5.やっぱり声がいい
異国の褐色の肌に、鍛え抜かれた身体。ニッと不敵に白い歯を覗かせる様は猛者の風貌だ。陽の光に馴染む短い髪が彼の端正な顔によく似合う。白いシャツから覗く首筋にルワンナは釘付けだ。
「ジオラルド!目を離すな!ちゃんと目を見ていれば相手の全体が見えるはずだ!踵上げ過ぎない!バネがあるのとないのとじゃ踏み込める距離が変わってくるぞ!」
ガルダン・リシュリューはもともと近衛兵として、王室直属で働いていた。剣の腕は実践で鍛えられたもので、上を目指す野心もあれば、戦略家としてもかなりの切れ者だ。それがなぜ、その地位を手放しジオラルドやアクトの剣の指南役をしているかというと…実のところルワンナ達にもわからない。知っているのはジオラルドの父親と旧知の仲だったこともあり自ら買って出たらしいということだけだ。
「アクト!脇を閉めろ!懐に入れるな!間合いを考えろ!!」
大人相手と違って動き辛いのか、ジオラルドもアクトも身体の動きが鈍い。しかし注意されたことを直様修正しているところは流石というべきなのか。
にしても。
(貴方様でしたか…冬田 智様…)
比較的、物静かな役をされているときの作品に巡り合うことが多かったので、鋭い声かけにキュンキュンしてしまう。
(あぁもう!ニヤけてしまう!!)
可愛い弟と幼馴染が真面目に切磋琢磨しているところ大変申し訳無いが…心の中でキャーキャー言わせてもらう。
(ひえぇぇぇぇっっ!!!かっこよろし!かっこよろし!くはぁぁぁぁぁっっ!!)
不意に振り向き前髪を掻き上げるガルダンの翡翠の切れ長の目がルワンナを捉える。
「…っ」
咄嗟に扇子を唇に押し当て緩む唇を引き結ぶも、ガルダンの目の僅かな動きにルワンナは察した。
これは失敗した。捕食者と被食者。こういう男の目を知っている。揶揄われる。
その証拠にガルダンの口角が上がった。
現実でもそうだが、ああいう表情が許されるのは顔がいい人間だけである。
モテるからこその仕草なのだ。
「よし、終了!」
パンッ!と手を打つ乾いた音に木剣を構えたまま2人が後ずさり距離をとる。互いに礼を言ってから、ほぼ同時にジオラルドとアクトはルワンナを振り返る。―――が、その視線の先を逞しい背中が阻む。
「レディ ルワンナ」
「…はい…」
「2人のナイトにもお心を」
「…はい…」
「―――男冥利につきます」
ひそり。
恥ずかしさに視線を落としていたせいで、その近さに気づいたときには既に離れていたのだが、バトリンのきいたその声が鼓膜を震わせ、ぞわりと身体を震わせた。
反射で熱くなる耳をぐっと掴み見上げるとパチリとウインクが飛ばされる。
「…っ」
(な、な、な)
はくり、唇が戦慄くも音は出ず。
(子供相手になんちゅう色気をふりまいてんのよ―――っ!!!!!)
「ルナ姉さん!どうでしたか?」
「ジ、ジオ!」
無邪気に微笑む天使のようなジオラルドになんとか正気を取り戻し、ルワンナも笑顔でジオラルドの頭を撫でる。可愛い。マジ天使。
扇子をしまい、何とか平素のように振る舞いながらアクトを見上げると、いつものように柔らかい笑みを浮かべながらルークに木剣を預けているところだった。
「アクトお疲れ様」
笑顔でそう言われ、差し出されたハンカチに驚きたじろぐも、小首を傾げ見上げられると、その可愛さに抗えずアクトは受け取ってしまう。―――視界の端で睨んでいるジオラルドがいたとしても。
「ありがとう――洗って返すよ」
藍色の髪がさらりと揺れる。色素の薄い瞳が細められ小さく弧を描く唇を白いハンカチが隠す。
仄かに鼻腔を擽る甘い香りに頭の芯がジンと痺れた。
「お腹すかない?アクト達のためにサンドウィッチ作ったのよ」
「本当?嬉しいな。ルナの作るものは美味しいから楽しみだ」
ガルダンが離れた瞬間、大きく開かれた瞳に薄い涙の膜をはり、頰や耳、頸にかけて朱を走らせた理由について問いたい気持ちがあったものの、それを堪えアクトはルワンナをエスコートするように右手を差し出す。
重なる小さな手を引き寄せ腕に絡ませると、恥ずかしげに伏せられた睫毛に満足する。成長期を迎え、自分の胸許くらいにしかないルワンナのことを見下すことになってしまったが、自分に話しかけるときに見上げてくる顔は何とも可愛く、その瞬間はまるで彼女を独り占めしている錯覚を覚える。もちろん、ルワンナの義弟であるジオラルドは終始面白くなさそうだが。
ルワンナのお気に入りの東屋に行くと、すでに食事の用意がされていた。