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母の日記帳①

××/××

今日から日記を付けることにした。

とても嬉しいことがあったの。

陛下との間に子を授かったみたい。

これでやっと王妃として務めを果たせる。

息子だったら跡継ぎを産んだって褒めてもらえるかしら。

私への風当たりも少しはマシになるはずだわ。




××/××

悪阻が酷くて食事が喉を通らない。

お医者様からはお腹の子のためにも無理して食べるよう言われているけれど食欲がない。

妊娠って聞いていたよりずっとつらいわ。

早く私のお腹から出ていって欲しい。

このままではお腹の子を憎んでしまいそう。




××/××

久しぶりに筆を執るわ。

しばらく寝たきりだったの。

運動もしないといけないってお医者様から言われて城内を散歩した。

窓から中庭を見ると陛下と散歩した日を思い出して恋しくなるわ。

次はいつ戻るのかしら。




××/××

少し体調が安定してきた。

陛下が戻られたから久しぶりに庭で一緒にティータイムを楽しんだ。

私は珈琲も紅茶も控えるようお医者様から言われているけれど、陛下がハーブティーを用意してくださったの。

異国で妊娠中によく飲まれているものなんですって。

香りもとても良くて気持ちが明るくなる。

素敵な贈り物だわ。


それにお腹の子が順調に成長していると知って喜ばれた。

私のお腹を愛おしげに見つめて撫でてくれた。

こんなに優しい方だったかしら。

こんな風に労わって貰えるなら妊娠も悪い事ばかりでは無いわね。




××/××

またしばらく日記を書くのをサボってしまった。

陛下がまた遠征に行ってしまった。

代わり映えしない毎日が戻ってきたから書くことがなくって。


そういえばひとつだけ変わったことがあったわ。

お腹の子に物語の読み聞かせをするようになったの。

前よりお腹も大きくなって、動くのが分かるからつい話しかけちゃうわ。

母親になるってこういう事なのね。

体調も安定しているからか心に余裕が出てきたみたい。

早くあなたに会いたいわ。

私の赤ちゃん。




××/××

赤ちゃんがお腹を蹴るのが分かる。

もうすぐ産まれそう。

陛下にも手紙を出したからきっと産まれる日までには戻ってきてくれるはず。

なんだか緊張してきたわ。

ダメダメ、落ち着かないと。

お医者様が母親の気持ちはお腹の赤ちゃんにも伝わるって言ってたわ。

気分転換に陛下に頂いたハーブティーでも飲みましょう。




××/××

どうしても日記に残したくて少し無理をして身体を起こして筆を執っているところよ。

私、遂にやったわ!

死んでしまうかと思うくらい大変だったけれど、無事に産まれたわ。


残念ながら女の子だった。

でもいいの。

とっても可愛らしいから。

陛下も男の子を期待していたからか厳しい顔で部屋にいらしたのだけれど、あの子を一目見ると曇っていたお顔が明るくなるのが分かったわ。

そのくらいとっても可愛い子なの。

陛下と私の子だもの。

世界一可愛いに決まっているわ!


私は元気になるまでベッドで休むよう言われているから、お世話は全部乳母に任せることになるわね。

でも毎日顔を見せに来てくれるって。


名前は何にしようかしら。

陛下は男の子の名前しか用意していなかったから、名付けは任せるって仰ったわ。

ベッドの中で考えないと。




××/××

雪の降る日に産まれた、雪のように白い子だから白雪と名付けることにした。

安直過ぎるかしら?

