれにでもあるからな。それを責めるつもりはねえ。けど、てめえは二度、俺たちを怒らせた。三度目はねえぞ!」
仏の顔も三度まで、というやつだ。
正直、納得がいかない気持ちもあるが、それを言えば即アウト。
二度あることは三度ある、という格言にチェンジしてしまう。
ここはサラフィネもいることだし、極力口を開かないのがベストだろう。
「サラちゃんからの依頼で、俺たち家族はその槍を刀に打ち直した。結果は、まあ成功だ」
歯切れが悪い。
けど、見た感じ竜滅槍は見事にフォルムチェンジしている。
問題はなさそうだが……
「てめえは馬鹿だな。刀のことをなんもわかっちゃいねえ」
アルベルが嘆息した。
その通りなのでしかたがないが、カチンとくる物言いだ。
「鞘がなきゃ、話になんねえだろ」
ポンッと手を打った。
まさしくその通りだ。
大昔のドットキャラでもあるまいし、抜身の刀を持ってうろつくことはしたくない。
(まあ、行く先々で狂人として追われる羽目になってもいいなら、話はべつだろうけどな)
ちなみに、おれはごめんだ。
「刀ってのは、鞘がなければ完成品とは言えねえ。けど、作れなかった。ここいらじゃ最も優秀な鞘職人のかかあをもってしてもだ」
「鞘を作るのって、そんなにむずかしいの?」
「言葉にするより、見せたほうが早え」
アルベルが竜滅槍を握ろうとしたが、スルリと逃げられた。
「ったく、厄介な話だぜ」
一刀と一人がおれの周りをグルグル追いかけっこしている。
「あ~、めんどくせえ! てめえやれ」
息を切らせたアルベルが、おれに鞘を投げて寄こした。
「それに納刀してみろ」
竜滅槍、いや、竜滅刀を握り、指示に従った。
そりが合わないのかと思っていたが、問題なく納まる。
(完璧じゃねえか)
と思ったのも一瞬で、カタカタと竜滅刀が震えた瞬間、鞘が真っ二つに斬れてしまった。
「どういうこと?」
「刀が鞘を認めてねえんだ」
「強度の問題じゃないのか?」
「てめえも感じたろ? 納刀した瞬間、刀が動いたはずだ」
たしかに、その感覚はあった。
「居心地がわりぃんだよ。だから、鞘を壊しちまうんだ」
「なるほど。だから、神界では貴重な硬貨が必要だったのか」
「あん? 何言ってんだてめえ!?」
「いや、神界では希少な硬貨を使って鞘を作るんだろ?」
「間違っちゃいねえが……サラちゃん、こいつ頭わりぃの?」
「ええ」
サラフィネが間髪入れずに肯定した。
失礼なやつらだ。
「ですが、この勇者にテンジスト入手のチャンスがあったのは、まぎれもない事実です」
「マジか!」
アルベルだけでなく、ザラも驚いている。
よくわからないが、そのテンジストなる鉱物は、よほど希少なのだろう。
「それがありさえすれば、かかあも出かける必要はなかったんだ……けど、後の祭りだな。現にかかあは行っちまった」
読めてきた。
「竜滅刀は完成したが、それを納める鞘がない。鞘職人であるアルベルの妻は、それを作るのに必要な材料集めの旅に出て、行方がわからなくなった。それを心配するアルベルとザラは、刀の代金の代わりに妻の捜索を依頼した」
という話だ。
「まあ、そうだ」
アルベルが重々しく首肯したが、違和感があった。
「出かけた先に心当たりがあるのですか?」
サラフィネもそう感じたのだろう。
問いかけが鋭い。
「独善島……だと思いやす」
「それはいけませんね。早急に手を打ちましょう。勇者、急いでください」
「無理無理。場所がわかんねえし、このクソ寒い中歩き回ったら凍死するよ」
「火系のイメージを伴った魔素で、全身を覆うようにしてみてください」
遊びや反論がない。
これは本当に一刻を争う場面のようだ。
おれも無駄口を叩くのをやめ、言われた通りにした。
「熱いな」
じんわりと汗が出てきた。
「出来ましたね。では、付いてきてください」
サラフィネとおれは外に出た。
「おお!? 寒くない」
「この道を真っすぐ進むと港に出ます。そこでどうにかして船を入手してください。一番いいのは、独善島行きの船に密航することです」
「おいおい。女神様が犯罪をススメていいのかよ?」
「独善島には、密入する以外の方法はありません」
どうやらおれは、とんでもないところに送り込まれるようだ。
「いつも通りといえばそれまでですが、臨機応変にお願いします。そして、一刻も早い事件の解決を目指してください」
サラフィネの表情は真剣そのものであり、やるしかなさそうだ。
それに、ロイド鍛冶店とは支払い契約している事実もある。
契約が結ばれている以上、むずかしかろうがなんだろうが、異論はない。
「よし。んじゃ、いっちょがんばりますか」
おれは港にむかって歩き出した。
「ああそうだ。こいつは預かっておいてくれ」
すぐに引き返し、おれは竜滅刀をサラフィネに渡した。
「持って行かなくてもいいのですか?」
「さっきアルベルのおっさんも言ってたろ!? 抜身の刀を持ってたら、それこそおれが犯罪者にされちまうよ」
「わかりました。責任をもってお預かりします」
竜滅刀は不本意そうに暴れているが、サラフィネの手からは逃れられないようだ。
「んじゃ、今度こそ行ってくるわ」
再度港にむかうおれの背に、サラフィネの声が届く。
「勇者、依頼解決が第一です」
「借金の返済は?」
「おまけです」
いつものやりとりに、おれは笑ってしまった。