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プロローグ・ファースト

※プロローグ編に関しては、台詞と文章の間の改行が行われておりません。

縦読みにすると良い気がします。


 

 もし人形に魂が宿り、自律的に行動して、遊べたら? 夢のようなことだ。

 「人形」とは、人の形を模したもの――玩具の一種である。


 可愛くて、純真で、素直で元気な人形と過ごせたらいいな――と一柱の神はふと思った。

 ――神にとっての「人形」とは人間のことだった。しかし「人形」と名付けたのは人間だから正しくは「神形」だろうか。


 初めの人は泥から形作られ生まれた――それはとある世界の逸話の一つである。

 作り話? 単なる伝説? 信じるに値しない? ――本当なのか嘘なのかは、神のみぞ知る。神に会ったら「我々は泥から造られたのですか?」と聞けば良い。


 しかし泥云々は兎も角――神が人間を生み出したというのは、嘘ではなかったのである。

 

 ――今度は神は自分の隣にずっと居てくれる存在を。また「人形」を、とふと思った。


 * * *


「美しい……」

 そう言葉を漏らすのは背中に二対の羽を持つ大天使である。その二対の大きな羽は美しく、その大天使の容姿もまた美しい。白銀の長髪に女性とも間違えてしまうのではないかと見紛うほどの秀麗たる顔。

 瞳は銀色。神職の者が着るような純白の、金色の刺繍を施された服装を纏った大天使。

 その大天使が「美しい」と発する程のものとは何か。

 白金を伸ばしたかのような、空気の些細な動きにも揺れる軽やかでいてきめ細やかな長い髪。瞳は瞼に覆われ隠されているが、きっと美しいに違いない。

 容姿? 呼吸も忘れてしまいそうなほど見入る美しさだ。触れれば壊れる――そんな心配さえも心中に現れる。

 高級感に溢れる白の服装、頭髪に付けられた高価値であろう髪飾りよりも先に見入る箇所が容姿。

 ただただ大天使は「美しい……」とだけ発す。口からはそれしか出てこないだろう。

 

 動かない。人形と形容する他言葉見当たらない。命、魂無き少女の人形――肉体は人間のものと同等で、傷が付けば血は出る。このような存在を創れるとしたら、創造神しかいない。


 物には魂が宿る、とは何とも奇妙奇天烈で非現実的で――――信じる者は多くない。

 神視点ではどうか、と言うと「可能なのだろうが、やろうとは思わない」と否定せず、だがしかしそれは否定しないだけでやろうとは思わない。だってそれは神にとって利益がないし、と言っても不利益もないが……兎にも角にもやろうとはしなかった。


 ああ、そうだとも……神にとっても本当は、信じていなかったのだ。信じるに値しない些細な事、だったのだ。


 理解した、今になって理解した。

 だから創造神は、やってみたのだ。成功したら人間たちの一部が信じた事が事実であったと、失敗に終わったら人間の思想が、偏見が現実として表れてしまったものなのだと解釈しよう。


 相当な現実的な思想を持つ人間でない限りは、一度は夢に見る事。

 ――何かの物語に触れると影響されて、人形が勝手に動いて、意思疎通して遊んで暮らす。

 ――ふと目が覚めて、日常通りに愛玩動物に話しかけてみれば昨晩は喋る事すら出来ていなかったはずの彼等が喋って「おはよう」やら「一緒に遊ぼう」などと発す。

 ――物音がして振り返ってみれば、小人が居て、一度はあっちが逃げてしまったが何度か意思疎通を試みる。すると彼等が心を開き、共に暮らす。

 素晴らしい事じゃないか。


 そう感じた後は、夢中になって創っていた。

 

 * * *


 基準となる骨格は自分自身――下界の人間を創造した時もまた自分たちを模して想像したし、今度もまた同じように創ると決めたのだ。

 鏡を見ながら、頭部をまず先に創る事にした。

 失敗と成功をただただ、ひたすらに繰り返した――神だからと言って失敗はする。初めて失敗したのがこの作業で、最初は落ち込んだ。それと同時に人間に対しての尊敬の意さえも抱いた。

 彼らは凄い。人生において失敗した事があればそれに準じて学んで強かに挑戦し成功を築く。

 初めての失敗をこの時にした――創造神であり自分は創ることに関しては完璧だと思っていたが自分の愚かさに気付き、そして成功に向けて作業を繰り返す。自分が創造し、生み出した存在に初めて見習った瞬間でもある。

 神力を練り、細胞を創造の後に培養――これだけでもかなりの年月を要した。

 一番簡単だったのは――――骨格の形成か。失敗数は一番少ない。

 逆に失敗が多かったのは、人間が人間に魅力的だと感じる部位に関してだ。そこはこちらとしても究極的なものに仕上げたかった。というよりかは最初から自分自身の好みに創ろうと考えていたからだ。

 とある世界では「俺の嫁」だとかそういう……視点を変えてみて見れば邪な感情。

 人間は時間は有限――神はその限りでない。無限に利用できるなら利用するべきであろう。


「やっと……出来た」

 頭部がようやく完成した時、小さく呟いてガッツポーズをしたのを覚えている。

 途中、女神という名の不法侵入者による邪魔などはあったが彼女たちの体も参考などにさせてもらったので見返りは貰ったという事にしておいた。

 …………この家の鍵は自分に仕えている大天使に渡し「決して誰も入れるな」と念を押しているはずなのだが……奴め、裏切りおったか。


 胴の部分の作成創造に着手して、最初の想定以上に失敗が繰り返された時はやはりと言うべきか自信を無くしそうになったものだ。神と言えば人間視点で言うなら「失敗を知らぬ、完璧で敵なしの存在」として見られているし、実際に言われた事さえもある。今なら彼等に言えようか――失敗は神でもする、と。

