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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第3章 小さな勇気の唄
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光射す方へ

 レイナは袖でスティーブの歌声を聞いていた。

 太くて伸びやかな声が、会場中に響き渡る。

 観客は熱狂に包まれて、歌に合わせてこぶしを振り上げている。このグルーブ感。

 レイナは目を閉じて、会場全体の空気を全身で感じていた。


「君も、いつかは、あそこに立つんだ」

 裕がレイナの耳元でささやいた。

「あのセンターで、君も歌うんだ」


 曲が終わり、スティーブは客席に手を振りながら袖に入って来た。


「やあ、待っていたよ」

 スティーブはレイナを見ると、ホッとした表情になった。

 それから、「君は強い子だ、レイナ」とレイナを抱きしめる。


「その髪留めを、ちょっと貸してくれないか?」

 スティーブはレイナが両手で握りしめているバレッタを指した。

「ステージでなくしたら困るから。代わりに、君にはこれをあげよう」


 スティーブは胸ポケットに刺していた真っ赤なガーベラを、レイナに渡した。

 アンソニーが、レイナの髪に刺してあげる。


「この花の花言葉は、愛なんだ。君はいつもタクマの愛に包まれている。永遠に消えない愛にね」


 裕が訳してくれる。

 レイナは泣くのを堪えながら、バレッタをスティーブに渡した。


「それから、予定変更だ。君がこれから歌うのは、オレの歌じゃない。タクマが君に作ってくれた歌だ」


 レイナは「え? どういうこと?」と裕の顔を見る。

「ステージに出たら、分かるよ」と裕は柔らかく微笑む。

「それじゃ、オレが呼んだら、出て来てくれ」

 スティーブはレイナの肩をポンと叩き、再びライトの洪水の中に戻って行った。

 

 スティーブが客席に向かって話しかけている。会場からどっと笑い声が起きた。


 笑里がそっとレイナの手を握った。

「私たちはずっと、ここで観てるからね」

 トムはレイナに親指を立てて、「頑張って」と小声で言った。

 アミは「うーうー」とレイナに握りこぶしをつくってみせる。励ましてくれているのだろう。

「ありがと」

 小さくお礼を言う。


「それじゃ、ここで、オレが日本で一番会いたかった人をみんなにも紹介するよ。みんなも知ってるんじゃないかな?」


 スティーブの言葉に、客席のあちこちから「ヒカリー」と声が上がる。

 スティーブはちょっと困った顔になった。


「イヤ、ヒカリじゃない。彼女には帰ってもらったんだ。彼女は、オレの大切な友達にしてはいけないことをしたからね」

 客席がざわつく。


 裕が背後からレイナの両肩に手を置く。

「気にするな。君は、君の歌を歌えばいい」

 レイナは目を閉じて深呼吸した。


「オレがこれから紹介するのは――レイナだ。ゴミ捨て場に住んでいた少女、レイナ」


 スティーブがこちらを向き、手招きした。

「さあ、出番だ」

 裕は軽くレイナを押し出す。レイナは一歩踏み出した。


 袖からステージに出ると、とたんに客席から嵐のような拍手が起きる。


「ウソっ、レイナって、あのときの?」

「えー、会えると思ってなかった!」

 客の声が途切れ途切れに聞こえる。


 スティーブが手を広げて迎えているところまで、レイナは一歩一歩、向かって行った。


「みんなも知ってるみたいだね。そうだ。マイクが切れても、武道館に響き渡る声で歌った、レイナだ」

 レイナは客席に向かって深々とお辞儀をした。

 さらに拍手が大きくなる。


「オレもあのときの歌を聞いて、しびれたんだ。あんなに美しくて、パワフルな声を聞いたことがない。どうしても一緒に歌いたくなって、今日は来てもらったんだ」


 野外なので、客席の様子が見える。みんな、レイナに釘付けになっている。

 時々、「レイナ―」「かわいーい」という声が飛ぶ。


「今日は、レイナに一曲歌ってもらうんだ。ホントは、オレの歌を一緒に歌う予定だったんだけれど、予定変更」

 スティーブはレイナの肩をつつき、後ろを見るように促した。


 振り向くと、いつの間にか背後にはピアノが一台、置いてある。

 そのピアノは――。


 レイナは小さな声を上げた。

 ――お兄ちゃん!


 ピアノの前には裕が座って、レイナを見て微笑んでいる。

「そう、君の大切な人のピアノだ。分かるね?」

 レイナは何度もうなずく。涙があふれてきた。


「レイナ。歌うんだ、あの曲を。タクマ君が、君に教えてくれた曲を」

 裕はレイナの目を見つめながら、一言一言、言い聞かせた。


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