でも本当にあの子の肌は真っ白で雪みたいなの。

それに真っ赤な頬と唇、最近目も開いたのだけれど黒真珠のように真っ黒でキラキラと輝いているわ。

髪の毛はまだまばらだけれど、きっと瞳と同じくらい真っ黒でしょうね。


乳母の話だとお乳もよく飲んでいるみたい。

私も何度かあげたのだけれど、出が悪いみたいで泣かせてしまった。

お医者様には体質の問題だから仕方ないと言われたけれど、あの子に申し訳ないわ。


まだ体調はあまり優れない。

早く元気にならないと。

あの子が歩けるようになった時に一緒にお散歩出来ないわ。




××/××

風邪を引いてしまったからあの子としばらく会えていない。

あの子を産んでからもう何ヶ月ベッドにいるかしら。

実際にはそんなに経っていないのでしょうけれど、時が過ぎるのがとても遅く感じられるわ。

とても退屈だけれど、起き上がると吐き気と目眩が酷くて何も出来ない。

たまに調子がいい時にこうやって日記をしたためるだけの生活。


私が寝込んでいる一方で、あの子はすこぶる元気だとか。

生命力を全部あの子に持っていかれちゃったみたいだわ。

ふと、あの子を憎いと思ってしまった。

ダメね、こんなの母親らしくないわ。


最後に会った時は丸々と太ってまるで雪だるまみたいだったわね。

今度会ったら雪だるまちゃんって呼んじゃうんだから!




××/××

退屈で死んじゃいそう。

話し相手に侍女を呼んでもみんなあの子の話しかしない。

全部乳母からの報告で知っているっていうのに。

気付けば呼びつけない限り誰も会いに来てくれなくなった。

自分からやってくるのは最低限のお世話のためだけ。


先日陛下が城に立ち寄ったそう。

私には会わずにあの子の顔だけ見てすぐに出立したみたい。

私は透明にでもなってしまったのかしら。


寂しい。




××/××

今日、乳母と一緒に部屋へ来たあの子が私の事を初めて「まま」って呼んだ。

嬉しい半面、複雑だった。

だってあの子が言葉を発するようになったのはもっと前だと知っているから。

乳母が気を遣って覚えさせたのね。

たまにしか会えない私の事を呼んでくれないのは仕方のないこと。

頭では分かってる。

でも産んだのは私なのにって思ってしまう。




××/××

お医者様が新しい薬を出してくれるようになってからとても体調がいい。

やっと元気になったみたい。

寝たきりで足腰が弱っているから散歩をするようにと言われた。

あの子はまだ歩けないけれど、乳母車なら一緒にお散歩出来るかしら?




××/××

乳母車で一緒にお散歩をした。

やっと親子らしい事が出来ると楽しみにしていたのに、あまりいい一日ではなかった。

あの子は乳母にベッタリで私は邪魔者のようだった。

すれ違う使用人たちもあの子に夢中で私への挨拶は二の次。


あの子が産まれる前から使用人たちとの関係は良好ではなかったけれど、前にも増して壁を感じるわ。

妊娠した時にようやくこの城の一員として認められたように感じたのに、あれは錯覚だったの?




××/××

今度はあの子と二人きりでお散歩をしてみた。

前回とあまり変わらなかった。

あの子は乳母を探してオロオロしているし、私はそれを宥めることすら出来なかった。

とうとう泣き出してしまって、手に負えなくなり乳母を呼んだ。

乳母が来るとあの子はすぐに泣き止んだ。

私は母親として必要ないみたい。

今からあの子との関係をやり直せる自信が無い。




××/××

あの子にとって私との散歩は楽しい時間じゃないみたい。

何度か試してみたけれど、あの子が緊張しているのが伝わってくる。

だから今日はひとりで散歩をしてみた。

疲れて木陰で休んでいると使用人たちの会話が聞こえてきた。

私の悪口で盛りあがっているようだった。

私は母親に向いてないって。

病気だったから仕方ないと庇ってくれる者も居たけれど、優しい言葉より冷たい言葉の方が記憶に残る。


あの子は私とは似ても似つかないほど愛らしくて天使のようだとも言っていた。

みんな口を開けばあの子を褒めて私を貶す。

私はどうしたらいいんだろう。

どうすればあの子みたいにみんなに愛されるのだろう。


止まらなくなった涙がバレないよう、静かに部屋に戻った。

部屋の窓からは乳母と楽しそうに遊ぶあの子が見えた。




××/××

またベッドから出る時間が減った。

身体は大丈夫だけれど外に出る気になれない。

散歩中にまた使用人たちが私の悪口を言っているところに出くわしたらどうしようって不安になる。


あの子が産まれてから悪い事ばかり。

あの子は生命力だけじゃなくて運まで私から奪ったの?

