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白雪姫の告白

私はかつて白雪姫と呼ばれた。


雪のように白い肌に、血のように赤い頬と唇。

皆が口を揃えて美しいと絶賛する容姿と王族の身分を持って生まれた。

何ひとつ不自由のない暮らしをしていた。


そんな暮らしから一変、母が亡くなり、父が連れてきた継母に自分より美しい事を理由に命を狙われる。

継母から殺害依頼を受けた狩人は私を殺せず森へと逃がす。

森の中で見つけた小屋に住む小人たちに助けられ、そこで仲良く暮らす。

魔法の鏡で生きている事を知った継母が老婆に化けて毒林檎を渡しにきた。

その林檎を齧って一度は死んだ。

偶然通り掛かった隣国の王子がガラスの棺に横たわる私を見初めてキスをすると忽ち私が生き返ったのだ。


命の恩人である王子と結婚するハッピーエンド。

細部は本によって変わるけれど、これが世界中の人に知られている私のお話。


私は被害者で、継母は加害者で、王子は救世主でしょう?


私もずっとそう思っていた。

そう、あの日までは。


継母が焼けた靴を履いて踊らされていた姿を見て胸がスっとしたあの頃に戻れたらよかったのに。

いいえ、もし叶うならもっと昔からやり直したい。



物語が終わっても私の人生は終わらない。

いつ終わるか、何が起こるか分からないから本では「末永く幸せに暮らしましたとさ」なんて言葉で話を終わらせる。




結婚式後はそれなりに幸せだった。

数年ぶりの豪華な生活。

ふかふかのベッドやシーツに美味しい食事。

不憫な境遇から王妃となった私に城の者は皆優しかった。

いいえ、優しかったのではなく同情的だったと言った方が正しいかもしれない。



継母に何度も殺されそうになった可哀想なお姫様、城を追い出され森で生き延びた野生児、半生を森の中で過ごした世間知らず、そんな噂も聞こえてきたけど、王妃となった私に直接そんな言葉を掛けるほどの身の程知らずはいなかった。



他の王族に比べて教育を受けていないのは事実なので、城での生活に慣れたらすぐに毎日勉強漬けの生活が始まった。


森で暮らしているうちに忘れてしまったあいさつ、食事、手紙のマナーやダンスの踊り方、陛下となった王子が城を空ける際に必要になる政治知識など王族として生きるために必要なありとあらゆる教育の時間が設けられた。


過密な教育スケジュールをこなすだけで私はヘトヘトだった。

一日が終わった瞬間、ベッドに倒れ込んで泥のように眠ってしまうのが当たり前になるほどに。

そして眠りにつく瞬間ふと考えてしまう。

(森で暮らしていた頃の方が良かった)




少しずつ私はやつれていった。

私は自分で思っていた以上に勉強が出来ないようだ。

最近では私の教育のために呼ばれた家庭教師たちからの態度が徐々に悪くなるのを感じている。

昔は八つ当たりなんて信じられない行為だと思っていたのに、今の私は気を抜くと誰かにこの苦しみをぶつけてしまいそうだ。


出来ない自分が悪いのは分かってる。

でも勉強が出来ない環境にいたのは私のせいじゃない。

本来は何年もかけて覚える量の勉強を1年以内に覚えろなんて無茶だ。



「神は二物を与えずと言うけど、まさにその通りだと王妃様を見ればわかる」なんてジョークが一部の使用人たちの間では流行っているらしい。



悔しい。悔しいけど対応する気力もない。

それに事実だもの。

私は血筋と顔しか取り柄がない女。


結婚式以来、王となった私の王子様は忙しいらしく一度も顔を合わせていない。

会わない内に陛下が私の顔を忘れてしまったら?

もしこの顔が傷付いてしまったら?

もし陛下が私より美しい人に出会ってしまったら?

私は捨てられてしまうの?

そんな考えが浮かんでしまう。

(そうだ、継母の魔法の鏡は今どこにあるのかしら?)




後日、墓参りに行かせて欲しいと懇願して昔住んでいた城へ行けることになった。


継母は赤くなるほど熱された状態の鉄の靴で踊らされた後、敗血症で亡くなったと聞いたが、まだ一度も墓参りに言ったことは無かったのだ。

私を何度も殺そうとした人の墓参りに行くほど私は聖人君子ではなかったが、城へ行く理由が必要だった。


あの『魔法の鏡』を手に入れるために。


(魔法の鏡を持っていたり、老婆に化けたり、毒林檎まで用意出来たりする魔女のくせに病気で亡くなるなんて…今度は自分の命を使って私に不幸になる呪いでもかけたのかしら。私が勉強が出来ないのは呪いのせい?)