 特に失敗したのは女性として魅力を感じる部分――、初めから創造したいと思っていたのは少女型の人形だ。人形とはかなり違うが、意識がないものが生まれたら人形同然である為「人形」と呼称しておこう。

 ――よく思えば、作業台の上は怪奇的で猟奇的でもある光景が広がっていた。

 自分でも朝起きた時この作業台及び保存容器に目を向けると生首や臓器があるもので、何度腰を抜かしたか……。


「……っ」

 窓のカーテンを開けて見ると、外の光が目を刺激する。

 何年引き籠っていたか数えていない。仕えている大天使も多忙なのか顔を見せに来ないし、恐らくは数年か……あるいは数十年? 分からないが、こちらはこちらで作業を続けよう。


 男神にもこの創造の実験台になってもらったりもした。

 内容は控えるが、自分にとっては必要な事だ。男からしても魅力的な女性と言うのは男に聞くのが一番良いからで、「どんな体型を好むか」等々、個人的な嗜好や男の好む傾向などを調べていくとこれからの創造神としての創造作業の参考になる。女天使の身体や女神の身体を調べたりもしていた。

 高い割合で、男神は面食いだ。天使に美男美女が圧倒的に多い理由の一つとも言えよう。

 過去に行った世界でどんな女性が好まれていたか、というのも参考の一つだが「男として」はほぼ完璧に近い男神を参考の対象にするのがそう、繰り返し言うが参考になる。

 まだ、先は長いだろう。


 次に着手したのは手足だ――それぞれの臓器がしっかりと役目を果たせることが確認出来ている。今までに成功した試作段階の作業手順は記録しているし、結果的に創り上げた少女が起きなくとも私はまた失敗と成功を繰り返そう。


 * * *


 手足にしても失敗と成功を繰り返したが、遂に全体が完成した。

 美しい少女だ。呼吸はしているが魂が入っていない――器だけでは人足り得ない。この子が魂を求めているかどうかは分からないが……。

 美しいの一言に限る。どれくらいの時間を犠牲にしたかは分からないが、そこに後悔はなく誇らしさを感じるし、自分自身に対してようやく最上級の自信が付けられてきた頃だ。

 高級感溢れる布地を持ち、服を縫う。久しぶりの感覚――ある世界で人間に教わりながら、人型の模型を横目に同じようにして、服が完成した時は達成感に溢れ裁縫の師匠に褒められたことがどれだけ嬉しかったか。

 思い出に浸るのも悪くはない。

 出来た服を着せてみる。

「うん。よく似合っている」

 どんなに野暮ったい服であろうとこの子が着て舞ったりすれば、その格好と容姿に差異があろうともそれが逆に付加要素となって魅力的に感じるのではないだろうか。まあ、彼女に格好の付かない服など着せたくはないが。

 今の彼女は着せ替え人形の状態だ。

 神器として創造した髪飾りを最期に付けて、仕上げ。白金の装飾に創造神じぶんの象徴画が埋め込まれた金剛石が中央に嵌め込まれた神器――人間が喉から手が出るどころか穴という穴から手が出そうな代物。

「私の最高傑作――私のこれから愛する少女。彼女が望むなら私は何だってしよう……決めたぞ」

 彼女がいつ起きるかは分からないが、取り敢えずは夕飯だ。

 創造神は別室に移動した。


 創造神が自室に戻ると同時、玄関の鍵を開けて入ってきた者が居た。

 創造神に仕える物――――大天使ファリエル。

「いい加減、拳骨でも喰らわせたい気分です。私が多忙である間に鍵を開けておき、女神たちが夜這いしに行ってちょっとは反省してくれると思っていたのですが甘かったですね…………引き籠っている間にどんどんどんどん私の仕事は増えていき…………腸が煮えくり返ってしまいそうですよ」

 家の主の耳に入らない程度に愚痴をこぼすファリエル。

「部屋も片付けられていない…………創造に関しては頂点の中の更に頂点と言えど、片付けは得意ではないとでも言うつもりか? 私と共にいた時もそうでしたねえ」

 溜息を一つ。

 そして明かりを灯し、ファリエルは中へと入っていった。

 創造神は普段、神殿には居ない。彼女は別荘とも言える家にずっと篭っては生活しており、神殿はファリエルの作業場となっている状態――彼女の生み出した神器などを保管する倉庫になっているし、たまに天界での負傷者の治療場として使われる。

 施錠の管理はファリエルが担当であり、これは家の主である創造神が決めた。最初は「良いのですか?」と重要な役目を担えたと誇らしくあったのに、今となっては過去の自分を叩いてでも断らせたい。


「ん……?」

 ふと一室の真ん中の椅子に腰を下ろす人型の物に気付いた。

 創造神は一人暮らし。同居する人物など聞いていない。いつの間にか主が招いたとかそう言うあれか? いやだが……自分から招くなんてことはあまりしなかったはずだ。招くとしてもこの散らかっている部屋に……あり得ない……。

