とにかくイケメンな女子・クラスメイトの日向さんからの告白をうっかりスルーした結果
放課後の部室にて。
「ふう」
二時間ほど前から読み始めた本。それをキリのいい所まで読み終えた僕は、一息ついてから栞を挟んで閉じた。
文芸部の活動として好きな小説を持ち寄り、時に語り合う。それは大したことの無い放課後の一コマ。だが、僕にとってはとても大事な時間だ。
「そろそろ帰ろっか」
僕と、クラスメイトの日向さん。
文芸部に部員は二人しかいない。
文芸部だから本を読むのがメインではあるし、僕は目立たないタイプだが悪目立ちもせず、基本的には誰とでも仲良くできる方だ。
とはいえ、異性で二人きり……気が合うかは重要。
最初こそよそよそしかったが、今では本の貸し借りをしたり、他愛ない話をしたりと、それなりに仲良くできていると思う。
日向さんはなんてことはない時間を楽しく過ごせる、大事な相方だ。
さあ帰ろう、となった時──
「さ、斉木くん……」
その相方である日向さんは扉に向かおうとする僕を、躊躇いがちに呼び止めた。
呼び止めたはいいが、日向さんの様子がおかしい。暫く黙ったあと、逡巡する様子を見せたり、こちらを睨みつけたり。
余程言い難いのか、何度か名前を呼ばれるも、なかなか続きが出てこない。
「日向さん?」
「斉木くん、実は……!」
だが数度目。覚悟を決めた感じのいつもより強い口調で、彼女はようやく続きを発した。
「あの、つ……付き合って……くださいっ!」
日向 皐月さんはイケメン女子──つまり、カッコイイ系女子である。
ロングストレートの黒髪で高身長の彼女は、とにかく凛々しく……そこら辺のイケメン男子など屁でもないくらいのイケメンである。
実際、女子に超モテる。
長身痩躯、キリッとしたツリ目がちの涼し気な目元。寡黙で硬派だが女子には親切で、時折発せられる声はハスキー。しかもイケボ。
だが彼女のイケメンぶりは、見た目だけではない。
今日も──
日直の小柄な池野さんが届かない位置に書かれた黒板の文字を消そうとジャンプしてよろけたところをすかさず支え「大丈夫?」と耳元で囁いたことで結果的にイケボにやられた池野さんが腰砕けになってしまったのをお姫様抱っこで保健室まで運ぶ
──という、スパダリ風イケメンコンボを炸裂させていた。
女子から上がる黄色い悲鳴も納得の、イケメン離れ技である。
だが、それだけではない。
皆は気付いていないが、池野さんが倒れてしまった代わりに、日直の仕事をやっていたのを僕は知っている。
こっそりとやるあたりが、イケメンオブイケメン、陰日向なくイケメン……イケメンの鑑である。
そんな日向さんだが。
彼女が寡黙なのは、実は照れ屋で奥ゆかしいからなのだ。
一緒にいるようになってわかったのだが、彼女はそういう人なので、人にものを頼むのは得意ではない。
文芸部に所属しているのでもわかるように、本当は目立つのが苦手らしい。女子にしか優しくないのだが、それも男子が苦手なだけだ。
だから彼女は大変な仕事を一人でやっていることもあった。
だから僕は、ちょいちょいそれを手伝っている。
僕──斉木 信幸は地味で人畜無害面、愛想だけはいいのが取り柄。
だからなのか人から物を頼まれることがとにかく多く、日向さんがやっているようなことは、大体廻りに廻って僕にも頼まれる。
日向さんの人となりを知ってからは、誰かに頼まれるより先に自ら彼女に声を掛けるようになった。
どうせ似たようなことをさせられるのなら、日向さんの手伝いをしたい……という気持ちから。
だが今は少し違う。
日向さんはイケメンだが、素直。
「手伝う」と申し出ると、少し頬を赤らめつつはにかみ、小声で礼を言う。
滅茶苦茶可愛い。
ギャップ萌えである。
二次元ではツンデレ萌えの僕も、この時ばかりは『素直って…(溜め)…最高だよねッ!』と全人類に訴えたい気持ちになる。
そして、全人類に訴えたい反面、このことは秘密にしておきたい。
これは手伝った僕だけが知る特権。
最早その為に手伝っていると言っても過言ではない。
だから、僕は驚いた。
(た……頼まれた……だと!?)
