母の日記帳③
(まだインクが新しい頁)
次は天国で会おうなんて書いたのに、死ぬ間際ってのは人は弱くなるもんだね
久しぶり、姉さん
何が起きたか天国から見ててくれたかな
姉さんが亡くなってからもう10年以上経つね
あたしは姉さんよりだいぶ歳上になっちまったよ
あと先に謝っとくよ
ごめん
今回は悪い報告なんだ
白雪姫が危ない
隣国の王子にこれまでに婚約者が何人いたか知ってる?
5人だよ
みんな不審死してる
絶対クロだよ
他国の王族だから証拠を掴むのが難しくてあたしはこのザマだ
陛下はてっきり白雪姫を可愛がっていると思ってたけどあの美貌が駒として使えるから気に入ってただけだ
王族の男ってのはみんなケダモノなのか?
姉さんが日記に書いてた陛下の隣国への用事ってのは白雪姫と隣国の王子との婚約の話だったんだ
姉さんの死で一度は白紙に戻ったらしいんだけど、あたしが後釜に入った事が裏目に出た
継母とは言え後ろ盾が増えたからね
有力候補に上がっちまったみたいだ
あと今うちの国とドンパチやってる遊牧民の国があってさ、この国がなかなかに強敵らしくてどうしても陛下は隣国と同盟を結びたいんだと
力及ばなくてごめん、姉さん
陛下の説得が無理だと分かった後はいろいろと手を回して頑張ったんだけど、上手くいかなかった
結構な使用人を味方につけたつもりだけどあたしみたいなはずれ者じゃ本物の王族には敵わないみたい
白雪姫への優しい嘘には城の全員が乗ってくれたんだけど
人望の違いってやつかね
森の奥に信頼出来る使用人たちを変装させて住まわせて、白雪姫を逃がすシェルターを用意するところまでは良かったと思うんだけどなあ
姉さんのフリをしてた期間が想定より長くなったから、急死したことにしてからは数ヶ月使用人のフリ、継母として再登場してからは素性が分からない状態だったのも悪くなかったと思う
問題は怪しい魔術を使う意地悪な継母を演じて、白雪姫を森のシェルターに送り出した後
想定外の事が起こって陛下の願い通りに事が進んじゃってる
乳母を始末したって言ったでしょ?
命まで取った訳じゃなかったんだ
その乳母がどこから嗅ぎつけたのか白雪姫に会いに来て「お薬」を塗った林檎を渡したみたいで、あの子死にかけたんだ
白雪姫は「お薬」の何らかの成分にアレルギーがあったみたいで呼吸困難に陥ったらしい
乳母はこのことを知ってたんだろうな
ただでさえ白い顔が蒼白に変わって森に派遣してた使用人たちはもうダメだと思ったって
そこに現れたのが隣国の王子だ
さすが婚約者を5人不審死に見せかけて殺すだけあって、毒やアレルギーの類にも詳しかったらしい
まあこれに関しては乳母とグルだったと考える方が自然だけど
王子が持っていた薬草を口の中で噛み潰して、口移しで白雪姫に飲ませれば「王子様の目覚めのキス」の完成だ
その上、白雪姫は幻覚剤の副作用で多少おかしな事があっても疑わない
乳母のことはあたしの変装だと思い込んでるし
魔術が使えるだの魔法の鏡だのちょっと設定盛り過ぎたかな
完全にやられたよ
乳母も王子も陛下の差し金だと考えると辻褄が合うけど、あたしにそこまで調べ上げる猶予はなさそうだ
仮に調べ上げたとしても陛下を吊し上げるためにはもっと勢力が必要だ
集める時間が足りない
それまで白雪姫が無事でいる保証もない
今頃陛下はチェックメイトって呟いてるかもなあ
あの子には見せたくなかったけど、こうなったらこの日記帳を見付けてもらうしか手がない
真実を知って自力で逃げてもらうしか
隠し部屋はあまりにお粗末な仕掛けだったから、あたしが改良した後で白雪姫にも入り方を教えておいたよ
もしあの子がここに来てくれたら…
来てくれる訳ないか…
あたしはあの子を何度も殺そうとした最低の継母ってことになってんだ
墓参りになんて来てくれるはずない、か…
神頼みは好きじゃないけど、今は藁にだって縋って祈るしかない
どうか生き延びて
使用人たちに森の中で生き残る術は教えて貰ったろう
どうか生き延びて
私たちより長生きしてみせて
姉さんの愛しい子、あたしのかわいい娘