 部屋の明かりを灯し、見てみれば――――――見とれてしまった。

 一目惚れだとか言うものではなく、言うなれば魅了が一番近いか? だが大天使である自分には魅了など効かない。それなのにもかかわらず見ただけで魅了? あり得ない。

「何か物音したぞ。誰だぁ~」

 奥の方から家の主――創造神の声がしたが、その存在の美しさに反応する事すら忘れた。


「…………なんだ。アンタか……えーと名前が……」

「名前忘れたとは言わせませんよ」

「……冗談だよファリエル。神なりの冗談さ」

 そう言いながら入ってきた創造神に、ファリエルは「この少女は?」と問い掛ける。

「私の嫁」

「同性ですが」

「関係あるのか?」

「いや…………まあ…………そうですね。そういう意味ではなく……」

「どういう意味だ」

 創造神とこの少女の恋愛関係など存在していいのだろうか。

 これは別に同性での恋愛関係に否定的な意味を持たせている訳ではなく、この二方が並んだ時の周りの反応を心配しているという意味だ。

 創造神の容姿はこの座っている少女と比較して、同等であることをまず伝えたい。

 彼女にはその自覚がないようだが、二人が並んだ光景を目の当たりにして理性を保てる異性がどれだけいるだろう。

 ファリエルはこの容姿に少しだけ慣れているが故に耐えられるが、慣れていない者はと言えば我慢できずに襲ってしまうだろう……「百合の間に割り込む男は滅しろ」と何処かの世界で誰かが言った。その言葉の主でさえ、割り込むことへの欲望は抑えられるまい。


(危ない。目的を忘れるところでした)

 それよりも、とファリエルは首を振り座っている少女に顔を向けないようにして本題に入った。

「早速ですがここは一つ。仕える者としてはっきりと言わねばなりません主よ。もう女神たちも我慢ならないと神殿に来ては私に怒鳴り込んでくるのですが、どう落とし前を付けてくれるのです? 私もこのような事を言うつもりはありませんでしたが……言わせてもらいます」

「おぉ?」

「いい加減部屋から出て来てください。引き籠りめ」

 その言葉を発した際の創造神の顔には、何の反省も無かった。

 この神、多分だがどれ程引き籠っていたか自覚できていないな……? そんなことを察せさせてしまう表情で「何か悪い?」とも言いそう。

「文句を言わなかった神は僅か。神殿に押し寄せた神は星の数ほど」

「大袈裟だろ。ワハハハハ、星の数て」

「やかましい」

 せめて、迷惑を掛けた分だけ謝りに行ってはどうか、と創造神にファリエルは言った。

 そんな事を言われても困る、とは創造神の言葉だ。たかだか数年数十年の引き籠り生活で文句を言うなんて……神にとってはその程度の時間何でもないだろうに、とも。

「は……?」

 その言葉を聞いたファリエルは絶句していた。

 「数十年」という単語に耳を疑いかねないような素振りに創造神は怪訝そうに首を傾げる。

「本気で数十年であると思っているんですか?」

「そうだよ。数十年の間私はこの子の製作……いや、創造に着手していた。初めてだよあんなに失敗をしたのは……人間たちの苦労をよく知れた期間でもある。成功した時の達成感という物は素晴らしいと思ったよ」

「は……はあ……?」

「何だ、聞きたいか? 最初は頭部から――――」

「いやいや、そうではなく!!」

 食い気味に主にツッコむファリエルに対して彼女は「なに?」と怪訝な顔をした。

 一体何を言っているのか分からないとでも言うかのような態度に痺れを切らしたファリエルは言ったのだ。創造神がどれほどの時間を鎮座する人形少女の創造に費やしたのかを。

「数十年なんてもんじゃないですよ」

「そう、なの? そもそも時間の感覚なんて私たちに必要ないし……どれだけ時間を使ってようが――――」

「三十七億」

「ん?」

 眉をピクリと動かして、創造神は聞き返した。

「ボケ老人ですか? もうちょっと大きな声で言った方がいいでしょうか?」

 少しばかり癪に障ったのか、ファリエルは青筋を立ててはハリセンを取り出し手の平にパシンパシンと音を立てつつもう一度言う。

「三十七億年です。我々が統治している下界を見れば、数々の生物が進化していると思われます」

 創造神はハリセンに少し怯えながら無言で下界の様子を見る事にして、ようやく事の重大さを理解した。

 現実逃避をするかの如く頭をポリポリと掻いてみたり、指遊びを繰り返してみたり…………そろそろファリエルの怒りが頂点に達しようかという所で創造神は笑みを引きつらせつつ聞く。

「マズい……かな?」


 三十七億年――下界の生物からすれば進化を幾百と繰り返せる年数だ。それほどの膨大な時間を掛けて創られた人形の少女がこうも美しいのは納得だが、その間に創造神の役割を片付けていたのは神々と天使なのである。

 確かに、永遠を生きる神からすれば億という数値などいつの間にか経ってた程度のものなのだが下界を統治していると人間の一年一年をよく見て、よく判断し、そしてそれぞれが司る事物に合った役割を熟していく必要があり。

「この家屋にあらゆる加護が付いていなければどうなっていた事やら…………おっと」

 そして、わざとらしくもポケットからこの家屋の鍵を落とす。

「この鍵が掛かっていなければ…………」

 女神男神関係なく、今までの鬱憤を晴らそうと押し寄せていたでしょうねえ……等と言うファリエルに対し、創造神は土下座をした。

「すみませんでした。ありがとうございました……でも時々外には出ていたんです。それもこれもお嫁さんと言いますかを創る上での研究資料として必要なデータを取るべく……」

「言い訳はいいので謝罪をしてください」


 * * *


 外套を深く被り、仁王立ちしているファリエルに背を向けて創造神はトボトボと歩いていた。

 話を聞いたが、鬱憤を晴らしてくれていたのはファリエルらしい。どんな手を使ったかは聞いた途端に死んだ目付きをし始めたので聞けなかったが、感謝すべきなのは間違いない。


 久しぶりに見る光景だ。

 下界に住む人間たちが想像するような光景などではなく、人間が日常的に生活する下界とそう大差ない。舗装されているような道はなく普通に植物が生え、下界にはない果物や生物が居る以外はほぼ一緒。

 すれ違いざまに天使が「こんにちは」と声を掛けてきて、今までの引き籠りのこともあり怒られるのではとビクリと肩を震わせる。こんな思いをするくらいだったらファリエルに諭されていようと人形少女を眺める生活を続けていたかった。