日向さんの口から頼まれるのは、本当に珍しいことだ。
いや、初めてかもしれない。
(頻繁に手伝っているのが功を奏したのだろうか……!)
大したことではないが、これはちょっと嬉しい。
いや、かなり嬉しい。
頼むのに慣れてない日向さんの表情は緊張気味で、いつもより顔が赤く、声は上擦っていた。今も俯いていて、そのため時折上目遣いになりながら、チラチラともどかしげに僕を窺うのだ。
なにそれ!? 超可愛いな!!!
いつも通りに振舞っているが、内心のテンションは爆上がりだ。それを隠しつつ、極力さり気なく答える。
「──うん……勿論いいよ! どこへ?」
この斉木、どこへでも付き合う所存!
僕は非力だが、体力はないでもない!!
普通くらいにはある!
──だが
「…………」
「…………」
(……あれあれ?)
何故だか彼女は動かない。
俯いて顔を赤くしたまま。
可愛いから見ていたいけど、流石に長い。
少し気まずいので、声を掛けてみることにした。
「あの、日向さん?」
「…………バカ」
小さくそう言うと、日向さんは扉を開けて出て走り去った。
勿論追いかけようとしたものの、ハスキーイケボでの『バカ』という呟きにやられてしまった僕は、その衝撃に胸が高鳴り、即座に動くことができず。
運動神経抜群の日向さんの脚は速く、僕が追い掛けた時には、もう姿は見えなくなっていた。
日向さんの下駄箱に既に靴はなく、仕方ないので一人、帰路に着く。
その道すがら、脳内で状況の整理を試みた。
──あれはもしかして、告白だったのだろうか。
「いやいや……」
僕はその可能性を即座に否定し、自らの大それた勘違いを鼻で笑う。
大体あれが告白だったら、なんで今僕は一人で帰っているというのか。それがまさに誤解であることの裏付けに思える。
──それはそうと、
(今日の日向さんは更に滅茶苦茶可愛かった……ッ!!)
なんだかモジモジしていたし、言葉も噛んでいた。あれは頼みなれてないが故のモノだと思っていたけれど……とにかく可愛かったということだけは間違いない。
ハスキーイケボでの『バカ』という呟きは、ご褒美的なトドメであり、思い出すとなんかもう色々ヤバい。
あれはヤバいやつだ。
意味なく走るしかないやつだ。
そして意味なくダッシュした僕は、息を整えているうちに、ようやく考えるに至った。
『バカ』と言われた理由について。
「──ええええええええええええ」
意識せず声が漏れ出す。
(……あるのか?! ある気がするッ!!)
告 白 だ っ た 可 能 性 !!
(そんな!? ……有り得ない!!)
そして自分の行動を振り返って愕然とした。
『付き合う』を勘違いするなんてベタなボケ……通常ならば、僕だってやらかすわけがない。
しかし、イケメン日向さんは、イケメンだがやはり女子……普通に美人さんである。
クール女子は青少年らの『クーデレ』という妄想に強く訴え掛ける崇高な存在であり、陰ながら憧れる男も多く、日向さんはまさにそれ。
皆そっと見守っているだけであり、学園の影のマドンナ、と言っても過言ではない。
(やはりそう簡単には信じられん……)
──でも、もしかしたら。
家に帰ってもずっと、その可能性にニヤニヤしたり、我に返って否定したりを繰り返す。その間に今日の日向さんが脳内で鮮やかに蘇り、床を転がったり、無意味な動きをしたりしながら悶々と過ごした。
(とにかく!! 明日からも普通に接しなければならない……そう、何事も無かったように過ごし、様子を窺うのだ……!)
