7.年下に叱られる
な、んで…
「――大丈夫?」
知っているのはもっと厚くて、硬い胸板に逞しい腕。
けれど今、自分の肩と腰を抱く腕はそれよりもずっと頼りない。
なのに身体はすっぽりと収まってしまう。
「ルナ?」
自分の鼓動か相手の鼓動かわからない。
胸に押し付けた耳に、自分の名前が内側から響いて聞こえてくるのがわかる。
離れなきゃと思うのに…拘束は決して強くはないのに、離れられない。
食後の散歩がてら、母親自慢の庭園をルワンナ、ジオラルド、アクトの3人で散策していた。花の蜜を吸ったり、花の冠やネックレスを作ってもらったりしていると、ふと、猫の威嚇する鳴き声に気づき慌てて周りを確認する。野良猫が木の上の鳥の巣にちょっかいを出しているところだった。一早く見つけたルワンナは反射的に木に登り始めていた。2人が止めるより早く、あっという間に猫のところに登り着いてしまったルワンナに最初に背を向けたのはジオラルドだった。大人を呼びに駆け出していた。
ルワンナが猫の気を引くように鳴き声を真似ると、驚いた猫が鳥の巣からルワンナに視線を定める。猫ならば枝の多いこの木も自力で降りられるはずだと、降りるように促してみる。わざと近づこうとしてみせると案の定、あっさりと枝から枝に飛び移り降りていく。ほっとして巣籠を覗いて見れば、卵がある。無事だったことに安堵して下のアクトに笑いかければ、平素ではなかなか見られないアクトがそこにいた。
「そこにいるんだ!ジオが人を呼んでくる!」
「大丈夫よ 降りられるわ」
「駄目だ!降りる方が難しいんだ!ルナ 大人しくしていてくれ!」
「親鳥に見つかったら 巣が見捨てられちゃうかもしれないの!降りなきゃ…」
鳥は警戒心が強く、人が巣に近づくと、そのまま巣に戻ってこなくなることもあるのだ。安全が確認出来た今、長居は無用。広がるスカートを片側に寄せ、足場を確認しようとした――瞬間。
ぐらりと身体が傾いてしまう。落ちるならせめて足から飛び降りるようにしなければと覚悟を決めたときには既にアクトが両手を広げていた。咄嗟に腕を伸ばし、彼の胸に飛び込む。
「ルナ…っ!」
「…っ!」
受け止めた腕は大人のものではない。まだ成熟していない少年の腕が彼女を守ったのだ。
彼はまだ子供だ。庇護するべき存在。
――なのに、飛び込む瞬間に射抜かれた。
守ろうと、守ってみせると、真っ直ぐに見つめられて息が止まる。
「ルナ?」
再度、名を呼ばれ そっと地面に足を降ろされる。ゆっくりと腕をとかれ顔を覗き込まれてルワンナは息を飲み込んだ。
「――大丈夫?」
頬を包み込む掌に、震える。
「ルナ?」
ぱくり、と唇を閉じアクトを見上げた瞬間、ルワンナは真っ赤になっていた。
「ご、ご、ごめんなさい!」
ばっと離れ、深く頭を下げる。
「助けてくれてありがとう!」
「痛いとこはない?怪我は?」
「大丈夫!!」
「そう…よかった。まったく何をやっているんだ!危ないだろう!」
ほっと息を着いたアクトが、ぱたぱたと簡単に汚れを払いながら、幼い子どもを諭すように叱る。大真面目に叱られてルワンナも幾分か冷静になった。いや、冷静を通り越して、情けなさで恥ずかしくなって落ち込む。その間に、ジオラルドがルークを連れてきていて、もう、穴があったら入りたい。この歳で(ここでは9歳だが)懇々と説教されるとは。ルークもニッコリとしていて怖い。アクトが言うべきことは言ったからと、ルークからの説教はなかったものの父親に報告すると言われて泣きそうになってしまった。
(ジオにカッコ悪いとこを見られた…)
ちらりとジオラルドを伺い見れば、ぽすんとジオラルドが抱きついてくる。
「ルナ姉さんが無事でよかった!」
「ジオ〜…ごめんね、ジオは真似しないでねっ⁉」
「ん〜 ルナ姉さんが自分を大切にしてくれたら考えるかなぁ」
「ひぅ…っ」
にぱっ、と可愛い目で真っ直ぐ見られて思わず天を仰ぐ。
「以後気をつけます…!」
むぎゅうっと抱き締められながらジオラルドはアクトを盗み見る。ルークに頭を下げられていたアクトが気づくと挑発するようにルワンナを抱き締めながら笑う。
「…、」
年下といえども、面白くないのは確かだが年上の余裕を崩しては負けだとわかるのでアクトもルワンナの頭を撫でる。
「そうだね、お姉さんはお姉さんらしく、年下の模範になるように振る舞わないとね」
「はぁい…」
「………」
ジオラルドには正しく意味が伝わったようで、目だけが笑っていなかった。
「やっぱり ドレスは動きづらいわね」
反省が伺えない発言に、アクトとジオラルド、ルークが項垂れたのだった。
その日、父親が帰って来るなり、ルワンナはがっつり叱られた。