(いや落ち着け……今の天使は私が嫁創りに集中する前は居なかった……私の顔を知ることはないはずだ)

 ここで頼りになるのは記憶である。

 三十七億年という歳月の中で莫大な数の天使が生まれたはず――自慢ではないが、創造神たる自分は自室に籠る前やその間に部屋から出た際に生まれた天使たちや神々の顔や性格、声などは全て記憶している。腐っても創造神、籠っても創造神——そこだけは自慢できるし、誇ってもいい。

 そう思いながら創造神は歩いていた。何を考えていたのかその表情を見ればすぐに分かる――どうかこちらを知っている人物に合いませんように、と願っている。

(そうすれば、もしファリエルにドヤされても「知ってる神に会わなかったんだけど……これじゃ仕方ないよね☆また今度!!」と言えば何とかなるはずだ…………)

 そう思っていた創造神だが、その数秒後には「おや? 貴女様は……」と声を掛けられた。

 瞬間、ビクリと肩を震わせると同時に後ろへと振り返り、足を動かし獅子から逃げ行く兎かもしくは鹿の如し素早さで創造神は逃げた。その速度には声を掛けた天使も唖然とし「ごきげんよう」と話し掛けようとしただけであるのにも関わらず逃げられたというショックに心の砕ける音を辺りに響かせては、石像の如く固まっていたのだ。

 その天使は十数億年前に生まれた天使であり、着想巡りの際に色々と話した天使であった。人形創作をしていたあの家屋にも招待した。

 おっとりとした若い女性の姿をした天使だ。声が美しく、話した時のことは創造神からしても昨日のことのように思い出すことが出来るほど印象も深い。

「待ってェーーーーッ!! またお話させて下さぁーーい!!」

 気が付けば彼女は追いかけていた。

「無理無理無理無理怖いよぉーー!!」などと叫びながら逃げていく創造神。それを追い掛ける天使。

 その様子を傍から見れば不審がられることは間違いない。

「何もしませんからっ!! またお話ししたいだけですよぉーーーーーーっ!!」

 その逃走劇に周りの天使や神がなんだなんだと顔を向け始める。

 走り始めたのは創造神が先だというのに、一柱と一人の間の距離は短くなっていく。

 それはそうだろう。方や三十億程引き籠っていた神、対するは創造神が引き籠っている間も普通に生活し、普通に運動もして暮らしていたのだ。その体力の差は目に見える形で表れており、数分と経たないうちに創造神は捕まった。

「ちょっと……はあ……何故逃げるんですか……創造神様……はあ……」

「うわぁーー……捕まった殴られる……」

「殴りませんよ……」

 殴らない。と意思表示をしている天使の言葉も聞き入れず、創造神は土下座を開始する。

 対する天使や困惑状態。

「え?!」

「えー今日に至るまでの間あのそのえーと……三十七億という年月を引き籠りに費やし、創造主としての業務に全うする事を忘れてしまい申し訳ありませんでした……えーこれからは……えーと」

「えぇ……?」

 困惑した状態で居る天使に対して、創造神は謝罪文を述べた。

 予めどう謝ろうと考えていなかったのか間間に少しだけ聞こえる小さい言葉に耳を傾けてみても「えっと」だとか「あっ」だとかを繰り返している。

 それに対する天使の対応は結構大人で、「頭をあげてください」と一言。

 その言葉に従い頭を挙げた創造神の目に映ったのはこめかみをポリポリと掻きながら「私は何も怒っていませんよ」と苦笑する天使だ。どうやら彼女は創造神が引き籠っていた事に気付かなかったようである。

 そして彼女自身の仕事も創造神が幾らサボっていてもあまり支障もないことが判明した。元々忙しかったということもあり、怒っていなかった。

「なーんだ」

 そう知るや創造神は「怯えて損した」と地面にペタリと座ってフードを脱いだ。

 天使の名前はノアと言う。この広い天界で手紙を運んだり神の啓示を下界の人間たちへと代言する役割を持つ。

 彼女に「ノア」という名前を付けたのも創造神だ。白金色に少し青を混ぜた様な色合いの美しい髪に翡翠色の瞳を持つ天使。上半身と下半身の両方とも白を基準として青の装飾を施された服装に身を包んでいる。

「相変わらず美しいです」

「お世辞は良いよ、お世辞は」

 神の顔色を窺ってもなにも良い事ないよ、と続けて言う創造神にノアは手をブンブン振って「お世辞じゃないです」と声を張った。


「今日の仕事は終わったの?」

「もう定年です……ゼロフル様に「もういいよ。お疲れさん」という事で」

「それは…………いや、そっか……うん、他の仕事探さないとね」

 天使に定年などはない。要するに彼女は「クビ」にされたのだ。

 ゼロフルという神は飽きっぽく、新しいものをどんどん好きになっては古いものを切り捨てていくことが多い。「定年だから」と建前を言って、クビを切る。純粋な天使はそれに気付かないで「お疲れさまでした~!」と笑顔で去っていき、仕事のないまま過ごすのだ。

「定年の天使ですよ? 誰も雇ってくれませんよ~」

 ゼロフルに仕えた天使は騙され、幸せになれない。

 ゼロフルという男神は「伝達」を司る。その為、新しい情報を素早く知り、そしてそれを好み古い情報にはすぐ飽きていく。

「アイツ、私の事何か言ってた?」

「あ…………」

「何?」

「すみません……「定年」のこと、母ちゃんには内緒にねって言われたんでした……忘れてください」

 アイツ……と創造神は後のゼロフルへの処罰を考えることとした。

 

 天界にてゼロフルが統治する領地までは距離がある。

 このまま黙って二人で歩くのも気まずい。そう思ってか創造神はノアに下界がどうなったのかを聞く事にして、ノアは創造神と話が出来るという事に喜んだのか満面の笑みで語る。

