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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第4章 もう、夢なんて見ない~ミハルの闘い~
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温かな夜

千鶴親子は築40年以上は経っていそうなアパートの1階に住んでいた。

「ボロイし、駅からは遠いから、家賃は安いの。狭いけど、どうぞ」

 部屋は1Kで、意外と広い。陸のおもちゃがあちこちに転がり、ハンガーにつるされた二人の服が所狭しとかかっている。生活感満載の部屋だ。


「ご飯をつくるまで、美晴お姉さんと遊んでてね」

 千鶴の言葉に、陸はおとなしくうなずく。

「何して遊ぼっか。ゲームする?」

 陸は首を振る。

「じゃあ、トランプ? ブロックで遊ぶ?」

「これ」と、陸はちゃぶ台にスケッチブックを拡げた。スケッチブックには怪獣の絵が描いてある。


「お絵かきかあ。陸君、上手だね」

 陸は少し照れたような表情になる。

「怪獣、好き?」と聞くと、「好き」と短く答える。

 陸はクレヨンで何かを書きはじめた。

「私も、描いていい?」

 尋ねると、陸はコクンとした。陸は怪獣のまわりに壊れた家や、倒れている人を描いている。倒れている人からは血が流れている。美晴はしばらくそれを見つめていた。


 ――もしかして、こういう場面を見たことがあるのかな。それがトラウマになってるのかも。


 美晴はクレヨンを取り、怪獣のまわりに色とりどりの花を散らしていった。陸は手を止めて、美晴から生み出される花をじっと見つめている。

「ねえ。お花を吐き出す怪獣だったら、どうなるかなあ」

 陸はしばらく考え込んでから、倒れている人に花を握らせた。

「いいね、素敵!」

 褒めると、嬉しそうな表情になった。壊れた家の屋根にも花を咲かせる。

「お花でいっぱいの街になるんだ。かわいいねえ」

「後ね、空からも花が降ってくるの」

「うん、最高!」

 二人で紙いっぱいに花を描いていると、「あらあ、キレイねえ」と千鶴が感心したように覗き込んだ。

「そろそろご飯だから、片づけてね」


 メニューは昨日作ったという二日目のカレーに、ツナサラダ、細かく刻んだ野菜が入っているミネストローネだった。サラダはミニトマトに小さな星形のチーズが貼ってあり、千鶴が陸のために心を込めて料理を作っているのが伝わってきた。

 陸も「おいしい」と嬉しそうに食べている。


 ――そういえば、誰かと一緒に食事をするのは久しぶりかもしれない。


 カウンセリングを始めてからは、がむしゃらに働いてきたので、恋人をつくるヒマもなかった。

 千鶴は陸の世話を焼きながら、身の上話をしてくれる。


「陸の父親は、この子の目の前で倒れちゃったのね。まともに眠れないぐらいに働き詰めだったから……たぶん、倒れた時にテーブルの角で頭を打っちゃったのね、血も流れてたみたいで。私が病院に駆けつけた時は、もう息をしてなくて。それから、陸は学校に通わなくなって、パパが買ってくれた怪獣の着ぐるみをずっと着ていて。こんなにボロボロになっても、絶対に他の服は着ないのよね。今は生活保護と遺族年金で何とかしのいでる感じ」

 千鶴はうっすらと涙ぐんでいる。


「そうですか……それはおつらかったでしょう」

「そうね。でも、そんな時にたまたま怜人君の街頭演説を聞いて、すごく共感して。怜人君は本気でこの国を変えたいって思っているのが伝わって来たから、そのお手伝いをすることにしたの」

「そうですか」


 千鶴は淡々と語っているが、相当つらい人生を送って来たのは充分分かる。それを誇張することもなく、世の中を恨んでいる様子もないので、美晴は内心感動していた。

「今日はよく食べたわね。美晴お姉さんがいたからかな?」

 陸の顔を覗き込むその様子は、愛情でいっぱいだ。


 美晴はせめて後片付けをさせてもらうことにした。お皿を洗いながら、千鶴に「陸君、もともとあまり話さないんですか?」と聞いてみる。

「うん、もともとおとなしいタイプだったんだけど、パパが倒れてから、ほとんどしゃべらなくなっちゃって」

千鶴はため息をつく。

「そうですか。でも、千鶴さんがそばにいたら大丈夫だと思います」

「それならいいんだけど」

 そっと振り向くと、陸は再びお絵かきをしている。父親からもらった、着ぐるみを着たままで。その姿がいじらしい。


「それじゃ、明日からの演説、頑張ってね」

 千鶴が陸と一緒にアパートの外まで見送ってくれた。

「美晴さんのような人がボランティアに参加してくれるなんて、心強いって、怜人君も言ってたのよ」

 千鶴の言葉に、美晴は急に気恥ずかしくなった。昨日、怜人と握手したときの手の感触が蘇る。あの、まっすぐな瞳――。


「また遊びに来てね」「おやすみなさい」

 千鶴と陸は、美晴の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。美晴も、何度も何度も振り返って、手を振った。

 昨日までは絶望感に苛まれていた美晴の心は、今は温かい光で満たされていた。



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