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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第4章 もう、夢なんて見ない~ミハルの闘い~
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みんな、無事でいて

 参議院議員会館から外に出ると、すでに議事堂の周りは警察の車両が取り巻き、頭上にはヘリコプターまで飛んでいる。

 白石はタクシーをつかまえて、「表参道まで」と告げる。


「えっ、待って。どこに行くの?」

「オレのマンション。ひとまず、そこに隠れよう」

「どういうこと? そんなことしてられないでしょ。怜人をすぐに助けに行かないと」

「だから、ムリだって。多勢に無勢なんだから。向こうは武器を持ってるんだよ? 少し頭を冷やさないと」


 ――何、この人。なんでこんなときに、頭を冷やそうなんて言ってられるの?


 美晴は運転手に、「国立劇場の方に行ってください」と告げた。

「いやいや、何言ってるの? 寄り道してる場合じゃないよ?」

「だって、事務所のみんなに知らせないと。みんな、動画をアップされるのを待ってるんだから、失敗したことを知らないでしょ?」

「ダメだよ、ダメ。事務所は危ないから」

「危ないって?」

 白石は、しまった、という表情になった。

 

 ――この人、怪しい。


「お客さん、どうします?」

 赤信号で車を止めて、運転手は困ったようにバックミラー越しにこちらを見る。

「表参道でいいから」

「ハイ」


 信号が青に変わって走り出そうとした瞬間、美晴はドアを開けて飛び出した。

「あっ、ちょちょちょっと」

 白石の慌てた声が背後から聞こえる。気にせず、美晴は反対車線を全速力で横切った。早朝で車がほとんど通っていなかったのが幸いした。

 走りながらヘルメットを脱ぎ捨てる。


 ――いつから? いつから、バレてた?


 走りながら、美晴は考える。ちょうど目の前をタクシーが通りかかったので、止めて乗り込む。


 ――あんなに大勢の機動隊が議事堂にいたってことは、夜中に待機してたってことだよね。事前に知らなきゃ、そんなことはできない。いつ? 誰が? どこから話が漏れたの? もしかして。考えたくはないけど……。


 突然、タクシーは信号もないのに減速して停止した。

「こんなところで渋滞なんて、何かあったんですかね」

 嫌な予感がした。


 美晴は「ここで降ります」と料金を払って外に出た。道路は両車線とも車の列が連なったまま、動いていない。

 走って事務所に向かうと、通りの向こうに警察の車両が何台も止まっているのが見えた。そこで車の流れが止まっているのだ。


 美晴は立ち止まるしかなかった。

 警官がひっきりなしに出入りしているのは、間違いなく、怜人の事務所だ。事務所のスタッフが、次々と警官に連行されている。マスコミも来ているようで、スタッフが事務所から出てくるたびに何十ものカメラのフラッシュが焚かれる。


 ――千鶴さんは? 陸君……!


 そのとき、美晴は腕をつかまれて、飛び上がるぐらいに驚いた。振り向くと、千鶴と陸が立っている。二人とも、ボストンバッグやリュックを持って、呆然とした面持ちでいる。


「千鶴さん! 陸君も……よかった、無事で!」

 思わず美晴は千鶴に抱きつく。

「美晴さんも……!」

 千鶴は震えていた。


「陸が、忘れ物をしたって、途中で取りに戻ったの。美晴さんにもらった『モモ』を、玄関に置き忘れちゃって……取りに帰ってからここに来たら、警官が大勢来てて。一体、何が起きたの? 美晴さんは、どうしてここに? 議事堂に突入したんじゃなかったの?」


 美晴は突入したものの、機動隊が待ち構えていて、怜人は捕まってしまったことを説明した。陸は千鶴にしがみついて、その話を聞いている。


「そんな……でも、どうして? 占拠に失敗して、動画も何も発信してないのに、どうして、もう警察が来てるの?」

「たぶん、情報が漏れてたんだと思う。警察は泳がせてて、私達が突入したのと同時に、事務所に踏み込んだんじゃないかな」


「そんな……じゃあ、みんなは」

「それより、もう逃げて。ここにいたら、危ないから。早く、できるだけ遠くに逃げたほうがいい」

「美晴さんは?」

「私は怜人を助けに行く」

 美晴はキッパリと言う。


「そう……止めても、きっと、あなたは……」

 千鶴の眼から涙が零れ落ちる。

「どうか、無事で」

 二人でまた抱き合う。陸は美晴の腰にしがみついた。

「陸君、元気でね。また会おうね」

 美晴も陸をギュッと抱きしめた。


「……ありがとう、美晴さん」

 陸はすっかり涙声になっている。

「こちらこそ、ありがとう、陸君。私、陸君と一緒にいる時間に、どれだけ癒されたか」

 美晴は陸を力いっぱい抱きしめる。

「また、会える?」

「うん。会える。絶対に。だから、生き抜いてね、二人とも」

 これが、最後の別れになるかもしれない。

 昨晩、そんな予感がよぎったのが、当たってしまった。

 せめて、笑顔で別れを。そう思っても、涙が止まらない。


「二人とも、どこに行くか決まってるの?」

「ええ。親戚のところに身を隠そうと思って。福島だから、そんなに簡単には見つからないと思う」

「そう。落ち着いたら、絶対に会いに行く」

「これ、親戚の住所」

 千鶴はメモを渡す。

「陸君、着ぐるみを脱いだほうがいいかも。もしかしたら、警察はそこまで調べてるかもしれない」

「そうね、分かった。普通の服に着替えさせる」

 美晴は陸の頭を優しくなでた。

「元気でね、恐竜君」


「美晴さんも、絶対に生き抜いて」

 千鶴は美晴の手を強く握る。

「うん。千鶴さんも陸君も、絶対逃げ切れるから。いつかまた、会おうね、絶対」

 車が走っている通りにまで出て、美晴はタクシーを止めた。

「それじゃ、元気で。気をつけてね」

「美晴さんも、ケガしないようにね」

 最後に二人ともう一度抱き合って、体を離す。


 タクシーに二人が乗り込むと、ドアはゆっくりと閉まった。

 窓を開けて、陸は「バイバイ」と懸命に手を振る。

「バイバイ。またね」

 最後は笑顔で見送ろう。

 美晴は泣き笑いの顔になって、手を振る。

 タクシーは走り出した。千鶴と陸は見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。美晴も手を大きく振り返す。


「さあ。戻らなきゃ」

 美晴は踵を返し、国会議事堂に向かって走り出した。


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