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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第3章 小さな勇気の唄
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突然の演奏会

 マサじいさんは裕と笑里にコーヒーを入れてくれた。

 裕は「いただきます」と普通に飲んだが、笑里はカップを受け取っても飲もうとしなかった。


 マサじいさんはじっと笑里を見つめる。

「ごめんなさい、私、オペラ歌手なので、コーヒーは飲まないようにしてるんです」

 笑里は釈明する。


「オペラって何?」

 トムが無邪気に尋ねる。

「大きな会場で、歌いながら劇をするの」

「どんな歌なの? 歌ってみて」

 トムの目は好奇心で輝いた。

「え? ここで?」

 笑里は戸惑う。


「でも、伴奏がないし」と逃げようとすると、「ピアノならあるよ。タクマが弾いてたピアノ」と、トムは駆け出した。

「こっち、こっち!」

 トムに手招きされて、笑里と裕は顔を見合わせた。


「私、こんなところで歌うなんて……」

「まあ、いいじゃないか。簡単な曲でも歌ってみたらいいんじゃないかな」

「そんなことを言われても」


 笑里は、腕をつかまれて振り返った。アミが「あー」とニコニコ笑っている。


「ピアノのところに行こうって言ってるんじゃないかな」


 笑里は観念して、アミに引っ張られるようにピアノの置いてある場所に向かった。


 ピアノの上には青いビニールシートがかぶせてある。

「タクマがいなくなってから、誰も弾かなくなったからさ、シートをかぶせといたんだ」

 トムがシートをとるのをジンが手伝う。


「タクマってもしかして」


 笑里がつぶやくと、「ああ。レイナの大切な人だ」とジンが言う。

「二人は、よくこのピアノを弾きながら歌ってたんだ」


「タクマは死んじゃったんだ。トラックに轢かれて」

 トムが指差した。

「あっちのほうで。レイナも見てたんだよ。レイナの目の前で轢かれたんだ」

 笑里は息を呑む。


「トム、それ以上、余計なことを言うな!」

 ジンが制する。

「だって、知らないのかなって思って」

「レイナから聞いてたけど……目の前で亡くなったという話は、初耳で」


 笑里は動揺したように口を手で覆った。

「そう……あの子はそんな辛い目に」


 裕はピアノの蓋を開けた。

「レイナと初めて会ったのも、このピアノの前だったな」


 鍵盤の上の赤いフェルトのカバーをとると、椅子に座った。

 簡単に鍵盤を端から端まで弾いてみる。


「出ない音もあるけれど、意外に悪くない音だな」

 音を確かめてから、「笑里、発声練習をするか?」と声をかける。


 笑里は我に返った。

「そ・そうね。お願い」


 裕がドミソミドを弾くと、笑里はそれに合わせて歌いはじめた。

 ただ発声練習をしているだけなのに、終わるとトムとアミは拍手をしてくれた。笑里は照れくさくなった。


 喉が温まると、裕は「何を歌う?」と聞いた。

「そうね」 

 笑里は考え込んだ。


「……椿姫で」

 笑里の言葉に、裕は目を見開いた。

「いいのかい?」

「ええ。歌ってみる」

「そうか。分かった」


 裕は一呼吸を置いて、軽やかに椿姫の『乾杯の歌』の前奏を弾き出した。

 笑里は大きく深呼吸をしてから、歌い出す。


 アミとトムは笑里の高い声に目を丸くする。

 時々、調子が外れるピアノ。笑里は、最初は抑え気味に歌っていたが、二人が食い入るように笑里を見ているので、段々声量を上げていった。


 見ると、アミとトムは楽しそうに曲に合わせて体を揺すっている。

 その姿を見たとたん、笑里は涙がこみあげてきて歌えなくなってしまった。


 裕が驚いて笑里の顔を見る。

「どうしたの?」

 トムが心配そうに尋ねる。

「ううん、なんでもない」

 笑里は急いで涙を拭いて、再び歌いはじめた。


 歌い終えると、トムとアミは一生懸命、大きな拍手を送ってくれる。

 背後からも拍手が聞こえてきた。

 振り返ると、いつの間にか住人が集まって来て、笑里の声に聞き入っていたのだ。


 拍手を送りながら、「ブラボー!」と叫ぶ住人もいる。

「こんな曲聴くの、何十年ぶりだろう」と涙を拭く住人もいた。ルミですら、木の陰で鼻を赤くしている。


 笑里は涙をこらえながら、カーテンコールのように深々とお辞儀をした。


「おばさん、歌うまいね。レイナと同じぐらい、うまいよ」

 トムが興奮して笑里の足に飛びついた。


「ありがとう」

「でも、何て言ってるのか、分かんなかった」

「イタリア語だからね」

「へえ~、そんな難しい言葉、話せるんだ」

 アミも嬉しそうに「あー、あー」と腕にしがみつく。


「こんなにすぐに子供たちに受け入れられる大人は珍しいよ。あんたたちになら、この二人を任せても大丈夫そうだ」


 マサじいさんの言葉に、笑里は「ありがとうございます」と目の縁を拭った。



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