 何せ三十七億年だ。その間にどれほど人類が進化をしたのか気になる……勿論、自室に入ってきた女神たちが報告がてら教えてくれたこともある。

「人間の平均寿命が三百に到達しつつあります。と言っても魔力操作に長けていたり、鍛錬をしていたり、何かしらの加護や魔術を施されていたりした場合ですけど……最近はそういう人間が多いので平均値もそれくらいになっています。そうでない人間も二百近くの年数を生きられるようになりました」

「最高齢は?」

「人間ですか?」

「そうだよ」

 笑みを浮かべたノアはその質問に答えた。

「なるほどまだ存命中なのか……良いね。その成長が聞けて私は嬉しい」


 成長、というのは人間の進化の事である。

 曲がりなりにも創造神たる自分は全ての親であって、子である人間たちの成長には一喜一憂し、致し方なしに滅ばせざるを得ない時はそれなりに凹んだりもする。良い成長と悪い成長――今までの人間はそのどちらともを見せてきた。

 今回のは……ズバリ良い成長である。

 ノアの話を聞く限り魔法技術に文明の発展なども、良くない方向には行かず他の世界などでは割と放置されがちな核開発だとかにも手は染めていない。

 以前までは神々の大半が「もう人間に期待するのは止めた方がいいのでは?」と呆れを見せるところまで行ったが……今回はほぼ成功。

「これからは創造神様が直接手を加えたりとか……?」

「ああ、そうしようかと思う」

 その回答の意味するところは少し違うが、返事をする創造神にノアは「それなら少し天界が寂しくなりますね」と呟いた。

 何故……? と聞くのは野暮だ。その理由は勿論知っている。

 創造神は自覚こそしてないが、彼女はあらゆる生物、神々から好かれている――「母さん」だとか「主」だとか呼ばれたり、慕っているものがかなりの割合を占め、その情が行き過ぎて創造神の閨に入り夜這いに掛けたりする神も居るが……どれもこれも愛情表現の一つ。慕われている証拠でもある。


 ――ゼロフルの統治する領地へと辿り着いた。

 所々に天使が飛び交い、他の領地に向かって手紙を運んでいる様子が窺える。

 紙の匂いが辺りに充満しており、本が好きなまま生を終えた人間、小説家に脚本家、そしてそれを受け取りに来ては演技をしに来る下界で名を馳せた女優や俳優などが生活しており、静かな場所と賑やかな場所がはっきり分かれた場所だ。

 その街に入る門の一つ――西門に立つノアの横では、壁にもたれかかり座って燃え尽きた創造神がいた。

「創造神様!!? 大丈夫ですか!?」

 ノアは仕事などで歩く事だけでなく長距離を走ることにも慣れているが、あまり外を出歩かなかった創造神はそうではなかった。ノアと共に出発した地点からこの街までの距離は数十里であり、何時間と歩いた、創造神は途中途中休憩したりもしていたが、いつからかノアは楽しくなり休憩することを忘れ、創造神の手を引いて歩き続けたことが原因と言えよう。

 創造神の傍には「ノア」と神聖文字にて証拠文もとい犯人の名前が書かれていた。

 そして自らの過ちに気付いたノアはひたすら土下座をしていた。


 * * *


 ――街の名を「ヴェルスル」。

 そしてゼロフルのいる場所は中央区ゲトヴェルに建てられた神殿の中だ。神殿に神が居るのは当たり前と言えば当たり前な気がするのだが、創造神のように神殿で生活していない神も少なからずいるのだ。

 神殿はいつでも誰でも入れるようになっている。その理由は下界や天界の情報をいち早く誰からでも得られるようにするためであり、新しい物を好むゼロフルの性格が表れている。

 今の時間帯は下界の基準時刻で言う所の深夜付近。空は明るいが街の人間は寝ている時間帯――しかしながらゼロフルに情報提供をする天使たちの足は動き続け、毎秒毎秒数十もの天使が出たり入ったりを繰り返していた。

「顔の知らない天使たちが沢山居るな」

「ですね……沢山後輩たちが生まれていて嬉しいです」

「私はノアが前向きに生きていてくれて嬉しいよ」

「えへへへ……私を褒めても何も出ませんよ?」

 仕事をクビになったというのに、前向きな意見を述べるノアに創造神は微笑みながら言う。対するノアは体をくねくねと動かし照れくさそうに反応しては歓喜していた。

 天真爛漫ないい子である。クビにするゼロフルはどうかしている!! と言いたいところだが彼は熱しやすく冷めやすい性格なので、一度飽きたら再燃することはあまりない。

「じゃ、一緒に行こうか」

「え!?」

「なに?」

「お供していいんですか!?」

 まさかここまでで大丈夫だよ、という事を自分が思っているとでも思ったのかノアよ。という顔をする創造神にノアは驚いた表情を崩さなかった。

 多分、素面で言っているのだろうが、何せ創造神はゼロフルの神殿の内装をよく知らない。

 それぞれの神の神殿を建築するのは仕えている天使や他の街から来た職人つまりは人間だ。創造神が造る訳でもないのに内装やその機能を知る訳がない。

「た、確かに……」

 この天使は大丈夫か、と創造神はじとりと睨んだ。


 ゼロフル神殿とも呼ばれる神殿内は通路の壁一帯に収納棚が設置されている。

 その中には手紙や情報誌、過去の新聞紙などが入っていて街以上に紙の匂いで充満していた。

 紙の匂いを好む者にとっては天国だ。本を読みたいのならニゲラという知識を司る女神の神殿に行けばいいが、神の匂いを堪能したいが為に来る、もしくは調べたい事件当時の新聞記事を見たい時に来るのが良いだろう。