道中そんなことを考えていたら徐々に懐かしい城が見えてきた。




久しぶりに帰りついた城は荒れ果てていた。

美しい赤と白の薔薇が咲き乱れていた中庭は見る影もなく、青々とした雑草が生い茂っていた。


墓参りを理由にここまで来たのだ。

まずは墓へ行かないと。


使用人の案内で、中庭を抜けて城の裏手まで進むと墓が見えてきた。


実母の墓と並んで建つ真新しい継母の墓。

ここだけはしっかり手入れがされているようだ。

どんな悪人も亡くなれば丁重に扱われるものではあるが、私への仕打ちを考えると、些か行き過ぎではないだろうか。

心做しか実母の墓よりも念入りに手入れされているように見える。

亡くなっても尚、この城の使用人たちは魔女が怖いのだろうか。


二人の墓前に膝を着いて祈りを捧げるポーズをする。

正直、今は魔法の鏡のことと彼に捨てられないかという不安で頭がいっぱいだ。


祈り終わると城の中へ案内された。

私がいた頃は目に付く金や銀は顔を反射するほど輝いていたのに今では濁った色を映している。


お茶の用意をしながら使用人たちは私に微笑んでみせるがどことなく影を感じる。


出されたお茶は昔よく飲んでいたものと同じだった。

懐かしい味がする。

今でも同じ茶葉を使っているのだろう。

実母と一緒に庭でよく飲んでいた…ような気がする。


母についての記憶は曖昧な部分がある。

母と一緒にいると幸せで、なんだかすぐに眠くなってしまって腕の中で眠りに落ちていた。

本を読み聞かせて貰ったり、一緒に城の中を散歩したり、お茶を飲んだり、編み物を習ったり、具体的な思い出もあるのに。

幼い頃の記憶はこんなに曖昧になるものなのだろうか。


王である父は戦争に明け暮れていて殆ど帰らない人だった。

私の生誕祭だけは豪勢に執り行ってくれたけれど。

それ以外は城のことも母のことも私のことも滅多に気に掛けない。

母が亡くなった後すぐに継母を迎えたのは城と私の管理を任せる相手が必要だったからなのだろう。

継母が父をどんな目で見ていたのかは分からないが、いつも私を優しい目で見つめてくれた母が父に向ける視線はどことなく冷たかった。



懐かしい我が家を見て回りたいから少しひとりにして欲しいと護衛の騎士たちに告げる。


さて、魔法の鏡を探しに行きましょう。

心当たりはある。

あの魔女が使っていた寝室だ。

ここには隠し部屋がある。

実母が使っていた頃に教えてもらった…気がする。



隠し部屋の中に入ると綺麗に整頓されていた。

まるで自分が死ぬ事が分かっていたかのように、色々なものに埃よけのための布が掛けられていた。


右の壁に掛かっているのが魔法の鏡かしら。

鏡に掛けられた布を取り払い、問い掛ける。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」


鏡は答えない。

壊れたのかしら?

それとも魔女じゃないと使えない?

もう一度試すが鏡は静けさを保ったままだ。


鏡を覗き込むと私の顔が映っている。

これが答えってことでいいのかしら。

喋る鏡だと思っていたのだけれど、問いの答えをそのまま映し出す鏡ならば壊れているかどうか判断できないわね。

ひとまず持って帰りましょう。



鏡を壁から外そうとした時、鏡の中に分厚い日記帳が映り込んでいるのに気付いた。

魔法の鏡の事ばかり考えていたから一際目立つテーブルの上の日記帳に気付かなかった。


何故だろう。

何故か読まないといけない気がする。


周りは皆、継母が私の美しさに嫉妬したから殺そうとしたのだと口を揃えて言うが、思えば私は本人からそんな視線を感じたことは無かった。

そもそもあまり顔を合わせた事がない。

おっとりとした聖母のような母とは違い、キリッとしたつり目の美人で淡々と喋る方だったことは覚えている。


知りたい。本当の動機を。

この日記帳にそれが書かれている気がする。



「王妃様!どちらですか!そろそろお暇しなければ帰り道が暗くなってしまいます」


護衛の騎士が私を探す声がする。

もう行かなくては。


分厚い日記帳をコートの中に忍ばせ、鏡を布で包んで抱えた。

きっと二度とここへ来ることは無いだろう。

部屋を一瞥して寝室に戻り、隠し部屋の存在がバレないよう入口を元に戻した。



トントン

「王妃様、こちらですか?」


ガチャ

「ええ、母の部屋で祈っていたの」


「王妃様はお優しい方ですね…出過ぎたことを申し上げますが貴女様を亡き者にしようとした方です。あまり悲しまないでくださいませ」


「誰であろうと人が亡くなるのは悲しいことだわ。私を殺そうとしたとしてもあの方は私の母よ。娘の私が祈らなくてはいけないでしょう?」



心にも無い言葉がスルスルと出てくる。

王妃教育の賜物かしら。

この調子だと本音を隠すのだけが上手くなってしまいそうね。


私の言葉に感動している騎士たちに母の遺品をいくつか持ち帰りたいと伝え、鏡を持ち帰るのが怪しまれないよう絵画や櫛や髪飾り、白粉入れなども数点持ち帰ることにした。



出口にはこの城の使用人が勢揃いしていた。

こんなに少なかったかしら?


どうかお元気で。

どうかお身体にお気をつけて。

もっと手入れを頑張っておくのでたまにはこっちの城にも顔を出してくださいね。

どうかお幸せに。


何人かの使用人は声を殺して泣きながら別れの言葉を並べていた。

そんなに泣くほど私は愛されていたのだろうか。

愛していたのならなぜ誰も森まで探しに来てくれなかったのかしら。

彼ら、彼女らの真意が分からない。


私の口から出た言葉は


「ええ、またね」


だけだった。




無事に陛下のいる城へと戻り、持ち帰った品は私の寝室へと運び込まれた。


ようやく日記帳が読める。


今日外出した分、明日はスケジュールがみっちり詰められているが、好奇心と義務感が抑えられなかった。



私はその晩、日記帳を読んでしまった。

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