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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第4章 もう、夢なんて見ない~ミハルの闘い~
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私の声を聴いて

「私は今日、会社をクビになりました」


 美晴の第一声に、怜人は驚いたような表情で美晴を見た。


「私は心理カウンセラーとして、いろんな企業で勤めてきました。どこの企業でも、私が対峙するのは心が壊れた方々です。もう例外なく、安い給料で休みなく働かされて、そんな生活から抜け出したくても抜け出せなくて、絶望を抱えている人ばかりで。


 私は、一生懸命、その人たちの心の声を聴きます。でも、何にもなりません。会社は、社員のことなんて、これっぽっちも考えてないから。その人がいなくなっても、別の人を雇えばいいとしか考えてない。完全に使い捨てです。だけど、法律で心理カウンセラーを常駐させることが決まってるから、渋々常駐させてるだけです。


 そんな感じだから、結局、誰ひとり、救えない。心が壊れた人は、辞めていくか、自ら命を絶つかのどちらかです。今日も一人、亡くなりました。私の目の前で飛び降りて……」


 美晴はだんだん、涙声になっていった。

 誰も美晴を笑う人はいない。みな、真剣に美晴の話に聞き入っている。

 怜人も、横でじっと聞いている。美晴はハンカチで涙を拭った。


「救えなかった。彼は私に助けを求めていたのに、私は救ってあげられなくて」


 美晴の目からは涙が次々に零れ落ちる。途中から拭いもせずに、話を続けた。


「なんで、まじめに懸命に働いてる人が、こんな目に遭わなきゃいけないんですか。みんな、悪いことなんて何もしてない。さっきまで、ここで話していた方達だってそうです。ただ生まれてきた家庭が裕福ではなかったってだけで。


 裕福な家庭の人達は、一流の会社に入って、給料もたくさんもらえる。その人たちは、そんなに仕事をしてません。そういう企業で働いてたとき、『暇すぎて死にそう』って理由で相談に来た社員がいました。そこは3カ月で辞めちゃいました。私のほうがおかしくなりそうで……。


 おかしいです、こんな世の中。おかしい。おかしい。じゃあ、どうすればいい? 

 

 私、もう無関心でいるのはやめようって思います。今まで、ずっと政治には無関心だったから。それが今の世の中を、この現状を生みだしてるんだろうなって気づきました。だから、私は、無関心から抜け出します。

 

 ええと、話にまとまりがないけど、聞いてくださってありがとうございます」


 頭を下げると、割れんばかりの拍手が起きた。怜人も拍手してくれる。


「解雇されたばかりで、相当つらい状況にも関わらず、勇気を出して語っていただいて、ありがとうございます! 無関心から抜け出すって、ものすごい大事なことです。それが、この世を変える第一歩でもあると思う。僕も、今、話を伺いながら、そのためにこうやって街角で演説をしてるんだって、再認識しました。あなたの勇気と決断に、感謝します。えーと、お名前は」

「影山美晴です」


 怜人はさわやかな笑顔を浮かべて、「影山美晴さん、ありがとう!」と右手を差し出した。美晴も右手を出す。

 怜人の手は大きくて、力強く、温かかった。


 ステージを降りると、横にテントを立てて、活動資金を募っていた。既に50人ぐらいが並んでいる。


 ――みんな、ホントは寄付する余裕なんてなさそうなのに。


 ボロボロの財布を握りしめて並んでいるその瞳には、強い光が宿っている。美晴はその光景を見てるだけで、こみあげてくるものがあった。

 自分も列に並ぶと、「さっきの話、よかったです!」「頑張ってくださいね」と、大勢の人が声をかけてくれた。


 ――この世の中も、まだまだ捨てたもんじゃないんだな。


 美晴の番になり、ノートに名前と住所を書き、1万円札を差し出した。


「こんなに大金……あなた、会社をクビになったばかりなんでしょ? たぶん、このお金は取っておいたほうがいいと思う」


 受付をしていた女性は、そっと美晴にそのお金を戻した。

 細身で長身の女性だ。年齢は40代ぐらいか。女性の横には、さっきの恐竜の着ぐるみを着た少年が張り付いている。おそらく、親子だろう。


「大丈夫ですよ、しばらく貯金で食いつなげるので」

 美晴は、再びそのお札を渡そうとした。


「そう思ってても、すぐに仕事が見つからないかもしれないでしょ? たぶん、この1万円札があなたを生かすことになるんじゃないかしら。気持ちだけで嬉しいから、仕事が見つかったら、また来てください」


 女性は美晴の手のひらを両手で包み、微笑んだ。

 その体温を感じながら、美晴はまた泣けてきてしまった。


「あらあら。今晩、眠るところはある? お腹すいてない? あそこで炊き出しもしてるから、よかったら、食べて行ってくださいね」

「大丈夫です」


 美晴は涙を拭い、「私にも、何かさせてください。皆さんの活動、お手伝いさせてください」と言った。女性は目を丸くした後、「そういうことなら」とうなずいた。


「白石さん、ちょっと」

 女性は、怜人と支援者を撮影している男性を呼んだ。その男性は他の人にスマホを渡して、こちらに来る。


「この方が、ボランティアをしたいって」

「本当ですか? 人手が足りないんで、助かります!」


 男性は顔を輝かせた。怜人と同じぐらいに長身で、整った顔立ちをしている。


「僕は、本郷の秘書で、ボランティアのスタッフを仕切っている、白石晃と言います。お手伝いしていただきたいことは山ほどありますよ。えーと、何をしてもらおうかな」

 白石が歩き出そうとしたので、女性は慌てて止めた。


「とりあえず、今日は帰って、ゆっくり休んだほうがいいんじゃないかしら。明日から来てもらったほうがいいんじゃない?」

「あ、そうですね」


 女性はまた微笑んだ。

「私は山脇千鶴と言います。この子は、陸。私も事務所にいることが多いから、これからご一緒する機会が多いかも。よろしくお願いします」


 千鶴に事務所の場所を聞いて、美晴は帰ることにした。

 白石も、「今日は演説を見に来ていただいて、ありがとうございます。お話も感動しました」と、千鶴と一緒に見送ってくれる。

 演説が終わっても、怜人に話しかける人は途切れない。美晴は祭りの後のような高揚感を覚えながら、その場を後にした。


 ――もしかして、高木さんもここを知っていたら、救われたかもしれない。ここで話を聞いてもらえてたら·····。境遇は変わらなくても、わずかな希望は持てたかもしれない。

 

 また、ジワリと涙が浮かぶ。

 ――会社の外まで、私がつきそってあげていれば。ごめんなさい。絶望の淵から救ってあげられなくて。最期に、どんな想いで、屋上に上がったのか……。


 頬をなでる夜風が優しい。まるで、「今はとことん泣いていいよ」と慰めてくれるかのように。



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