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98話 勇者は心置きなく帰還した

「よっ。無事だったか?」

「ああ。あんちゃんのおかげで助かった」

「ニコルは?」

「僕も大丈夫」

「そっか。それはよかった」


 歩いて近づき、二人の頭を撫でた。


「や、やめろよ」

「えへへ」


 嫌がるそぶりを見せるアベルと、はにかむニコル。

 リアクションは対照的だが、二人ともおれの手を払うことはしなかった。


「父ちゃんは?」

「母ちゃんに付き添ってる」

「そうか。なら、母ちゃんは無事か?」

「うん。僕たちが戻ったときには、意識も取り戻してました」


 ほっと安堵の息が漏れたが、もう一つ確認しなければならない。


「赤ちゃんは?」

「今産んでる」

「マジか!? ……って、なんでお前ら戻ってきたんだよ?」

「国の行く末が決まる瞬間を、その目で見て来なさい。って、母ちゃんに言われた」


 次代を担うという意味では、おかしなことではない。

 けど、スパルタすぎる。

 おれが勝てるとはかぎらないし、万が一負けてたら失うモノが多すぎる。


「絶対に清宮さんが勝つから、その雄姿を目に焼き付けてきなさい。とも言われました」


 厚い信頼だ。

 そして、一国の主だけあって、肝が据わっている。


「そんな大したもんじゃねえよ」

「いや、あんちゃんはすげえよ」

「僕もそう思います」


 アベルとニコルが目をキラキラさせている。

 この瞳には覚えがあった。

 というより、戦闘民族が大暴れするアニメを見ていた幼いころのおれにそっくりだ。

 背中がむず痒い。


(これはダメだな)


 耐えられそうにない。


「よし。戻るか」


 ……とは言ったが、道がわからなかった。

 来るときは豪華な神殿を目指せばよかったので、帰り道を覚える余裕がなかった。


「こっちですよ」


 ニコルが手を引いてくれた。


「おっ、ありがとう」


 礼を言うと、ニコルが満面の笑みを浮かべる。


(マジで可愛いな)


 これは将来、すごいことになるかもしれない。

 モテまくる魔性の王子様。

 通称、はべらせ王子、なんて二つ名を獲得する日も、そう遠くないだろう。


「ずるいぞ! ニコル」


 おれのアホな感想を遮るように、アベルが声をあげた。

 ずるいもなにも、手を引いて先導しているだけだろうに。


「兄さんもやればいいじゃないか」

「は、は、は、はずか……い……ないか」


 所々聞き取れなかったが、言いたかったことはわかった。

 手を引くのは、決して恥ずかしいことではない。


(こっちはシャイなのか)


 ということは、アベルはあれだ。

 ツンデレ王子様ルートだ。

 こっちはこっちで、人気者になるだろう。

 ただ、こういう場合は、プレイヤー(おれ)から動くのが必須である。


「安心しろ。手はもう一本あるからよ」


 アベルの手を握った。


「べ、べつに嬉しかないやい」


 そう言ってそっぽをむいたが、アベルの足取りは軽くなった。


(わかりやすいやつだな)


 これではツンデレ王子様になれない。


(でもまあ、これはこれで人気者になれるだろうな)


 素直なピュア王子様。

 通称、ひまわり王子、といったところだろうか。


(まあ、なんでもいいか)


