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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第4章 もう、夢なんて見ない~ミハルの闘い~
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あなたが闘う勇気をくれた。

 その日の夜、美晴は久しぶりに千鶴の部屋を訪れた。

『モモ』を陸に読み聞かせる。

 陸は、珍しくおしゃべりだった。本を読んでいる最中に、美晴に「これはどういう意味?」「なんでこうなるの?」と聞いて来る。

 必死で起きていようとしていたが、結局、途中でスヤスヤと寝息を立てはじめた。


「最後まで、もうちょっとだったのに」

 美晴は本を閉じて、陸の頭をそっとなでて、額にキスする。枕元には、着ぐるみがきちんと畳んで置いてある。


 汚れが目立つので、美晴は陸と一緒に着ぐるみを洗って、コインランドリーで乾燥させたこともある。後1年も経たずに成長して着られなくなるだろう。そうなったときは、どうするのだろうか。

「ぬいぐるみにして、持ち歩けるようにするとか?」

 美晴は千鶴にそう提案したのだ。


 ――陸君のためにも、世の中を変えないと。もっとマシな世の中にしないと、子供たちの未来がなくなってしまう。そのためにも、明日、私は議事堂に行くんだ。


 美晴は陸が起きないように、そっと布団から抜け出た。

 千鶴も体を起こす。

「行くのね、怜人君のところに」

 美晴はうなずく。

「決戦前夜だもんね。二人で過ごさないと」

 千鶴は玄関まで見送ってくれる。

 靴を履きながら、

「私、明日の朝は事務所に寄れないから……」

 と切り出したものの、それに続く言葉が見つからなくて、黙り込んでしまった。


 ――これが、最後の別れになるかもしれない。


 そう気づいたのだ。


「美晴さん」

 千鶴は涙を浮かべながら、美晴の手を握った。

「絶対、無事でいて。また3人で一緒に眠れるって、私、信じてるから」

「うん」

「占拠がうまくいってもいかなくても、美晴さんとは、また会える。そうでしょ?」

「うん、うん」


「陸は、美晴さんと出会ってから、ホントに元気になったの。あの子が、あんなに笑顔でいるのって、ホントに久しぶりで……美晴さんのお陰で」

「ううん、そんなことないから。千鶴さんがいつもそばにいるから、陸君はゆっくり時間をかけて、心を開いているんだと思う」


「あの子のことを気にかけてくれる人がいるだけで、私、どんなに励まされてるか……」

「私だって、二人と過ごせて、すごい救われた」

 二人で手を握りあったまま、しばらく静かに泣いた。


「千鶴さんと陸君に出会えて、ホントに幸せだった」

 美晴が涙を拭きながらつぶやくと、

「そんな、これで最後みたいに、過去形で言わないで」

 と、千鶴は咎める。

「ごめん、そうだね」

 美晴はムリに笑顔をつくる。

「私、絶対に戻ってくるから。また3人でご飯食べて、一緒に寝ようね」


 外に出ると、夜風が身を包む。

「それじゃ、また」

「気をつけてね」

「千鶴さんと陸君も、気をつけて」


 美晴は何度も何度も振り返りながら、千鶴に手を振った。千鶴も大きく手を振って返してくれる。


 ――お願い。どうか、これ以上、大切な人たちが傷つきませんように。そのために、私は明日、闘いに行くの。


 美晴は夜空を見上げる。星が見えない夜だった。


***************


 その夜、美晴は怜人と激しく愛しあった。

「明日の夜は、どうなってるのかな」

 美晴は怜人の胸に頭をのせて、ポツリと言う。

「議場で夜を明かすかもしれないし、つかまって留置場に入れられてるかもしれないし。明日一日で決着はつかないだろうなあ」

 怜人は暢気な感じで言う。


「とにかく、国会内に警官が突入するまでには時間がかかるから、それまでに片田のネタを公開できるかどうかにかかってる」

「うん」


「逮捕されたら、オレは国会議員の資格は剥奪されて、ただの人か。っていうか、すぐに塀の外に出てこれるのかな」

「逮捕されるのは片田たちじゃないの? そしたら、怜人はそのまま議員を続けて、総理になれるかもしれないし」

「うまくいったらね。でも、そんなにトントン拍子にいかないだろうな」

 怜人は上半身を起こして、美晴に向き合った。


「この国がマトモになるまでには、まだまだ時間がかかると思う。明日、占拠がうまくいって、選挙法を守れたとしても、それだけで世の中が劇的によくなるわけじゃないし。でも、オレは日本を若者が死にたいと思う国じゃなく、生きたいと思う国にしたい。それが実現するまで時間がかかると思うけど、美晴にはずっと一緒にいてほしい。そばにいてほしい」


「もちろん。ずっと一緒にいるよ」

 美晴は迷わずに返す。その瞳が涙で揺れる。

「半年前に出会ってから、あっという間だったね」

「そっか。まだ半年しか経ってないんだっけ。もう5年ぐらい一緒にいた気がする」

「中身が濃い半年間だったから」

「ホントに」

 美晴は怜人の目をまっすぐに見据える。


「怜人。あなたが、闘う勇気をくれたの。私、今までは国や社会に不満を持つばかりで、自分からは何もしようとしなかった。変えようとしなかったし、変わらないもんだってあきらめてた。だけど、あなたと出会って、あなたが闘ってる姿を見て、私も変われたの。あなたが闘い方を教えてくれた」


 怜人ははにかんだような笑みを浮かべた。

「美晴は、最初に会った時から、何かと闘ってる感じだったけど」

「ううん、全然。闘っても、自分から半径1メートルで起きたことでしか闘ってこなかった。でも、それじゃ、世の中は変えられないんだよね。世の中を変えないと、自分も周りの人も幸せになれないんだって気づいたの」


「やっぱり美晴は革命のアイドルだな」

「それはやめて」

 二人は笑いながら強く抱きあう。

「美晴、愛してる」

「私も、愛してる。愛してる、怜人」


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