「ちなみに、あそこの角の収納棚は秘密の記事が入ってるってゼロフル様が仰っていました!」

 収納棚に何が入っているのかは聞いてないが、教えてくれたノアの言葉に「秘密」という単語を聞き入れた創造神は間髪入れずその収納棚を開けた。

 開けようとした瞬間に周りの天使達から「やめなさい!!」などと止められたが、開ける。

「コラァ!! そこは神ゼロフルが機密とした記事の収納棚であるぞ!! 何者だ貴様は!!」

「…………あー……エッチな記事ばっかり……アイツも男、気持ちはわかるけど天界で神聖文字読めるの少ないんだから神聖文字で「開けちゃダメ」なんて書いてちゃ意味わからんでしょ」

「オイ!! 聞いているのか女!!」

 年老いた男性に怒鳴られながら、創造神はどんどん秘密の収納棚を開けていく。

 そしてその横で慌てたノアが男性の説得に入る。傍から見れば修羅場のような光景――修羅場を作り出した本人はただひたすら収納棚を開けていき、男性は怒りの膨張度合いが高まるばかり。

 なんだなんだと騒ぎだす周りの天使や人間たち。


 そして――。

「なになにどうしたよ…………誰か知んないケド俺の神殿内で騒ぎ起こさないでく――――」

 奥の方から一柱の男神が姿を現した。

 ドスドスという足音を立てる足は並の人より二回り太く、その身長は七尺程度の長身さを誇る。

 何より目が行くのはその腹だ。酒を飲み欲のままに食べ物を胃の中へと放り情報収集を天使たちに任せ自分は自堕落な生活でもしていたのか、腹囲は三尺を上回るであろうその腹。

 髪の一部は黒く、大半を占める灰色の髪色。

 たぷたぷと揺れる顎の肉、ちょっとだけ鋭い眼光。後ろ髪を纏めているところだけがちょっとオシャレな感じを出し、体に纏っているのは灰色の背広と、繊維が「限界です」と言葉を発しそうな勢いで横方向に広がる同色の履き物。

「母ちゃん…………!!」

「……知らない……お前誰だよゼロフル」

「言ってんじゃん。名前、言ってんじゃん分かってんじゃん……母ちゃァん」

 「母ちゃん」と発する控えめに言ってぽっちゃりなゼロフルに、創造神はお前など知らんと吐いた。

 それに対する彼は酷いやと嘘泣きをして近付き、創造神に怒鳴っていた老人は創造神がしていた行いを告げ口する。

「え、ちょっと母ちゃん。俺のコレクション見ないでよ恥ずかしい」

「どうせ飽きてるだろ。知ってるぞお前、まだ飽きてない物は傍に置いとくっつー」

「ムヒィーー……覚えてくれてるの嬉しいよ母ちゃん……!」

「……そりゃどうもー」

「あとジェルター。母ちゃんをあまり怒鳴ってるとバチ当たるぜ、仕事に戻って良いよ」

「――御意……」

 創造神に怒鳴っていたジェルターと言う名前の老人はゼロフルの指示に従い、開けられた収納棚などを整えていきつつ作業に戻っていった。

「それで、母ちゃんは何しにここに来たんだよ」

「ノアちゃんの事なんだけど。あとはそうだな……今までちょっと私引き籠ってたからその間に迷惑を掛けたかなと思って……謝ろうと…………」

「ノア?」

「私ですっ! ゼロフル様」

 注目していなかったのか、ようやくゼロフルはノアの方に視線を向ける。

 その瞬間にゼロフルはポタポタと汗を流し、創造神がファリエルに対してやりがちである言い逃れを開始した。

「違うんだよ母ちゃんホラ人の考え方とかってどんどん変わっていくじゃないか。だからその過去の考え方の天使をどんどん定年として解雇していくことにより――――」

「やかましい。伝達の仕事に価値観だとか考え方だとか関係あるか! そもそも天使は皆純粋無垢なんだからこういう事されると神の庇護下から外れたりして堕天使が増えたりするんだよ」

「ハイ」

「バースに報告して…………」

「マジ勘弁してください」

 怯えた様子を見せるゼロフルだが、バースという名前の女神は恐らくこの事を知っているだろう。

 それでも彼女がゼロフルに対して何もしていないのは、彼女の方で何かしらの処置がとれているのだろうか……それは後に確認しておく、と創造神は思考を頭の隅に追いやる。

 とりあえずはノアの事と解雇された天使たちの事はゼロフルから理由(言い訳)を聞けたし、他にやることはファリエルに言われた通り引き籠っていた間の事を謝るだけ。

 しかし、謝る前にゼロフルは言った。

「でもさ母ちゃん。迷惑を掛けたって言ったって俺の仕事と母ちゃんの役割ではほぼ関係なくね?」

 創造神は固まった。

 言われてみれば、確かにその通りだ。創造神の役割と言えば新たな生命に関する仕事であり、または新たな星や空間を創る行為であり、ゼロフルお仕事とそれほど関連性はない。あるとすれば創造神が誕生させたという報せを他の神々に伝える事。

「無駄骨だったか……次は誰に謝りに行こうか」

「その必要は無いぜ母ちゃん」

「は?」

「ちょくちょく俺に仕えてる天使たちが窓から母ちゃんの様子を見て、それを他の神に伝えてるし何か創ってる母ちゃんが活き活きとしてんの知ってんのよ」

 その言葉に、創造神は照れ臭そうに頭をポリポリと掻いた。

 ゼロフルは、度々創造神の創り上げた物を「赤ちゃん」と呼ぶ。次に言ったゼロフルの「出来たの? 赤ちゃん」という言葉には多少の誤解を生む言葉だが、そこに込められた意味を分かっている創造神は「まだ完成じゃないよ」と言った。