 大切なモノは護れた。

 それだけで満足だ。



 家に戻ってから数時間後、赤ちゃんの産声が響き渡った。


「おぎゃー! おぎゃー!」


 元気いっぱいであり、これなら大丈夫だ。


「生まれたぞ! アベル! ニコル!」


 出産に立ち会っていたツベルが、すぐに報告に来た。


『やったー!!』


 兄弟揃って飛び上がって喜んでいる。

 実に微笑ましい光景だ。


「ニナさんは?」

「大丈夫。母子ともに問題ない」

「そりゃ、よかった」


 ツベルの言葉を聞けて、おれは心の底から安堵した。

 信じてはいた。

 けど、出産前に気を失っていたのだ。

 最悪のことも起こりえたと思う。


「マジでよかったな」


 安心したら、急に力が抜けてしまった。

 立っていられず、おれは椅子に腰を下ろした。


「なさけねえなぁ」


 アベルに笑われる。

 まったくもってその通りだ。

 反論の余地がない。


「アベル。そんな風に言っては駄目だぞ」

「そうだよ、兄さん」


 ツベルとニコルは擁護してくれているが、これに関してはアベルが正しい。


「ちぇっ」

「間違っちゃいないよ。だからむくれるな」


 舌打ちするアベルの髪を、おれは優しく撫でた。


「べつにむくれてねえし」

「そうなのか?」

「ったりめえだろ。そんなガキじゃねえやい!」

「あら、私はまだアベルを子供だと思っているんだけどな」


 ニナが部屋に来た。

 足取りはしっかりしているが、産後すぐ歩き回っていいのだろうか。


「大丈夫かい?」


 ツベルも同じ思いなのだろう。

 気遣うように手を差し出した。


「ありがとう。でも大丈夫よ。回復魔法をかけてもらったから」

(なるほど)


 便利なものだ。

 それでも、その行為が嬉しいのだろう。

 ニナはツベルの手を取った。


「ほらよ」

「ありがとう」


 アベルが用意した椅子に、ニナが腰かけた。


「おれは母ちゃんの子供だけど、さっきのはそういう意味で言ったんじゃねえからな。おれが言いたいのは、心の問題だ」

「わかってるわ。みんなと同じように、お母さんもほんのちょっと意地悪しただけなの。ごめんなさいね」


 アベルと視線を合わせ、ニナが謝罪した。

 大人子供関係なく、謝るときはきちんと謝る。

 それが出来るこの家族なら、この先も大丈夫だろう。


「あっ……」


 おれの身体が透けだした。


「わりぃ、さよならだ」

『えっ!?』


 子供たちは驚いたようだが、両親たちはある程度覚悟していたのだろう。

 そこまで驚いた様子はなかった。


「これは君のだ」


 ツベルが硬貨の入った布袋を差し出してきた。

 たしかに、それはおれのだ。


「サンキュー。ほらよっ」


 受け取ってすぐ、布袋をアベルとニコルに渡した。


「なにをしているんだ!?」

「投資だよ。これから先、この国が明るくなるように、おれはこいつらに託すよ」


 アベルとニコルの頭に手を置いた。


「無責任にな。だから、プレッシャーなんか感じるなよ。お前たちはいまのまま大きくなればいいんだ。おれが願ってる明るさなんて、その程度だからよ」


 わしゃわしゃと撫でる。

 二人はなにも言わなかったが、小さくうなずいたような気がした。


「奥様」


 赤ん坊を抱いた助産師が現れた。

 その手に抱かれているのは、珠のようにかわいい子だった。


「抱いてあげてくれませんか?」


 ニナの申し出を、おれはかぶりを振って断った。


「どうしても駄目かい?」

「抱いた瞬間におれが消えるかもしれないからさ。せっかく護った未来を、おれが消したんじゃシャレにもならないだろ。だから、遠慮するよ」

「では、この子にあなたの名前をいただいてもいいですか?」

「やめてくれ。勇者の名を冠す子なんていないほうがいいし、アベルやニコルのように、愛した子を想って名付けてよ」

「わかりました」


 完全に納得はしていないのだろうが、ツベルとニナは承諾してくれた。


(うん)


 これで思い残すことはない。


「バイバイ。元気でな」


 別れを告げ、おれは魔導皇国トゥーンから姿を消した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前途多難でまだまだ大変なことはありそうですが、この家族が国を治めていくなら、将来は明るそうですね。 清宮さんの、愛した子を想って名付けてよ、という台詞がとても暖かくて胸に響きました。 当…
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