9.ポワロール家
「で、詳しくお願いします」
朝食後のティータイム。互いの手を重ねたまま、ゴードンは「ん?」と首を傾げた。妻マリアは頬を片手で包み「あらあら」と微笑んで見せた。
「ルナちゃんは嬉しくないの?」
「光栄なこととは思います。けど…本当に王太子殿下の伴侶になった場合…国を背負うことになります。なので、正直…怖いです」
攻略云々の前に、王太子の伴侶とは即ち将来の王妃だ。簡単になれるものではない。
「―――あと婚約といわれましたが、他国から殿下の妃にと望まれる可能性もありますよね?」
政略結婚はよくあることだ。王族となれば他国の者との婚姻もあり得る。
この国には側室という肩書はない。その代わり公妾が存在する。側室は国の繋がりや、陛下のお気に入り、跡継ぎを産む人達だ。公妾は、生涯その地位を保証された正室とは違い、陛下の寵愛を賜った人である。どんな身分でも、例え既婚者であっても陛下が望めばなれるもので、一代までの爵位を授けられ、子供に王位継承権はない。(男なら家臣団、女なら良家に嫁ぐ)寵愛を手にしているぶん、陛下への発言力もあるが、国の問題を背負わせられる捨て駒にもなれる。現実世界でわかりやすくいえばマリー・アントワネット王妃が受けた仕打ちも、公妾がいれば回避出来たかもしれない…といえば公妾がただ寵愛をうけてラッキー!って言葉で収まらないのはわかるだろう。
「その場合、私はどうなるのでしょう」
「そうだな…王太子殿下の采配によるな。どこかの貴族に嫁ぐかもな」
「そうね。そうなればいいけど、ルナちゃんが気にしてるのは殿下に気に入られた場合よね?」
ふふふ、とマリアは視線を鋭くした。
「ルナちゃんって賢いから正直に話すわね。もし貴女が王太子殿下のことを本当に好きになった場合。他国の姫君に敵う貴女の後ろ盾はないわ」
ルワンナは背筋を伸ばし、こくりと頷く。
「それでもいいいから妃にと殿下が望んでも、家臣を説得するのは奇跡が起きても難しいでしょう。寵姫に溺れ国を滅ぼす王はいます。王自身、貴女自身、そうならない保証はどこにもないのだから」
そう、国に有益になるようなものをルワンナは持っていない。
同じ政略結婚でも国を跨いでの政略結婚とはわけが違うのだ。
「でも、好きになるなといわれても、なるときは一瞬よ」
マリアはちらりとゴードンを盗みみて、指先を撫でた。
「だから、本気で好きになってしまったら覚悟を決めなさい。正室の座を勝ち取るのか、公妾の身分になるのかを。公妾は陛下の寵を頂くかわりに、もしものときは貴女一人が責め苦を味わうことになります。王太子殿下が王になられたとき、その治世が安泰であれば、まだいいでしょう。そうじゃなかった場合、簡単に切り捨てられる存在だと思いなさい」
お腹が張るのかマリアはソファーに身を沈めた。何度かお腹を撫で、でもね…と続ける。
「まだ婚約の今は貴女らしくいなさい。子供のうちに国の責任を取らされることもないわ。悪い大人たちの陰謀に巻き込まれないように賢くなりなさい。そして、殿下だけでなく民衆に愛される人間になりなさい。もしこの婚約話がなくなっても他の殿方がこぞって貴女を望むくらいにイイ女になりなさい。それこそ国を傾けるほどの美姫になるつもりで…ね?」
私の娘なら、そうなってみなさい―――できるはずよ。と言外に含ませて視線を合わせられる。
それほど自分に自信がある女性を射止めたのが誇らしいのか、ゴードンは終始にこやかだ。愛妻家も結構だが、今ばかりは我が娘のことを気にして欲しいものだ。そんなルワンナの気持ちが伝わったのか、ゴードンがおもむろに立ち上がる。
「何、お前を無下にはさせないさ。不条理なことをする陛下ではない。王太子殿下もなかなか頭もきれ、思慮深いときく。なによりポワロール家を敵にまわすことはしないだろう」
肖像画に目を向け、ゴードンは雄々しく笑った。
ポワロール家を敵にまわす―――それがどういうことなのか。
ポワロ―ル家は歴史が長い家だ。頭もよく、武術に長けた家系であり、その力を遺憾なく発揮し国の発展に大きく関わっている。一族が手広くいろんな分野に関わっているのが特徴だ。食の流通から武器の流通までお金が動くところにはポワロール家の血縁者が関わっている。国境を超えて情報が早いが故に投資も上手く、知恵もあった為、何代か前は国の宰相になっていたりする。過去、この国の食糧難や財政難など幾度と救ってきたのはポワロール家だ。現当主ゴードンも現国王の腹心の友としてある。
なので、王家であっても簡単にポワロ―ル家を敵にまわせない。
――ルワンナに後ろ盾はないといったものの、国内であれば敵なし。王からしたら優良物件であることは間違いなしなのである。
「わかりました」
ルワンナはきゅっと唇を引き締め臨むように両親を見た。
「ポワロール家の、なにより二人の恥にならないように王太子殿下の婚約者として精進致します」