小さな出会い
「あーれー、先生だっ」
ゴミの山の麓を歩いて小屋があるエリアに向かっていると、山の上から声がした。
みると、トムが手を振っている。
トムは慣れた様子で駆け下りてきた。
リュックを背負い、そのなかには缶や鉄くずが入っている。鉄くず屋に売るためのゴミを拾い集めているのだろう。
「レイナは? レイナは?」
トムは目をキラキラさせて尋ねる。
裕は表情を曇らせた。
「レイナは、今日は来られないんだ。ごめん」
その言葉を聞くと、みるみるうちにトムの元気は萎んでいく。
「でも、レイナから手紙を預かって来たよ。アミちゃんにもね」
それを聞いて気を取り直したのか、「じゃ、こっち来て!」と二人を誘導した。
笑里は、「ねえ、あなたのお母さんはどこ?」と聞く。
「オレの母ちゃんはいないよ。3歳の時にオレをゴミ捨て場に捨てて、どこかに行っちゃったんだ」
トムはカラッと答える。
「そうなの……じゃあ、お父さんは」
「父ちゃんは知らない。生まれたときにはいなかったみたいだよ」
「そう……」
笑里はそれ以上、何も聞けなかった。
そのとき、ペンギンのぬいぐるみを抱いたアミが走り寄って来た。
裕の袖をつかんで、「あー、あー」と言う。
「アミ、レイナは今日は来ないんだってさ」
トムが伝えると、アミは驚いたような顔になった。
「あー?」
「歌のレッスンで忙しいんだろ? きっと」
裕は「そうなんだ」とうなずいた。アミの目に、みるみる涙がたまっていく。
「泣くなよお。レイナは俺たちのことを忘れたわけじゃないんだからさ」
トムがアミの頭を優しくなでる。
「ねえ、この子、もしかして」
笑里はそっと裕に尋ねる。
「ああ。話せないらしい。小さいころに大病を患って声が出なくなったって、レイナが話してた」
「そうなの……」
「あの子も、母親はいないらしい。働きすぎて亡くなったって、言ってた。ここには父親と住んでるらしいんだけど、その父親は飲んだくれで、時々暴力をふるうらしい」
「まあ、なんてこと」
笑里の声が震えた。
「おい」
そのとき、低い声が背後から聞こえた。
「ああ、ジンさん、クロ。こんにちは」
「なんでここに来たんだよ。レイナに何かあったのか?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
裕はレイナがライブにゲストとして出ること、そこにみんなを招待したいことを伝えた。
「えっ、マジで!? ライブに行けるの? すげえぞ、アミ!」
トムは興奮した。
「ライブって、すっげえ大きな建物でやるんだぞ。そこで、レイナは大勢の人に向かって歌うんだってさ。それを観に行っていいって」
アミはレイナに会えるのだと分かり、パッと笑顔になった。
「そりゃ、マサじいさんにも話さないとな」
ジンにつれられてマサじいさんの小屋に行くと、マサじいさんは畑仕事に精を出していた。
裕が頭を下げると、マサじいさんは汗を拭きながら柵の外に出てきた。
「ちょうどよかった。レイナにニンジンを持って行ってくれんか」
「ニンジンですか?」
「レイナが畑を耕して、種をまいてくれたニンジンがよく育ってな。レイナにも食べさせたいんだ」
マサじいさんは小屋の横に積んであったニンジンを10本ほど裕に渡そうとした。
「さすがに、こんなには……うちは3人しかいませんし」
「ニンジンは日持ちするから大丈夫だ」
マサじいさんは、そんなことも知らんのか、という目で裕を見た。
「でも、これは皆さんで食べたほうが」
「レイナは、うちの畑で採れるニンジンが好きなんだ。ここのが一番おいしいって、いつもおいしそうに食べてた」
「……そうですか」
「マサじいさん、袋かなんかないの? 先生の手が泥だらけになるよ」
トムの言葉に、「おお、そうだな」と小屋の中から新聞紙を持って来た。
トムがニンジンを包んで裕に渡した。
裕は、「レイナもきっと喜びます」と頭を下げた。
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裕の話を聞き、「それは、子供たちだけで行ったほうがよさそうだなあ」とマサじいさんは頭をかいた。
「大人が汚いカッコをして行くような場所じゃないし」
「そんな、大丈夫ですよ。皆さんでいらしてください」
笑里が言うと、マサじいさんは笑里の目をじっと見つめた。
「お嬢さん。我々にこれ以上、みじめな思いをさせないでくれ。我々は、街でやっていけなくなったから、ここに流れて来たんだ。今さら街に戻って、自分たちが負け犬だったと思い出したくなんかないんだよ」
「そんな……」
笑里はそれ以上、何も言えなかった。
「子供たちは行かせることにしよう。街を知るいい機会だからね」




