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喋ることをしない彼女と筆談したら彼女の痛みを取り除き彼女が美女へと変身した

作者: 来留美

俺にはずっと好きな人がいる。

その人がどんな人なのかも分からないし、名前も知らない。

そして一番は顔さえも知らない。

知っているのはあの優しい声だけ。

俺にはその声が神の声に聞こえたほど彼女の声は俺の心にスッと入ってきた。

あれは俺がまだ中学生の頃だった。


◇◇◇◇


俺は部活の試合で負けて一人で家へ帰っていた。

あと少しで勝てた試合なのに。

俺のミスで負けた。

俺は自分を責めていた。

帰る途中の歩道橋の上で空を見上げた。

涙が流れるのを阻止していた。


「どうしたの?」


いきなり女の子に話かけられた。

声からして俺とはあまり変わらない歳だと思う。

俺は涙が流れないように上を見続けた。

だから彼女の声しか知らない。


「何かあったの?」

「俺のせいで試合に負けたんだ」

「あなたは頑張らなかったの?」

「頑張ったよ。でも、俺のミスで負けたんだ」

「自分を責める前に頑張った自分を褒めてあげたら?」

「君には分からないよ」

「うん。分からないよ。でも泣くぐらい悔しかったんでしょう? 悔しいのは頑張ったからよ」

「そんなの分からないだろう?」

「あなたが頑張ったのは今のあなたを見れば分かるよ」

「何で君は俺に優しい言葉を言ってくれるの?」

「あなたから目を離せなかったからよ」

「俺から?」

「そうよ。あなたの涙が夕日で光って私の目に入ったの。すごく綺麗だったよ」

「泣いてるの見られてたんだ。恥ずかしい」

「泣いたらダメなんて誰が言ったの? 泣きたいときは泣いてもいいと思うよ」


彼女の言葉で俺の我慢していた涙は流れ出した。

俺の頬を通って地面へ落ちていく。


「泣いていいんだよ」


そう彼女は言って静かに俺から離れる。

俺は彼女の顔を見たくて流れる涙も気にせずに彼女を見た。

でも彼女の後ろ姿しかなかった。


「なあ、名前くらい教えてよ」

「私達の出逢いが運命ならまた会えるわよ」


彼女はそう言って見えなくなった。

それから俺は彼女に恋をしている。

あの優しい声の彼女に。

俺は高校生になり、近くの高校に通っている。

高校生活は普通に楽しかった。

そんな高校生活が半年ほど過ぎた頃、俺は気付いたことがある。

クラスに眼鏡をかけて、髪は二つ結びの三つ編みで誰とも話さない女の子がいることに。

俺は彼女が気になった。

なぜ一人でいるのか?

なぜ誰とも話さないのか?


「ねえ、何で一人でいるの?」


彼女は何も言わない。


「聞こえてる?」


俺がそう言うと彼女はうなずいた。


「一人がいいの?」


俺が聞くと彼女はうなずいた。


「俺と話したくない?」


彼女は首をブンブンと横にふる。

俺には意味が分からない。

俺と話したいのに彼女は喋らない。


「筆談する?」


俺が言うと彼女はうなずいた。

俺はノートを出して彼女に渡す。


「どうして一人がいいの?」

『一人でいた方が楽だから』

「じゃあ何で俺と話すの?」

『何でだろう? あなたは他の人達とは違うからかな?』

「俺が違う?」

『そう。あなたの目は私の知っている人の目にそっくりなの』

「その人って、君とどんな関係?」

『分からない』

「分からない? 知ってるのに分からないの?」

『うん。彼のことは何も分からないの』

「そっか。その彼とは話せるの?」

『話せると思う』

「そこも曖昧なの?」

『うん。ずっと会ってないから』

「そっか。それなら彼と会った時に話せるように俺と会話の練習しない?」

『練習?』

「そう。俺と喋れるようにしようよ」

『あなたはどうしてそんなに優しいの?』

「俺も昔、優しくされた経験があるから」

『その人はあなたの大切な人なのね?』

「えっ」

『あなたの目を見れば分かるよ』

「君には何も隠せないね」


それから彼女と俺は毎日、筆談をした。

彼女は喋らないが、楽しかった。

ノートはどんどん彼女の字でいっぱいになっていく。

もう、何冊目だろう?


『私ね、いじめられてたの』


彼女はいきなり俺にノートを見せてきた。


「だから話さないの?」

『それもあるけど他に理由があるの』

「何?」

『私には姉がいたの』

「お姉さん?」

『私の姉は病気で天国に逝っちゃったの』

「亡くなったの?」

『私のせいで』


彼女はノートに大きな字でそう書いた。


「でも病気でしょう?」

『私のワガママで姉は買い物に出たの。そして病気の発作が起きて一人で道端に倒れてたのを通行人が見つけて救急車を呼んでくれた』

「そんなことが……」

『だから私は話さない。もう、ワガママを言わない』


彼女は目にいっぱい涙を溜めて上を向く。


「何で上を向くの?」


彼女はその理由を教えてくれなかった。


彼女の過去を聞いて俺は彼女がどんな気持ちで今まで生きてきたのか考えると苦しくなった。

彼女はそれ以上に苦しいはずだ。

彼女は一人で自分を責めて自分を苦しめて。

俺には何も言えない。

彼女にかけてあげる言葉が見つからない。

俺は彼女よりもいろんな人と会話をしてきているのに。

こんな大事な時に俺は何も言えない。

しかし、彼女にどんな言葉を言っても意味がないのかもしれない。

彼女は言葉を、喋ることが嫌いなのだから。

それなら俺ができることは…………。


俺は彼女の腕を持ち、手を引いて教室を出る。

そして誰もいない屋上へ来た。

そして彼女を抱き締めた。

彼女は驚いていたが嫌がることはなかった。


「俺には君の痛みは分からない。でも君は一人じゃないから。俺がいるから」


彼女は泣きながらうなずいた。

彼女の痛みを少しでも俺が取り除けたらいいのに。

俺は心からそう思った。


そして次の日、彼女は別人になっていた。

そう、眼鏡をつけてなくて、二つ結びの三つ編みもなくて。

誰もが口を揃えて言う。


「誰だよ、あの美女は?」


俺もその言葉を言ってしまった。

するとその美女はノートに字を書いて見せてくれた。

ノートにはいつもの可愛い字で大きく書いてあった。


『ありがとう』


俺は彼女の心の痛みを取り除けたのか?