私は悪魔を産んでしまったの?


純新無垢な赤子の皮を被って、周りを魅了する悪魔…。

今日お医者様が気分転換にと置いていってくれた短編集にそんな悪魔が出ててくるお話があったわ。

みんなあの子に騙されてるに違いない。


産みの親である私がカタをつけないと。




××/××

従姉妹に手紙を出した。

私の話を信じてくれるかしら。

あの子は賢いから何か助言をくれるかもしれない。


乳母にはもう毎日あの子を部屋に連れてこなくていいと伝えた。

私を見つめるあの黒真珠のような瞳が怖い。

私が正体に気付いたことを見透かされているみたい。

早く何とかしないと。




××/××

従姉妹から返事は無い。

自分で方法を探さないと。




××/××

もうすぐあの子の誕生日。

使用人たちが盛大に祝おうと準備しているのが部屋に引き篭っていても分かる。

私の誕生日はこんな風に祝ってくれた事ないのに。

陛下まで戻ってくるそう。

一昨年の私の誕生日には手紙を出しても帰って来てくれなかった陛下が。


私からあの子への贈り物は決めてある。

聖水と月明かりで浄化した銀の十字架よ。




××/××

今日はあの子の誕生日。

大勢の貴族が贈り物を持ってやってきた。

世界一可愛い赤ちゃんが誕生したと各地で噂になっていたみたい。

陛下も私の知らぬ間に招待状を送っていたそう。


父と母が生きていたらどんな反応をしたのかしら。

男の子じゃなかったことを責められたかしら。

それともあの子に魅了されて何も言えなかったかしら。


贈り物の銀の十字架を渡してもあの子は平然としていた。

素人に悪魔祓いは無理みたい。

客人の前だからあの子を抱いていたけれど、久しぶりに近くで見るあの子の唇は生き血を啜ったように真っ赤で不気味だった。


乳母が気を遣って抱っこを代わろうとしてくれたけれど、客人の前ではちゃんとしないと。




××/××

陛下はまたすぐに出掛けるのかと思っていたけれど、2週間後に隣国へ行く用事が出来たそうでいつもより長く滞在するみたい。

乳母からせっかくの機会だから親子3人で食事をしてはどうかと提案があった。

考えてみると陛下と二人で食事をしたのは妊娠中のティータイムが最後ね。

でもあの子が同席すると思うと気が重いわ。

あの子は普段何を食べているのかしら。




××/××

3人で食事なんてするんじゃなかったわ。

あの子が何を食べているのかは聞いていたけど食べさせ方までは聞いていなかった。

失敗したわ。

また乳母を呼んであの子を任せるしか無かった。

何も仰らなかったけど陛下も私に失望されたでしょうね。




××/××

前はあんなに恋しかったのに、今では陛下が城にいると落ち着かない。

寝室でお医者様が処方してくれたお薬を飲んで静かに本を読んでいる時が一番心穏やかでいられるわ。

陛下にはお医者様から私は療養中だと伝えてくれるって。

このお城で信用出来るのはお医者様と乳母だけね。

乳母はあの子と私の仲を取り持とうと頑張ってくれているのに、私が失敗してばかりで申し訳ないわ。


それにしてもこれはとてもいいお薬ね。

考え事をしたくない時にピッタリだわ。

心を落ち着けるお薬だと聞いたけれど、なんだかふわふわして夢の中にいるみたい。

こんなにいい気分は初めて。




××/××

今日もお薬を飲んだ。

意識がふわふわとしてとても心地がいいの。

なんだかとても幸せだわ。


日記なのに笑い声を書きたくなっちゃうくらい。

あの子のこともどうでも良くなってきた。

十字架が効かなかったんだもの。

