イフ・ドリーマーの咆哮
神様、ああ、神様、どうか、どうか、聞いてください、お聞きください。そして、僕の望みを叶えてください。遥か上空の彼方から僕達を俯瞰しつづけ、時には気ままに僕達を操り翻弄する神様よ。僕は、僕は、あの男と友達でありつづけることができません。あの男とは、僕の悪友と名高く、学園の秘密兵器と称される僕と双璧をなし、我が愛しき友人であらせられた彼、です。そう、神様、本来ならば、僕達は、彼と僕は、昔からの、幼少の頃からの、大の仲良しなのです。
特に去年、僕達が一年生の時、その時は、毎朝共に登校し、毎日共にくだらない話をし、昼休みは共に弁当を広げ、登校も一緒、部活も一緒、帰りも一緒、殆ど生活の大半を、互いに、一心同体の如く、離れず、離れず、くっついて過ごしていたのです。しかし、神様、それはもうおしまいなのです。僕と素晴らしい友好関係を築き上げてきた彼は、この一年で、高校二年という、青春の中心地点、その日々の中で、まるで目立たない芋虫が、見事綺麗なアゲハチョウにさま変わりするように、すごい、おそろしい、おぞましい、驚くほどの、目まぐるしい変化をとげたのです。
神様、ああ、神様、ご存知の通り、僕には美しい姉がいます。黒髪ロングヘアで、端正な顔立ち、大人っぽい雰囲気をかもしだす、学園のアイドルに匹敵する、彼女のことです。そして、神様、僕の悪友であるあの男には可愛らしい義理の妹がいます。金髪ツインテールで、幼い表情、他人の保護欲をかきたてる、新入生ナンバーワン美少女の、彼女のことです。もちろん、知っておられるのでしょう。神様、当然のことなのです。そして、神様、姉と僕と男と妹は、腐れ縁の四組みは、当年、僕達が二年になった春からは、全員共々、ご一緒に、同じ学び舎を目指し、毎日連れ立って足を進めているのです。ああ、神様、分かりますでしょうか、つまるところ、それは、あの男にとって、美人二人との登校なのですよ。片や美しき姉、片や可愛い妹、毎日一緒に学校に向かえる、ああ、なんという至福、なんとういう僥倖、素晴らしい、素晴らしすぎる、まさに数多の男どもが渇望している夢です。その夢を、彼はごく自然に、なんとなしに、なしとげているというのです。ああ、恐ろしい、恐ろしい。しかも、しかもですよ、神様、彼女らは、かの姉と妹は、間違いなく、あの男、彼に、恋、そうでなくとも恋に近い感情、一種恋慕の情を抱いているのです、ある意味ゾッコンなのですよ。
しかし、神様、けれども、それだけではないのです。美女二人とのラブラブ登校、それだけならば、まだ、まだ、いくら僕だって、それなりの許容はできるはずなのです。無言のまま承認することはできたのです。しかし、だけどしかしですよ、神様。あの男、あの自称草食系男子は、なんと、今度は我が学園のアイドルと――そう、僕の姉よりほんの少し短めの、セミロングで手入れが行き届いる赤髪の、シンプルな黄色の髪留めが可愛らしい、ファンクラブ会員数五百人超の、彼女その人と、密接な、すくなくとも友達越えをしそうなくらいの、仲睦まじき間柄へとなり果てていると聞くのです。特に最近では、毎週月曜日は必ず、昼休みに一緒に彼女の、一流シェフ並みにお上手だという彼女お手製のお弁当を、いただいているのです。
信じられないことです。ありえてはならないことなのです。奴は、あの男は、本来、小学生の頃から、そう昔からずっと、女の子が苦手だと、女の子と話すのが苦手だと、のたまわっていていた人間なのです。そしてそれに嘘偽りはないはずなのです、神様。事実なのです。本当に彼は、女性とマンツーマンで会話を始めると、目を逸らして口をすぼめ、頬を赤く染めてどもりながら話してしまい。現在でもその症状は変わらずにいるはずなのです。決して、学園のアイドルとフリートークをかませるような立派な男ではないのです。そのはずなのです。
なのに、神様、彼は、あの男は、学園のアイドルだけでは飽き足らず、彼女達、我が校きっての美少女達、ミステリ研のハイテンション娘や、図書委員会の青髪ロリっ子、学園財政を立て直した伝説の女性生徒会長、そして、はたまた学園に住み着いた女幽霊さんや、駅前で路上生活を営むメイドロボさん、等、個性的なパーソナリティーを有した多くの女性達と、天才ジゴロも真っ青の、数多くの親しい関わりを持ち、そして、毎日、彼女達と愉快で痛快な学園生活を、送っているのです。
