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100話 勇者は請求書を受け取る

「では勇者よ、これをお読みください」


 サラフィネが一封の封筒を差し出してきた。


「おれ宛? 間違いじゃないのか?」

「勇者宛で間違いありません」


 断言するのだから、そうなのだろう。

 受け取ったのは白い長方形の封筒。

 しかも、きちんと封蝋(ふうろう)が施されている。

 けど、表にも裏にも送り主の記載がなかった。

 当然だが……おれが神界(ここ)にいることを知っている友人、知人、家族はいない。

 仮にいたとしても、神界に郵便を送れる猛者はいないだろう。


(怪しい。この封を開けるのは、危険だ)


 おれの第六感が、そう強く主張している。


「開けないのですか?」


 気づけば、サラフィネの顔から笑みが消えていた。

 いや、笑みだけじゃない。

 感情そのものが無に帰している。

 それはまるで、能面を張り付けたようだ。


(おっかない!)


 そう叫んで逃げ出したいが、逃げ場はどこにもなかった。


「開けないのですか!?」


 言葉の圧もすごい。

 さっきまでの殊勝なやりとりは、どこにいったのだろう。


「開けなきゃダメ?」


 …………


 サラフィネは無言だ。

 けど、背後には、当たり前だろ!! と書いてある。


「……わかったよ。開けるよ」


 封に手をかけ、後は千切るだけだ。


(……ダメだ!)


 踏ん切りがつかない。

 バンジージャンプを飛べない芸人の気持ちを、初めて理解できた。

 こういうときこそ、深呼吸で気持ちを整えるべきだ。


「はぁぁぁ、すぅぅぅ、はぁぁぁ、すぅぅぅ」


 反対だろ!? と思った人もいるだろうが、体内に酸素を取り込む場合、この方法が推奨されることもある、と覚えておいてほしい。

 理由としては、吸ってから吐くと呼吸が浅くなる事例があるのに対し、肺の中の空気を吐き切れば、人は自ずとその分を吸うからだ。


(よし。大分落ち着いてきたな)


 もう一度、息を吐いてから吸った。

 これだけやれば十分だ。

 気持ちも整った。


「せいっ」


 一気に開封した。

 中には、一枚の紙が入っていた。

 二つ折りにされていたそれを取り出し、広げた。


『請求書。一三〇〇万也。鍛冶屋ロイド』


 簡素な文であり、誤解のしようがなかった。

 けど、確認は必要だ。


「これをおれに払えと?」


 サラフィネが首肯した。


「ないないない。そりゃないよ。大体、なんだよこれ!? 鍛冶屋? 仕事頼んだ覚えありませんけど!?」

「竜滅槍」

「あったね~」


 前言撤回。

 手のひら返し。

 そんな感じのことが、綺麗に決まった。


「どうします?」

「どうしますもなにも、金なんかねえよ。無い袖は振れねえんだから、払いようがないだろ」


 完全な開き直りだが、こればかりはどうにもできない。

 死んでからいままで、無一文のままである。


「勇者よ。あなたはなぜ、魔導皇国で支払われた対価を置いてきたのですか?」

「なぜって……べつにいらねえし、あいつらもそこまで裕福じゃないみたいだったからよ。なんかの足しになればいいなぁ、って」

「はああああぁぁぁ、勇者は馬鹿ですね」


 盛大なため息を吐かれカチンときたが、払えない請求書が手元にあるいま、反論はできなかった。


「ニナは現王妃です。事件が解決した今、王宮に戻ることも可能でしょう。ニナの腹積もりは知りえませんが、彼女は能力も高く人気もありました。王宮勤めの助産師が付いて行ったのもうなずけます。そしてなにより、ニナは救国魔団を立ち上げ、貧民の味方をしていたのです。そんな彼女を、民衆が放っておくと思いますか?」


 ぐうの音も出ない。

 まったくもってその通りだ。

 運命、宿命、天命……表現はそれぞれだし、是非もある。

 けど、抗えないモノもたしかにある。


「ニナなら大丈夫だ。ツベルやアベル、ニコルが支えてくれるだろうよ」

「そんなことは聞いていません。わたしが訊ねているのは、なぜ支払われた硬貨を持ち帰らなかったのですか? という一点です」


 いい感じで話を逸らせたつもりだったが、ダメらしい。

 どうあっても、サラフィネはそこを詰めたいようだ。


「いや、でもよ。あれはそんな大層な額なのか? おれは違うと思うけどな」

「ええ。額でいえば、大したことはありません」

「だろ!? なら、あってもなくても同じだろ」

「よく考えてください。日本の硬貨をアメリカで使用することが出来ますか?」


 無理だ。

 通貨単位が違う。


(……待てよ)


 ということは……


硬貨(あれ)自体に価値があるのか」


 サラフィネが大きくうなずいた。


「あの袋の中には、天界では希少な材料が使われた硬貨が含まれていました」

「一三〇〇万以上の価値があったのか……」

「市場価値でいえば、そこまでの物ではありません。ですが、希少であることは疑いようがありません。職人によっては、それ以上の価値をつける人もいるでしょう」

「この鍛冶屋もそうなのか?」

「わかりません。ですが、交渉してみる価値はあったでしょうね」


 にわかには信じられないが、ウソをつく理由もない。

 ただいずれにしろ、ないものはないのだ。


「どうする?」

「体で払ってください」


 卑猥な冗談にもっていくこともできるが、無視されるのがオチだ。

 それに、そんなくだらないことを言っている余裕はない。


「具体的には?」

「鍛冶屋ロイドから依頼があるそうです。詳しくはあちらで伺ってください」

「了解した。では、転移してくれ」

「今回はあちらをご使用ください」


 サラフィネが指し示す先には、ピンクのドアがあった。

 それはまさに、どこにでもいけるドアだ。

 絵にすれば完全にアウト。

 著作権侵害で訴えられても、不思議じゃない。

 いろんな意味で、あれをくぐるには勇気がいる。

 けど、こうしていても始まらない。

 覚悟を決め、おれはドアノブを回した。


「勇者よ。今回は大魔王や魂のカケラの回収はありません。借金の返済。それが唯一無二の目的です」


 気持ちいいほど明確だ。

 うなずき、おれはドアを開けた。

 先は光が差しているだけ。


(おれの未来も、こうだったらいいな)


 足を踏み出す。


「健闘を祈ります」


 後ろ手を上げ、おれはピンクのドアをくぐった。


閑話を含むと百二話ですが、区切りとしての百話に到達しました。

ですから記念に書かせてもらいます。


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