やっぱり勘違いだった場合、気まずくなどなりたくはない。
変に期待しちゃって、放課後一緒に過ごせなくなるのは絶対に嫌だ。
別に大それたことは望まない。
穏やかに一緒に過ごしている時間を続けるだけでいいんだ。
(──うっわ! 僕コレもう日向さんのこと……ッ!!)
気持ちを自覚してしまった僕に、それができるのか、という疑問を抱きつつも……
とりあえず、また床を転がった。
翌日、『平常心』を心掛けて登校すると、クラスの様子がなにやらおかしい。
ザワついている。
(ええええええええええ!!!??)
いきなり乱される心。
『平常心』どうした。
──原因は、日向さんだ。
何故かイケメン日向さんは、そのクールさの象徴ともいえる黒髪ロングストレートを、ツインテールにしてきている。
(仮にあれが原因としても……どうしてツインテ?!)
しかし、そこもまた平常心であるべき。
僕はなるべく普通に挨拶をすることにした。勿論ここは、ツインテにも触れるべきだ。
「日向さんおはよう。 珍しいね、下ろしてないの」
似合う似合わないで言ったら、完全に似合っていないのでそこはぼかしておく。
本人も恥ずかしそうにしている……罰ゲームかなにかだろうか。
(はっ! もしや告白も罰ゲームでは?!)
平常心とはかけ離れた心でそんなことを思いつつ、平常心を装いながらも日向さんから目が離せない僕。
似合ってはいないが、髪を上げてるせいで恥ずかしそうな表情がバッチリ見えるのが気にかかる。
そんな可愛い顔を晒してはいけない。
今すぐ隠したい。
それに少し焦り、どう上手く言おうか考えてた僕に、日向さんはぷいっとそっぽを向いて言った。
「…………別に、斉木くんには関係ないんだかっ……」
──バサリ。
そっぽを向いた拍子に、日向さんの机からはみ出ていた本が落ちた。
「あ、本が」
「…………ッッ!!!!」
その本を拾おうとすると、日向さんは物凄い勢いで奪うように拾う。
表紙を隠すようにしていたが……バッチリ見てしまった。
それは3日前、僕が彼女に貸した本。
「斉木くんの、推しヒロインの出てる小説、貸して」……そう言われて貸した、ツインテのツンデレ幼馴染みが出る、ライトノベル。
「き……汚い手で触らない、で」
日向さんは真っ赤になりながら、物凄く言いづらそうにツン台詞を吐いた。超小声で。
可愛くない台詞なのに、その可愛さたるや。
全くツンツンしておらず、申し訳なさと羞恥がとても伝わってくる。いけない台詞を無理矢理言わせているみたいで、変な性癖が芽生えてしまいそう。
(いやいや日向さん、君は今までのままでいい……)
そう言いたかったが、全てを理解した僕も真っ赤になってしまい、上手く言葉が出てこなかった。
なんだかんだで、それをようやく言うことができたのは、お昼休み。
手作りのお弁当を押し付けるように机に置いた日向さんが、「いつも貧相なものばかり食べているから、見かねて作ってきてあげたのよ。 心して食べなさい」という台詞を物凄い棒読みで言うだけ言って去ろうとしたのを、追いかけて捕まえた時のことである。
「そういうのもアリだけどっ……いいいいつもの日向さんのが……かっ可愛い!」
噛んだ。結構な勢いで。
超小声でもう一度「可愛い」と言ったけど、その時の可愛い日向さんの顔を見るのは、恥ずかしくてできなかった。
次に顔を上げた時、日向さんは真っ赤になりながら、そそくさと髪をほどいていた。
なにそれ超可愛い。
そのままの流れで、お昼は部室で一緒に食べた。
「うん、美味しいよ!」
僕の大したことない普遍的な褒め言葉に、日向さんはツンデレ台詞ではなく「ありがとう」と言ってはにかんだ。
──やっぱり日向さんの可愛いところは、秘密にしておきたい。
今、とてつもなくそう思いながら、どのタイミングで「付き合ってください」と言うべきかで悩んでいる。
お読み頂き、ありがとうございました!