でも彼女はまだ喋らない。

それでも少しは取り除けたんだと思う。

彼女はその日から学校の有名人になった。

彼女の呼び名は“無言の美女”なんて言われている。

それからも俺と彼女は筆談をして会話を楽しんでいた。


そんなある日、事件が起きた。

彼女が教室にいない。

さっきトイレに行くと言っていたがもう、授業が始まる。

おかしい。

俺は心配になって教室を出てトイレに向かった。

女子トイレに入ることはできないので近くにいた女子に頼んで中を確認してもらったが彼女はいない。

俺は彼女を探した。

胸騒ぎがする。

すると微かに声がした。

俺には聞こえた。

そう、あの日のあの声が。

俺が聞きたくて仕方なかった声。

恋した声が。


「助けて」


俺は声がした方へ走る。

体育倉庫だった。

ドアを開ける。

彼女が壁に追いやられ男が彼女の口を押さえている。

その光景で俺の何かがプツンと切れた。

その後のことはよく覚えていない。

ただ彼女が泣きながら俺を止めていたのは覚えている。

あの声で。



俺達は放課後の教室で二人でいた。


「ごめん」


彼女は何も言わない。

俺は彼女の声を聞きたくて彼女を見つめる。


「どうして謝るの?」


彼女の声は優しい。

やっぱりあの声だ。


「俺が傍にいるって言ったのに、守ってあげられなくて」

「守ったよ。ちゃんと守ってくれたよ」

「でも、あんな思いはしてほしくなかった」

「私は大丈夫だよ。だってこれからもあなたは私を守ってくれるでしょう?」

「当たり前じゃん。君は一人じゃないんだよ」

「やっぱり喋るのっていいね」

「うん。君の声を聞けてよかった。あの日の彼女に会えてよかった」

「あの日?」

「俺の恋した声の彼女」

「私が?」

「そうだよ」

「私はあなたを知らないよ」

「えっ。歩道橋の上で話したよね?」

「歩道橋? あっ、もしかしてあの泣いてた彼?」

「えっ?」

「私があなたを見つけたの。涙が夕日に照らされてすごく綺麗で、姉に言ったの」

「それじゃあ、あの声は君のお姉さん?」

「そうだよ。私もあの時の姉と同じ歳だから声が似てるんだろうね。姉に似てる声なんて嬉しい」


彼女は嬉しそうに笑っている。


「俺も嬉しい」

「あなたも?」

「君の大好きなお姉さんに会ってたなんて」

「あなたの好きな人でしょう?」

「そうだね。好きだった人」

「好きだった人?」

「君のお姉さんの声は俺の心にスッと入ってきて俺は声に恋をしたんだ。でも、その声はもう聞けない」

「そうだね」

「でも俺はまた新しい声に恋をしたんだ」

「新しい声?」

「君の声」

「私の声?」

「君の声を聞いた時、あんな小さな声でも俺には聞こえた。それは君の声に俺が恋をしていたから」

「でも、初めて聞いたでしょう?」

「さっき思い出したんだ。初めてじゃないんだ」

「えっ」

「あの日、俺が泣いていた日。俺はもう一人の声を聞いていたんだ」

「それが私の声?」

「そう」

「何て言ってたの?」

「君は覚えてないの?」

「思い出せないよ」


俺は彼女と筆談していたノートを出す。

そしてそのノートに大きな字で書いた。


『私、彼の涙が好きだよ』


すると彼女は目に涙を溜めて俺に言った。


「その後、姉が言ったの。私達の出逢いが運命ならまた会えるわよってね」

「その言葉、俺もお姉さんから聞いたよ」

「姉は私達を巡り逢わせてくれたのかな?」

「もう一度お姉さんに会いたかったなあ」

「私も会いたい」


彼女の涙は止まらない。

俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。


「泣いていいんだよ」

「それも姉の言葉ね」


彼女はそう言って上を向く。

彼女の涙が夕日に照らされて綺麗に輝く。


「綺麗だ」

「えっ」


俺は呟くように無意識に言っていた。


「君の涙も、君も。全てが綺麗だ」


俺がそう言うと彼女の涙は止まり、顔が真っ赤になった。

照れているようだ。


「ねえ、最後に筆談しようか?」

「うん」


俺が彼女に聞くと彼女は返事をした。

そして俺がノートに書く。


『俺は君を一人にしないから君は安心していいよ。君の声は誰も傷つけないから、だから俺とたくさん話そう』


そして彼女がノートに書く。


『私はあなたの心の安らぎの場所になりたいの。あなたが涙を流して泣ける場所になりたい。だからたくさん話そうよ』


そして俺達はノートを閉じる。


「君が大好きだよ」

「私も、あなたが大好きよ」


彼女の声は俺の心にスッと入ってきた。

読んで頂きありがとうございます。

楽しんで読んで頂けたら幸いです。

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