 するとゼロフルは唖然として口に出す。

「あの母ちゃんが……三十七億年掛けて尚も完成しない……!?」

「んな大袈裟な」

「いあや大袈裟じゃねえって! “創る”という事に関しては他の追随を許さないあの母ちゃんだぜ?!」

「体自体は完成してんの。あとはそう……目覚めてくれることを願うばかりだよ」

 それまではここで下界であったことの一つ一つ聞こうじゃないか、と創造神はゼロフルに言った。

 ゼロフルは話が上手い。伝達を司るだけあってその話の上手さと言ったら並みの人間は知らないうちに洗脳されているほどであり、洗脳してしまうからこそ下界に降りずに天使たちに仕事の一部を任せている。

 言い訳に関してはあまり上手くないが、嘘をちょっとだけ混じらせる分その話の面白さだけは創造神も高く高く評価していた。


「だがその前に痩せてこい」


 ――数日後にゼロフルは帰ってきた。

 創造神の見知ったゼロフルの姿にノアの驚く様子は創造神のツボに入り、彼女は爆笑する。

 その様子にゼロフルは「ひでえや」と落ち込んで、それを慰める従者である人間たちの様子は傍から見たら混沌状態とも言えようか。

 

 どうやって短期間でそれほどまで痩せたのかと創造神が聞けば「バース様の所に行った」とゼロフルは死んだ表情で答えた。その言葉を聞くや創造神は納得した様子を見せ「いい薬になったろ」と純粋な笑顔を向ける。

「母ちゃんのそういう所、ホント悪魔的だなって思うぜ……」

「誰が悪魔だ」


 痩せたゼロフルの姿は美青年。これこそ創造神の見知った彼の姿だ。

 前は脂肪により喉が圧迫されていたのか声の違いも見られる。神殿の外に出る度天使や人間、女神から黄色い声を浴びて口説いてお持ち帰りすことも可能にしたあの爽やかな声に戻っていた……。

「聞くけど何で太ったん? 利益無くないか?」

「母ちゃんの引き籠り生活が始まってからバース様が母ちゃんの家の方に様子を見に行くことを日課にして……あの方がこっちにあまり来なくなったからちょっと好き勝手出来るって思ったら……うん。……減量期間中の数日間すげえシバかれた……あの方やっぱりこえーよ」

「でもおかげで痩せただろ」

「あと…………「オレがオメーんとこの天使と人間を引き受けてなくて路頭に迷ってたらどう責任取るつもりなんだバカが」って言われた……コワイ……」

「それは反省しろ」

 彼にとって、バースという女神は恐ろしく映るようだ。

 そして切り替えたゼロフルは、下界の現状を語り始めた。


 ――痩せたゼロフルの話によれば、ノアの言っていた通り今回の下界の人間たちは創造神にとって大成功と言える成長を見せているようだった。

 「今回の」の意味は、この天界の下に位置する下界が最初の世界」ではないという意味である。

 正しくは七度目の世界――要約すれば六回滅亡した。

 それは一柱の神が起こしたものであったり、人間の技術により滅んでしまったりと理由は色々。

 七度目の世界が始まったのは三十八億年前と創造神が引き籠る前のこと。

「良好良好。戦争が何度かあるのは頂けないが、今はほぼ停戦状態にあるんだね?」

「ほぼ、だけどね」

 誤解が無いようにとゼロフルは付け加えた。

 戦争に滅ぶ結果が来るのはどの世界を見ても割とありがちな事で、他の世界で一番多いのは神から見ても驚異的な威力、他の追随を許さぬ殺傷能力をを持つ兵器により並の兵器では影響されないはずの地殻変動や気候変動を引き起こし、そして目的外の国にまで被害を拡大させ、人口は減少、食糧難に陥り、人々は兵器の副次効果で毒に侵され病に伏せ、最終的には全てが滅ぶ。

「だから今回も人類に伝達よろしくね、ゼロフル――――核兵器だけは、許してはいかんよ、とさ」

「分かってるよ。今度の人類がそれに従ってくれるかは分からないけど――――」



 * * *


 創造神が作業していたと見られる作業室内はあらゆる書類に溢れていた。

 その資料の殆どには過去のデータに基づいて他の手段を試みる為の論文などが記載されている。

 幾度となく失敗を重ねた跡、暗い室内の入り口近くには資料の詰まった箱が何箱も置かれており、それが人間たちが喉から手が出る程に欲しい情報であったり、どんな財宝にも代えられない知識であるのは明白。

「ちゃんと整理しなくては……」

 資料があるのはこの作業室のみではなく、地下室にも存在する。

 何せ三十七億年分のデータ――その量をこんなちっぽけな一室に収納など出来るものか。

 引き籠っている間、片付けをしている間も創造の事を考えていたのだろう――廊下には運ぶ途中に落ちたと見られる書類が数えきれない程落ちている。

 いつもこの掃除はこちらがやるというのに、落とした張本人は「メンゴメンゴ」などとふざけた物言いで平手一つ顔の前に立てて済ませようとする――本当に困った神だ。


 今、創造神の自室にちょこんと座るあの少女が目覚めた時、どうするつもりなのだろうか。

 いや、本当は分かっている――下界に降りて、一緒に旅をしたり幸せな時間を手に入れて暮らしたりするのだろう。


「羨ましいですね」


 ファリエルの心の中に嫉妬は欠片ほどもなかった。

 彼の司る事物は『運命』――天使であるのに権能を持つ異例の彼はその権能から、創造神が何かを永い時間創り始めてからというものこういう運命を感じ取っていたのである。

 むしろ心の底から溢れてくるのは嬉しさだ。

 “最初”の頃から、ずっと横で見ていて心配だった――この人は我ら、生み出しものを「子」として見ているから。

 彼女の愛する者は一体どこにいるのか気がかりだった。同性なのは思うところがあるがそれでも愛する人を見つけられたのだ。正しくは創り上げているけれど、それでもファリエルは嬉しかった。