具体例を挙げましょう。例えば、それは、締め切った部室での密会です。例えば、それは、放課後二人だけの作業です。例えば、それは、厳しくも嬉しい勉強会です。例えば、それは、深夜の学校での遭遇です。例えば、それは、疑似デートです。そして、それらは、甘く、切なく、ほんの少しこそばゆい、未来永劫色あせることなく輝くだろう、幸福な学園生活です。
神様、ああ、神様、きっと僕は嫉妬をしているのでしょう。
僕は、妬み、嫉み、恨み恨んで恨み果て、終には羨んでいるのでしょう。そうなのでしょう。女性ともまともに話せず、学力、運動、両方万年平均男のあの彼が、僕とそれなりに、楽しくものんびりとした、平凡普通な高校生活を送るはずの彼が、あんなにも、たくさんの女性陣とお知り合いになり、男なら思わずよだれがでてしまいそうなハーレム生活を、満喫しているという現状に、間違いなく僕はムカついているのでしょう。
神様、ああ、神様、おそらく、きっと、あなた様はすべてがわかっていらっしゃるはずなのです。あなた様がすべてを生み出し、すべてを始めたのですから。友人に訪れている、荒唐無稽なモテ期の要因も、そして、その必要性も、すべて理解し、いや、むしろ、意図的に、あなた様が、綿密に計算して、仕組まれたことなのです。あなたのせいで! なんて、僕は憤ったりはしません、なぜなら、神様がいらしたから僕がいるのですもの、ええ、そうですとも。神様、あなた様はそう、まさに創造主。僕達を作り上げた存在。あなた様には何だってできるはずなのです。どうか、そのお力で、僕の願いを聞いてください。もう、あの男はもう僕の友達ではありません、そして、その上で、お願いを聞いて欲しいのです。
ああ、遥か彼方、そう――物語の向こう側の、存在であらせられる神様よ。あなた様は、あらゆる事柄において、僕たちを超越します。僕達の世界を創造した神様よ。僕達のお話を作り上げた神様よ。僕達の姿を形とられた神様よ。僕達の生活に流れ込む音楽を創作なされた神様よ。お願いします、どうか、どうか、ほんの、ほんのわずかでもいいですから、一人の、愛すべきキャラクターへの、慈悲だと思い、僕の望みを叶えてください。
望み、それは、もしもの、仮のお話なのです。僕が夢想し続けている、IFのお話なのです。ありえるかもしれなかった、夢の、IFストーリー。その内容は――僕が中心となったお話です。ああっ、お願いです。自分勝手で傲慢で、どうしようもないくらい無礼な発言だとは、わかっているのです。それでも、それでも言いたいのです。どうか、どうか、お願いします。
神様、ああ、神様、僕はもう、彼と、あの男と、友達でいられないのです。だからこそ、それ故に、もしもの話を、Ifストーリーをお願いしたいのです。どうしても、どうしても頼みたいのです。ああ、神様、僕の苦しみが、分かりますか。あの男の親友とされていたこの僕の苦しみ。生涯永遠の友情を誓い合ったこの僕が、あの男の、至高最高の学園生活を、否定し、彼との交友関係を、断ち切ろうとしている。その苦しみが、お分かりですか。どうでしょうか。そりゃあ、僕だって応援したいのです、頑張れっ、頑張れっ、と激励しながら彼の背中をおしてやりたいです。そうしたいです。しかし、できません。無理です。僕には、できません。わかりますか、神様、あなたも一応は人の子のはずです。僕の心境は察せるはずです。わかりますか、なぜなら、あくまでも、そう、あくまでも、僕は、僕は、所詮ただの――か弱き一介の女の子であるのです。
僕にとってそれは無理なことなのです。ああ、神様、僕は、彼の友達などではいたくないのです、恋人になりたいのです、ああ、神様、僕は、愛を、見返りを、求めたいのです。どうしたって得たいのです。僕は嫉妬しています神様、彼と一緒に行動し、愛を育む可能性を内在させた女性達を、僕は、妬み、嫉み、恨み恨んで恨み果て、終には羨んでいるのです、神様。お願いです、神様、僕っ子はお嫌いですか、神様、幼馴染はお嫌いですか、神様、お願いです。どうか、どうか、IFストーリーを、仮のお話を、あったかもしれない、あったかもしれない、夢の、もう一つの物語を……。僕を中心に、メインヒロインに、サブなどではなく、彼と一緒の、せめて、平凡な、去年のような、ああ、神様よ、僕は叫び願います、物語の向こう側の存在であらせられ、僕らが世界を誕生させた神様よ、お願いします、お願いします、お願いします……。お願いします!
(了)




