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101話 勇者と鍛冶屋

 ドアを抜けた先は、雪国だった。


「へっくしょい!」


 秒でくしゃみが出るほど寒い。


(ヤバイ。暖を取らねば死んでしまう)


 四方を見れば長屋風の木造建築が立ち並んでいて、雰囲気としては江戸や明治の下町っぽい。


「へっくしょい!」


 ダメだ。

 くしゃみが止まらない。


「さみぃ」


 身体も震えてきた。

 このままでは、マジで死んでしまう。

 必死に体を摩ったが、こんなものでどうにかなる寒さではない。

 けど、やらないよりはマシだ。


(んん!? なんてこったい)


 気づいてしまった。

 薄着である。

 正確には、シャツとズボンしか着ていない。

 しかも、シャツは七分丈だ。


「いったん帰ろう」


 目の前に鍛冶屋ロイドの立て看板はあるが、寒くてダメだ。


「風が冷たいんで閉めますね」

「防寒着!」


 締まりゆくピンクのドアに叫んだが、なにごともなかったように、ピンクのドアは消えた。


「どちくしょー!」


 天にむかって叫ぶおれのもとに、空から一枚の紙が降ってきた。


『これで温かいものでも食べてください

                サラフィネ』


 手紙にはそんな文言と一緒に、六枚の硬貨が張られていた。

 ありがたいが、六文銭みたいで気分が悪い。


「金は要らねえから、防寒着を寄こせ!」


 これは魂の叫びだ。

 温かいものでも食べてくださいと勧められたところで、食事処がどこなのかわからないし、わかったところでそこまでたどり着ける自信がない。

 それぐらい全身が震えている。

 サラフィネからの返答もないし、このままでは死が確定してしまう。


(こうなったら、前進あるのみだな)


 おれは鍛冶屋ロイドの店先に立った。


「たのも~」


 時代劇っぽく声をかけた……が、反応がない。


(ふっざけんなよ! さっさと出てこいよ!)


 胸の中に悪態が渦巻くが、決して表には出さない。

 警戒されたら終わりだからだ。


「たのも~」


 再度挑戦したが、やはり無反応。


(ダメだ。このままじゃマジで死ぬ)


 引き戸を開けようとしたが、ビクともしない。

 鍵がかかっているようだ。


「ちょ、マジかよ!?」


 ガタガタするだけで、スライドする気配は微塵もない。


 ビュ~


 音が聞こえるほど、風が強くなってきた。

 降雪量も増えている。


「だ、だれかいませんか!?」


 引き戸より、おれのほうがガタガタ震えている。

 太い格子部分をドンドン叩いてもダメだ。


(しかねえな)


 この天候で行うのは抵抗があるが、最早一刻の猶予もない。

 障子を破って、中に声を届けよう。


「せいっ」


 人差し指で突いた。


「あんぎゃ~!」


 指が折れるかと思った。

 障子は穴が開くどころか、押せもしなかった。

 異様に硬い。


「っざけんなよ!」


 あまりの痛さに、地団太を踏んだ。


(あ~、腹立つ)


 雪と同じように、イライラが積もる。

 毎回毎回、旅の始まりはこうだ。

 すんなりいったためしがない。

 それもこれもあれもどれも、すべてサラフィネのせいだ。


「ちくしょうが!」


 許すんじゃなかった。

 いびっていびっていびり倒すべきだった。


「あ~、マジで腹立つ! なにもかもイヤになってきた」


 もういっそ、すべてを更地に変えてやろうか、とさえ思う自分がいる。


「うっせえぞ! ボケェ~ッ!」


 おれの中の悪魔が顔を出したのと、鍛冶屋ロイドの戸が開き、中からトンカチを持ったおっさんが出てくるのが、同時だった。


「出てくんならさっさと出てこいよ!」

「あんだてめえ! やんのかコラッ!」

「おうおうおう。上等だよ。やってやんよ」


 額を突き合わせてメンチを切るおれとおっさん。


「おとっつあん、やめなって」

「うっせえぞ。おめえは奥に引っ込んでろ!」


 止めに入った娘を、おっさんが無下に押しやる。


「そりゃねえだろ。おっさんよぉ」

「うっせえ馬鹿野郎! てめえにわーきゃー言われる筋合いねえぞ」

「おっさんになくても、おれにはあるんだよ」


 自分でやっていてなんだが、不毛なやりとりだ。

 けど、ささくれ立った心は、どうにもコントロールが効かない。


「やめて!」


 涙目になった娘が、手にしていたハンマーを振るった。


 ゴンッ


 狙ったわけではないと信じたいが、見事におれの眉間にヒットした。

 恐ろしく速い一打だった。

 紙一重で避けたおっさんが信じられない。


「もうやめて!」


 ゴンッ!


