99話 勇者は謝罪される
「おかえりなさい」
いつものように、サラフィネが迎えてくれた。
なんだかんだでねぎらいの言葉をかけてくれるのだから、ありがたい。
「ただいま」
「申し訳ありませんでした」
サラフィネが頭を下げた。
……
「謝罪の意味がわからん」
「手違いをお詫びします」
「異世界に行って大魔王を倒す。いつも通りだったろ」
「本来でしたら、あの世界に大魔王は存在しません」
「……いや、ちょっと待て。おれが異世界に行くとき、大魔王討伐が目的だ、って言ったよな?」
半分寝落ちしかけていたが、そう聞いた覚えがある。
「はい。言いました」
サラフィネも、はっきりとうなずいている。
「いないのに?」
「あの言葉は勇者を送り出すときのテンプレートでしたからね。つい言ってしまいました」
(なるほど)
条件反射で、口にしてしまったわけだ。
あまり褒められたことではないが、責めるほどのことでもない。
それに、お約束は大事だ。
「っと、そういえば大魔王もだが、おれの魂のカケラもなかったんじゃないか?」
前回は甲冑騎士として出会っていたが、今回はそれらしい人物に出会った覚えもなければ、なにか持ち帰った記憶もない。
「当然です。あの世界にあなたの魂のカケラは転移していませんからね」
「じゃあ、おれはなんのためにあの世界に行ったんだ?」
「魔法を覚えるためです」
もちろん、それは理解している。
おれが訊きたいのは、そういうことではない。
「魔法を覚えるだけにしては、ハードすぎたんじゃねえか? 投獄されて、殺されかけたぞ」
「ですから、こうして謝罪しています。大変、申し訳ありませんでした」
再度、深々と頭を下げられたことでわかった。
今回のことは、サラフィネにとっても予想外だったのだ。
「具体的にはどこから違った?」
人生において、すべてが予定通りに進むことはない。
問題があるとすれば、どれだけ理想と離れていたか、である。
「ほぼすべてです」
「マジかよ!?」
「ええ。わたしは勇者のスキルアップを行う場所として、魔導皇国トゥーンを選びました。理由は建国の勇者トゥに助力したことがあったからです。彼女は死ぬ間際までわたしが授けた神託の像を大事にし、残された者たちにも丁寧に取り扱い、敬うことを説いてくれていましたので」
おれが見た、あの似ているとも似ていないとも評せる像のことだろう。
「わたしは神託の像を介して、宗主に勇者を召喚し魔法を授けよ、と伝えました」
手違いはない。
サラフィネの神託は、ちゃんと届いていた。
「問題はわたしの神託を受け取ったのが宗主アキネではなく、マリアナだったことです」
(なるほど)
それは大問題だ。
宗主に神託を授けたはずが、受け取ったのはナンバー2であるマリアナだった。
ということは、おれが召喚される以前から、聖法母団はマリアナによって牛耳られていたのだろう。
アキネはタローとして暗躍し協会を空けることも多く、致しかたない側面もあるのかもしれない。
けど、お粗末としか言いようがないのも事実だ。
「勇者もお気づきでしょうが、わたしがつけた道筋は、根本的に間違っていたのです」
「だから、ほぼすべてが予想外だった、ってことか」
「その通りです。見通しの甘さはわたしの責任ですので、重ねて謝罪します。申し訳ありませんでした」
非を認めるのは立派だ。
けど、それで帳消しにしていい話ではない。
改善すべきところは改善し、今後のためにも課題をあぶりだしておくべきだろう。
(…………あるか? 課題なんて)
問題のある場所に送り込まれた。
というのはあるが、だからこそ実践練習も積めた。
学んで終わりでなかったことは、むしろプラスに働いたと捉えることもできる。
「ん~っ、お茶でも飲みながら、ゆっくり話そうぜ」
「すぐに用意しましょう」
サラフィネが動く前に、側仕えの天使たちが、あっという間にテーブルとイスと茶器をセットしてくれた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
