お前やる気あんのか?
バチクソ真面目な回です。厳かな気持ちで読んで下さい。
「良い夜だ……」
飛行船の後部甲板にて、鋼牙はワイングラスに注がれたただの水を優雅に飲んでいた。
ワイングラスに注いだのは気分の問題である。
「あの星のどれかが地球なのかもなぁ……」
世界が違うので地球は無いのは分かっている。言ってみたかっただけだ。
「これからどうなんのかなぁ……」
深い溜め息をつく。彼が急に夜空を見上げ始めたのは、昼に自分が友人のようにフランクに接していた二人の少女が実は王族だったことを知り、不安になったので気分転換をしようとしたから。
つまりは現実逃避である。
「しっかし綺麗だなマジで」
鋼牙は見上げる夜空には、空一面が天の川になったかのような満天の星がちりばめられていた。
地球では決して見ることの出来ない美しい夜空に暫し現実を忘れる。
「コウガ様」
「あーーーー!!!!せっかく現実を忘れてたのに!!」
「す、すみません……」
苛立つ鋼牙は話しかけて来たファルに八つ当たりする。
「あー、すまん。ちょっとイラついててな。なんか用か?」
「は、はい。聞きたいことがありまして」
「なに?」
「コウガ様は」
復讐する気があるのですか?
それはけっこうな威力の爆弾だった。
とりあえず空気を凍りつかせるほどには。
「……あー、急にどうした?」
一応聞いた理由を尋ねる。
「コウガ様は望んでもいないのにこの世界に拉致され、使い物にならないと追放され、その上腕を切られ、顔を焼かれ、家を燃やされ、住み処も二度も追い出されました。なのにコウガ様は勇者にも、予言者にも、何もされません。それは何故ですか?」
「質問してるのはこっちだ。何故それを聞く?」
「……コウガ様の苦しみが、少し分かる気がするからです。私も多くの人間を憎みました。その憎悪はコウガ様にも負けないでしょう。私は今でも、その憎しみを忘れていません。忘れられません。それはコウガ様も同じだと思います」
「……そうだな。理由は大きく2つある」
「2つ?」
「一つ、『今』を壊したくない。俺がもしクソ女を殺せば、勇者を殺せば、俺達は世界の敵になる。そうなれば今の、変態共がバカやって、トンデモ魔道具作って、ファルとマーガレットに怒られる。こんな『今』は壊れちまう。それは嫌だ」
「もう一つは……?」
「もう一つは……分からなくなった。クソ女はクズだし、勇者はアホだが、奴らを信じる民衆は幸せそうだった。勇者様がいるから頑張れる。勇者様がいるから安心して暮らせる。その大多数の幸せを俺一人の憎しみで壊していいもんなのか分からない」
「それは……」
「俺が怒りを飲み込めば、俺が恨みを忘れれば、俺が憎しみを捨てれば、すべてが丸く収まるんじゃないか?そう思ってしまった」
「……」
「俺は結局人を心から憎めないんだ。平和で平等な安息の世界で育ったからな。だから復讐が正しいのか、分からなくなったんだよ」
「……よしよし」
急にファルが鋼牙の頭をなで始める。
優しく、ゆっくり、泣く子供をあやすように。
「……おいおい、俺は8歳児にあやされる歳じゃないぞ?」
「……いいんですよ、今は。歳とか関係なく、撫でなきゃいけない時です」
「…………」
「私は、コウガ様に助けられました。コウガ様は絶望の中で踞っていた私を、明るい世界に引っ張り出してくれました。なので……」
ファルが鋼牙の両頬に手を当て、自分と正面に向き合わせる。
「コウガ様がどんな道を選んだとしても、私は貴方の隣にいます」
そう言ったファルは、夜を吹き飛ばすように眩しく笑った。
「……ありがとう。マジありがとう」
「私だけじゃありません。ジェントーさんも、マッスルさんも、マーガレットさんもピエールさんもバングさんも、皆コウガ様に付いて来ると思いますよ?」
「……そうだな!じゃあまぁ復讐は一旦保留ってことで!!」
「はい!!」
正しいのかは分からない。間違ってるのかすら分からない。
だがとりあえず……
今はこれでいいだろう。
~完~
「いやだから終わんねぇって」
ざまぁが遠退く……
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