きっとあの子はみんなが言う通り天使なんだわ。

だから周りを魅了してしまうのね。

天使の力は産みの親には効かないみたいだけれどね。




××/××

最後に日記を書いてから何日経ったかしら。

ずっと夢を見ていたみたい。

お医者様は御家族が病にかかったと連絡があったからしばらく故郷へ帰るそう。

御家族が無事だといいのだけれど、心配だわ。


お薬は多めに用意してくださったけれど、いつ戻られるか分からないなんて不安ね。

量を減らさないとダメかしら。




××/××

お薬で意識がふわふわしていたからか、気が大きくなって久しぶりに外へ出てしまったわ。

中庭を歩いていたら偶然あの子に会ったの。

随分大きくなったわね。

急に愛おしくなって思わず抱きしめてしまったわ。

なんだか照れくさい。


乳母が驚いていたわ。

あの子は私が誰だか分かっていたのかしら?

ちょっとびっくりしていたけれど、すぐににっこり微笑んで抱き締め返してくれたの!

私、今ならちゃんと母親になれる気がするわ。

今まであなたを避けていてごめんなさい。




××/××

昨日は寝室であの子に本の読み聞かせをしてあげた。

先日も一緒にお散歩してみたのだけれど、昔みたいにはならなかったわ。

自分から私の手を握って一緒に歩いてくれたの。

優しい子。


乳母は不安そうにしていたけれど、昨日もあの子が乗り気だったから止められなかったみたい。

あの子はいつの間にかたくさん言葉を話せるようになっていたのね。


あなたがお腹の中にいた時にも同じお話を読んであげてたのよって伝えたら、あの子ったら「このおはなししってるよ!ままのおなかのなかできいてたからなのね!」って答えたのよ。

本当かしら?

私がそれを聞いて笑うと、ほんとだよって拙い言葉で必死に説明しようとするの。

可愛らしい子。


2冊目を読み始めた時にはあの子は夢の中。

腕の中で眠るあの子を見ていたら私もなんだか眠くなってしまって、そのまま一緒のベッドで眠ってしまったわ。

こんなに素敵な時間を過ごせる日が来るなんて夢にも思わなかった。

今からでも母親としてやり直せるかしら。




××/××

先日読み聞かせをしてあげてから、あの子は毎晩自分から私の部屋へ本を持ってくるようになった。

一番多い日は5冊も持ってきたのだけれど、1冊読み終わる前に寝てしまったから笑ってしまったわ。

毎晩「まま、ごほんをよんで」とお願いしに来るあの子が愛おしくてたまらない。

可愛い私の白雪姫。




××/××

私ったらやっぱり母親失格だわ。

私の寝室であの子がすぐに眠ってしまうのは私の薬のせいだった!

あの子の小さな身体には少量の薬のにおいも効いてしまうみたい。

乳母に指摘されるまでこんなことにも気付かないなんて。

愚かな母でごめんなさい。




××/××

どうしたらいいの。

乳母からあの子が目を覚まさないと伝えられた。

きっと私の薬のせいだわ。

私と過ごすようになってから眠っている時間が増えていると聞いて会う時間を減らしていたのに、突然目を覚まさなくなるなんて。


お見舞いに行こうとしたら止められたわ。

私自身に薬のにおいが染み付いているからあの子を想うなら近付かない方がいいと。


どうか目を覚まして。

私は離れた部屋で祈りを捧げることしか出来ない無能な母親だわ。

ごめんなさい

ごめんなさい

ごめんなさい

ごめんなさい

ごめんな さ い





(ここから先は文字が滲んでいて読めない)

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