おれとサラフィネの感謝の言葉が重なった。
天使たちが嬉しそうに顔をほころばせ、会釈しながら部屋を後にする。
おれたちは席につき、お茶に口をつけた。
(毎度のことながら、超絶美味いな)
なんかこうやって一息つくと、落ち着くようになってしまった。
「おかわりもらえる?」
「どうぞ」
サラフィネが注いでくれたお茶を、今度はちびちび飲む。
縁側で日向ぼっこをする老人のように、心穏やかだ。
謝罪もされたことだし、水に流していいような気がする。
「おくつろぎのところ申し訳ありませんが、話を続けてもよろしいですか?」
「もちろんだとも」
いまのおれは、ちょっとやそっとのことでは取り乱さない自信がある。
「勇者にはあの世界で魔法を覚えるついでに、短い休暇を楽しんでいただくはずでした」
ぶーっ、っとお茶を吹き出してしまった。
「汚いですね」
機敏に避け被害はなかったが、サラフィネは眉をしかめた。
「わりぃ、わりぃ。驚いちゃって」
よだれのように口からこぼれたお茶を拭う。
(情けない)
あの泰然自若とした気持ちは、どこにいってしまったのだろう。
正直、責任とかはどうでもいいが、休暇は聞き捨てならなかった。
「あそこで羽伸ばせたの?」
サラフィネがお茶を拭くように手を払った。
すると、いつだったかと同じように、お茶が綺麗に消えた。
「すごい力だね。でも、いま知りたいのは休暇の件だから」
「わかっています。けど、放置しておくと染みになってしまうので」
意外と綺麗好きだ。
「サラ様、こちらにどうぞ」
素早く新しいテーブルセットが運び込まれ、おれたちは席を移った。
これで大丈夫だ。
話を続けられる。
「わたしは神託を授けたときに、出来る限り勇者をもてなしてほしい、とも告げました」
(なるほど)
脅威がなく自分の影響力が強い場所で魔法を覚えるとなれば、ゆっくりはできるだろう。
「マリアナのやろう……許せねえな!」
休暇を潰した張本人が脳裏に浮かび、おれは拳を握った。
(やっぱり、こいつを叩きつけておくべきだったな)
まさに臍を噛む思いだ。
「すべてはわたしの責任です」
「なんでだよ?」
「あの世界はわたしの加護を受けていました。彼女たちの暗躍に気づけなかったのは、わたしの落ち度です」
「なるほど。なら訊くけどよ、加護を与えた世界のことは、すべて把握できるのか?」
「おおよそ……ですね……」
サラフィネの表情は苦み走っており、歯切れも悪かった。
「なら、謝る必要はねえだろ」
「ですが……」
「自分で言ったじゃねえか。おおよそのことしか把握できないって。地球の海に墨汁を一滴垂らした程度のこと、わからなくて当然だろ」
「及ぼす影響が違います。彼女たちの存在は、海を黒く染める力がありました」
その通りだと思う。
放っておけば、あの世界は彼女たちのモノになっていただろう。
「けど、そうはならなかった。それに、おれが言っているのは規模の話だよ。海に墨汁を垂らしたことを理解するには、その瞬間を目撃する以外に方法はない。違うか?」
「その通りです。しかし、彼女たちが悪意をばらまく場所と定めたのは、聖法母団です。あそこはわたしの影響力が特に強い場所ですから、気づかねばなりません」
「気づいたらどうなんだよ? お前が行って粛清するのか?」
「それは出来ません」
はっきりと否定するのだから、できない理由があるのだろう。
「なら、おれが行ってよかったじゃねえか」
「それは結果論です!」
たしかにその通りで、過程を完全無視した物言いだ。
「でもいいじゃねえか。そのおかげでおれはツベル一家と出会えたし、あいつらの笑顔も護れた。おれはそれだけで満足だよ」
結果だけを注視してはいけない。
過程も大事だ。
さんざん自分に言い聞かせてきたことだが、それすら吹っ飛ばすこともある。
「だから、もう謝るな!」
謝罪はお腹いっぱいだ。
ツベルたちを思い出し、幸せの別腹も膨れた。
今回はそれで充分だ。
「ありがとうございます」
サラフィネも笑顔になった。
これで一件落着だ。