 もう一撃くらったおれは、仰向けに倒れるしかなかった。


「大丈夫か? あんちゃん」


 おっさんが心配そうに見下ろしている。


「脳みそ飛び出てない?」

「ああ。それは大丈夫だ。外傷は見当たらねえぞ」

「マジで!?」

「おう。マジもマジだ」


 おっさんがうなずいたので、おれは強烈に痛む眉間を指で摩って確認した。

 ヘコんでもいないし、血もついていない。


「にしても、あんちゃん丈夫だな」

「おかげさんでね」


 おっさんも落ち着いたのか、語気が穏やかになっている。

 おれも雪の上で大の字に寝ている場合ではないので、立ち上がった。


「で、なんか用か?」

「借金の返済に来た」

「ああ。サラちゃんの遣いか。そんならそう言やいいじゃねえか」

「声はかけたよ」

「作業中にんなもん聞こえるわきゃねえだろ。呼び鈴鳴らせ! 呼び鈴」


 玄関戸の横には、インターホンが設置されていた。

 ミスマッチだが、それはおれが勝手に江戸や明治の下町を連想しているからだ。

 だからそんなものは存在しないと決めつけ、視界に入れてすらいなかったのだろう。

 反省だ。


 ピンポーン


「今鳴らすんじぇねえよ!」


 おっさんは律儀にツッコんでくれた。

 短気だが、好い人なのかもしれない。


「おとっつあん、大変だ!」


 一足先に家の中に戻った娘が、悲鳴に近い声をあげた。


「ちっ」


 舌打ちし戻るおっさんを追う。

 家の奥には鍛冶場があり、そこでは異様な光景が繰り広げられていた。

 空飛ぶ刀が暴れ狂っている。


「おとっつあん、助けて」


 娘は救助を求めてはいるが、その必要性はあるのだろうか?


「おとっつあん、早く!」


 声は切羽詰まっているが、娘は襲い来る空飛ぶ刀を、手にしたハンマーで殴打している。

 その衝撃はすさまじく、両者がぶつかるたび、火花が飛び散っている。


「このままじゃ殺されちゃう!」


 そんなことはありえない。

 身のこなしが刀を上回っているのだから、余程のことがないかぎり、娘がかすり傷を負うことすらないだろう。

 おれが思うに、いま、あそこに割って入るのは逆に危険だ。


「よっしゃ! ちょいと待ってろ」


 おっさんの考えは違うらしい。

 親からすれば、可愛い娘を傷物にはできないのだろう。


「どっせい!」


 おっさんが振り下ろしたハンマーは、簡単に躱された。


(あっ、ヤバイ)


 文字通り、返す刀がおっさんにむけられている。


「死ぬな! いや、死ぬね!」


 未来を予言したが、それが訪れることはなかった。

 急に刀が動きを止めたのだ。

 キョロキョロと視線を巡らせるように、切っ先が左右に動いている。

 おれの視線と切っ先が重なった瞬間、刀がおれのもとに飛んできた。


「あぶねえ!」


 間一髪で躱したが、動かなければ顔面に突き刺さっていた。

 肝は冷えたが、意思を持った武器には覚えがある。


「竜滅槍か?」


 刀がうなずくように上下した。


「マジかよ!? 見違えたな」


 形としては日本刀に近い。

 手のひらを出すと、竜滅槍がそこに収まった。

 柄をぎゅっと握る。

 良い感じだ。

 重量も重すぎず軽すぎず、扱いやすい。


「そうか。おめえが勇者か」


 額に噴き出た汗を拭いながら、おっさんがおれを見ている。


「部屋は鍛冶場だけあって熱いが、その汗は違う汗だよな」

「ああ。死ぬかと思った」


 おっさんは半泣きだ。


「ったく、サラちゃんの頼みじゃなかったら、断ってんぞ」


 ボヤいてはいるが、本音ではないだろう。

 よく観察しないとわからないが、おっさんは口の端を持ち上げて笑っている。


「サラフィネって人気者なの?」

「あの子の勇者になれたんだ。てめえが一番理解してんだろ!?」


 このおっさんはなにを言っているんだろう?

 サラフィネの人気など、おれが知るはずがない。


「まさかてめえ、実感ねえのか?」

「微塵もないね」


 おっさんが目を見開いた。

 その後ろで娘も目を見開いているのだから、よほど驚くことなのだろう。


「そうか。サラフィネは人気者なのか」


 しみじみとつぶやいた次の瞬間。


「おめえは駄目だ! 帰れ!」


 なぜかおっさんがキレた。


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