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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第4章 もう、夢なんて見ない~ミハルの闘い~
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魔の手が迫る

 美晴は二日ぶりに官邸前のデモに参加した。

 すると、あきらかに若者の数が増えている。

 みんなすごい形相で、「矢田部辞めろー」「オレの仕事を返せ」と口々に叫んでいる。  

 みんなで声を合わせてシュプレヒコールをあげる余裕すらない。何人かが官邸に突進しようとし、警官と押し問答をしている。


「みなさん、落ち着いてください」

 怜人が仮設ステージに立つ。


「ここに集まったみなさんの気持ちは一つ、矢田部政権を倒せ、そうですよね? それなら、みんな目的は同じはず。みんなで一丸となって声を上げましょうよ。個人個人で叫んでいるより、みんなで一緒に叫ぶほうが、確実に声は官邸に届きますから。僕らのパワーを見せつけてやりましょう!」


 さすが怜人は盛り上げるのがうまい。怜人の先導する声に合わせて、「若者殺す、選挙法はいらない」「若者の声を聴け」とみんなで声を上げた。美晴も喉がカラカラになるまで、声を張り上げる。


 夜8時を過ぎ、警察は「デモの時間は終わりました。速やかにお帰りください」と拡声器で呼びかけるが、若者たちは動こうとしない。

 何人か、興奮した若者が官邸に侵入しようとし、警官に組み伏せられている。

 怜人は「みなさん、落ち着いて! また明日集まりましょう、この場所で」と呼びかけているが、なかなか興奮は収まらない。官邸に靴を投げる人も、スプレーで塀に落書きする者もいる。


 そのとき、大型の車両が3台、官邸に横付けされた。

「まさか」

 怜人が絶句する。

 次の瞬間、車から大量の水が放たれた――放水車だ。


 水はすごい威力で、デモに参加していた若者を直撃する。みんな悲鳴を上げながら逃げ惑う。水圧で跳ね飛ばされる者、転んで踏みつぶされる者、ずぶぬれになってうずくまる者。


 確か、ゆずも来ていたはずだ。美晴はゆずの姿を探したが、見当たらない。

 その時、放水車の放水口がこちらに向けられた。

 ――危ないっ。


 美晴はとっさに顔をかばう。すると、誰かが美晴の体を包み込んだ。汗臭い香り。

 ものすごい勢いの水が浴びせかけられるが、美晴にはほとんどかからない。怜人が美晴を抱きしめて、かばってくれているのだ。


 実際には数十秒だったろうが、美晴には何十分もそうしていたかのように感じた。

 やがて、「美晴さん、大丈夫?」と怜人が体を離した。

 頭の先からつま先まで、ずぶぬれになっている。


「うん、何とか……」

「とにかく、ここから離れよう」

 放水はひとまず終わったようだ。あちこちで人がうずくまって、泣き声やうめき声が上がっている。


「ひどい……」

「二人で手分けして、ケガ人がいないか確認しよう」

 怜人はそう言うなり、駆けて行った。髪の毛からしずくを垂らしながら。


「美晴さーん」

 入れ替わりにゆずが駆けて来る。

「ゆずちゃん、よかった、無事で!」

「私、ちょうどワゴン車にのぼりをしまいに行ってたの。急に放水が始まったから……怖かったあ」


 ゆずは「私が周りを見て来るから、美晴さんはワゴン車に戻って休んでて」と言ってくれた。

「え? 私は大丈夫だよ」

「背中がびっしょりだよ」

「……ホントだ」


 美晴はワゴン車にいったん戻ることにした。

 ワゴン車は官邸の裏手の、人通りの少ない道路に止めてあった。

 ドアを開けようとすると、「影山さん?」と背後から声をかけられた。振り向くと、一人の見知らぬ男が立っている。

「どちらさまですか」と声をかける前に、美晴はその男に車に押しつけられた。男は美晴の首に手をかける。


 ――殺される?


 美晴は必死で手を振りほどこうとしたが、ビクともしない。首を絞める手の力は、ますます強くなる。

 美晴は男の腕を思いっきりひっかいた。男は一瞬、手を緩める。


「誰かっ」

 美晴は男を突き飛ばし、大声を上げようとしたが、すぐに腕をつかまれ、裏拳で頬を殴られた。その衝撃で車に叩きつけられる。

 男は再度、首に手をかけ、一気に力を入れる。苦しい。息ができない。


「――おいっ」

 鋭い声がした。男は美晴から飛びのくように体を離した。

 美晴は膝から崩れ落ちる。うっすらと目を開けると、怜人が駆け寄って来る姿が見えた。

 男は舌打ちすると、あっという間に逃げていった。


「美晴さんっ!」

 美晴は激しく咳き込む。痛みと恐怖で動けない。思わず怜人の手を握ると、怜人も握り返す。

「大丈夫? ケガは」

 ――たぶん、大丈夫。

 そう答えたくても、声が出ない。体中が震えている。


「美晴さんの後を変なヤツがつけているのが見えて、飛んで来たんだ」

 怜人は安堵の息を漏らす。

「気づいてよかった……」

 ゆずが救急箱を取りに来るまで、二人はただ寄り添って、手を握り合っていた。



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