 この人形少女は彼女を幸せにしてくれるだろうか。


 ファリエルは近くの収納部屋からひとつの玩具を持って来ては組み立てて遊ぶ。

 それは過去に創造神と旅をしていた時に別の世界より持って来た列車の玩具だ。


 汽笛を鳴らせ、線路を進め、とこの玩具の持ち主である少年は遊んでいたものだ。

 その少年は病気の身で「大事にして欲しい」と創造神に渡し、それをファリエルが譲り受けた。創造神が遊ぶにはやや幼稚過ぎたか? と当時は思ったが、彼女は「お前の方が大事に扱いそうだ」と言ったときは「ああ、この人はちゃんとしてる」と思った。


「――――と、そろそろ主が帰ってきますね」


 楽しい過去を振り返りつつファリエルは暫く列車の玩具で遊んだ後、片付けながら少女に思い出を語り掛けていた。


 * * *


 くしゅん、という声が辺りに響く。

 ファリエルが椅子に座る少女に話し掛けていた頃、創造神は帰りだった。

 くしゃみをする彼女にノアは「可愛い」と思いながら大丈夫ですかと声を掛け、創造神は大丈夫と答える。

「ファリエルが愚痴を言っているな」

「あの方、愚痴とか言うんですか?」

「三十七億年の鬱憤が溜まっているに違いない……きっと物凄い量の愚痴を……」

「ファリエル様は人格者ですからそんな事は無いと思いますけど……」

「……話を変えるが、ノアちゃんは私の神殿で働くと良い、うちは自由だからね。そうすればきっとノアちゃんの知らないファリエルの姿とかも見れるさ、見物だよ。多分」

「よろしいんですか?」

「もちろんいいさ。もしノアちゃんに意地悪を働くような輩が居たらファリエルに言いな? 私からもアイツに、かなり厳しめな処罰を下す様に言っておく」

「あ、ありがとうございます……」

 いいって事さ、と創造神は一言返した。

 手をひらひらと振って、お辞儀するノアに「ばいばい」と声を掛ける。

 スキップをしながら神殿の方角に向かっていく彼女にくすりと笑って扉を閉めた。

 室内に目を向けると、あれほど散らかっていた廊下は綺麗に片付いており思わず創造神は「おお……!」と声を漏らし、お礼の一つや二つ言っておかねばなるまいとファリエルの気配を辿り厨房に向かう。

 ケーキでも作っているのか、甘い香りがする。

「――――ちゃんと謝って来ましたか?」

 帰ってきた事を察知してか、ファリエルの声がして創造神は「勿論だよ!」と鼻息を荒く元気に返すが、彼は「その調子だと謝っていませんね? 貴女のことですからゼロフル様の所しか行ってないと見た」と嘘を見破る。

「それはそうと帰ってきたの何で分かった……? ちょっと引く……もしやじーぴーえすって奴で監視でもしてんの? ストーカーか?」

「ゼロフル様に頼んでおきましょうね…………『神々よ。主は汝らの身をご所望だ』と伝達を……」

「ヤメロヤメテ……」

 怯えた様子を見せると「冗談ですよ。七割」と返された。

 そして、ファリエルは続けた。

「ところで、主よ」

「あ?」

「おはよう、とでも一言掛けてきたらどうです?」

 最後まで聞き入れずとも、創造神は走っていた。

 片付けられていなければ躓いていたところだ。ずっと欲しかったものが自分の部屋にあると知らされた子供のように、その瞳は希望に満ち溢れ、その心は歓喜に満ち溢れていた。

 「ははは、そんなに?」とファリエルの笑い声が背の方より聞こえてくる。

 だけどもそんな事はどうでも良かった。

 もはや泣きそうな気分で、その涙は悲しい涙でなく嬉し涙。


 今まで何度も色々な物を創っていたが、創ったものがちゃんとした形で動いてくれた時の嬉しさはいつになっても変わらない。


 扉を開ける。いきなり開けたら驚くと思って静かに開けた。

 椅子に座った人形少女は人形少女でなくなっていた――れっきとした少女で、その多彩色で見る人すべてを魅了するかの如き美しい瞳がこちらを映していた。

 ごくりと生唾を飲みこみ、何か言おうとしたが創造神は何も言えずに立ち尽くす。

 人形少女として動かなかった姿と生きている姿でこうも違うのか、創造神はその姿にがっちりと心を鷲掴みにされ瞬時に緊張してか体は動かない。

 ――――これが恋が生み出す心理現象というやつか?

「あ……」

 ようやく声を出せたが言葉として形が成せない。

 初めの言葉が肝心なのは当たり前だが、考えていた言葉のすべてがまっさらになってしまった。

 ぱちくりとこちらをじっとみる少女があまりにも美しい。何か一言を言わなければこれから彼女と何もやっていける自信が身に付かない……何か一言、何か一言。

「あ……愛しています。好きです……」

 盛大に間違えた。

 辺りから空気のズッコける音が聞こえてきた気がした。

「じゃなくて…………お、おおおおおおお…………おはよう」

 ようやく言えた、そのおはように少女はきょとんとした顔で言ったのだ。

「すー……き、で、す。お、おぉはーようぅ……?」

 声までも美しい。

 一粒で二度おいしいとはこの事だったのか、と創造神はあまりの感激さにばたんと後ろに倒れ、不気味な笑みを浮かべ涙を流し、満足した顔で気絶し、そのまま創造神は眠った。


 新しい「元人形少女は神様と行く」をどうぞ暇潰し程度にお楽しみください

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