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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第2章 キセキの歌声
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ママが消えた

「ただいまあ」


 レイナがお土産をどっさり持って戻ってきた姿を見て、トムとアミは喜んで駆け寄った。


 ジンは驚いたような表情で、「一人で戻って来たのか?」と聞いた。


「うん。先生たちは寝てたから、森口さんに送ってもらったの」

「じゃあ、何も聞いてないのか?」

「何もって?」


 きょとんとすると、ジンは「まいったな、こりゃ」とつぶやいた。

 

 レイナはミハルが待っているはずの小屋に走った。

「ママあ、ただいま!」

 小屋のドアを開けると、ミハルの姿はない。


「あれ?」

 布団はいつも通り隅にきちんと畳んで置かれて、部屋の真ん中には折り畳み式のテーブルが置いてある。いつも通りの光景だ。


 でも、何かが足りない。

 レイナは違和感を抱いて、部屋をぐるりと見渡す。


「レイナ、どうしたの?」

 トムとアミが息を切らせてレイナに追いついた。


「うーん、ママは水汲み場かな」

「えっ、ミハルさん、先に帰って来てたの?」

「ん? どういうこと?」


「だって、レイナの後に、ミハルさんもディズニーランドに行ったんでしょ? ディズニーランドで合流したんでしょ?」

「ええ? 何、それ。意味が分からないんだけど」


「レイナ、お帰り」

 振り向くと、マサじいさんが立っている。


「レイナと二人きりで話をしたいから、自分の小屋に行ってなさい」

 諭すと、トムとアミは顔を見合わせて、駆けて行った。


「まあ、座りなさい」

 マサじいさんに勧められて、レイナは床に腰を下ろす。


「今から話すことを、落ち着いて聞いてほしい……といっても、落ち着いて聞くなんて、ムリだろうがね」


 マサじいさんは、どう話せばいいのか迷っているようだった。


 やがて、「ミハルさんは、いなくなった」とポツリと言った。


「え?」

「ミハルさんはな、ここを出て行ったんだ」

「どういうこと?」

「これ以上、ここにはいられないって。自分がレイナと一緒にいたら、レイナに危険が及ぶんだって」


「え? 何? 何?」

「西園寺さんというのかな、その夫婦にレイナのことを託したって。レイナは、これからは、その二人と一緒に街に住むんだって、ミハルさんは話していた」


 レイナは頭が真っ白になっていた。


 ――え? ママがいない? 私を置いて、出て行っちゃったって、どういうこと?

 

 改めて部屋を見回す。

 そのとき、ようやくミハルのキャリーバッグや服がないことに気づいた。


「どこに行ったの? ママは」

「それは分からない。誰も知らないんだ」

「ウソ。そんなことないでしょ? ママが私を置いていくなんて、あり得ないもん」


「そうだ。あり得ない。ミハルさんが、レイナを見捨てるわけがない。だから、安全になったら必ず迎えに来るって言ってたよ。それを信じて、待つしかない」


「何それ。意味分かんないよ」

「そうだろうね。でも、ミハルさんは、もう待っていても帰って来ないんだ」


 レイナは、出発する日のミハルの様子を思い出した。

 涙を浮かべながら、レイナの手を握っていたミハル。

 あのとき様子がおかしかったのは、ゴミ捨て場を出て行くつもりだったからなのか。

 

 レイナはフラリと立ち上がった。

「レイナ、どこに行く?」

 マサじいさんの制止を振りきって、レイナは駆け出した。


 ――ウソ、ウソ、ウソ。ママがいなくなるなんて、私を置いていくなんて、ウソ、ウソ。


 ジンが、トムとアミに何かを話している姿が見えた。

「ジンおじさんっ」

 レイナは駆け寄って、ジンの腕をつかんだ。


「ママがいなくなったって、ホント? どこに行ったの?」

 ジンは「それは……」と苦しそうに言った。


「オレも分からないんだ。ごめん。ミハルさんは、何も話してくれなかったんだ。ただ、レイナが来たら」

「私が来たら、何?」

「――街に戻るように言えって」


 レイナは体中の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。


 ――ママがいない。ママがいなくなった!?


「レイナ。きっと、ミハルさんはすぐに戻って来るよ。何かあったんだよ」


 トムが心配して肩を叩くと、レイナは大声を上げて泣き出した。

 その泣き声が、林中に響き渡る。

 小屋の中から住人が続々と出てきて、レイナたちを遠巻きに見ていた。


*******


 裕と笑里がゴミ捨て場に駆けつけたのは、それから1時間ほど経ってからだ。


「待ってましたよ」

 マサじいさんは二人の姿を見ると、「こちらへ」とレイナの小屋に案内した。


「聞いてるかもしれませんが、あの子は、最近タクマという大切な人を亡くしたばかりなんです。たぶん、二人は将来一緒になっていたでしょう。それぐらい、お互いを大切にしてた。それなのに、母親まで黙っていなくなって、あの子が立ち直れるのか、私には分からんのです」


 マサじいさんは大きなため息をつく。


「ミハルさんは、大きなお腹を抱えてここに来ました。こんな場所で出産するのはムリだって言っても、『私はどこにも行けない。ここで産んで、育てさせてほしい』って言い張って。彼女の過去に何があったのかは、分かりません。でも、ミハルさんがいつも全力でレイナを守ってきたのは、ここにいる誰もが分かってる。そんなミハルさんがレイナを置いていくんだから、よほどのことがあったんでしょうな」


「ミハルさんは、なぜ急にここから去ろうとしたんでしょうか。ここは危険だからと言っていましたが、詳しい理由を教えてくれなくて……」


 裕はマサじいさんの歩く速度に合わせる。笑里は黙ってついてきた。


「ライブの日に、小屋ん中を探し回っている男がいたんです」

「小屋の中を」

「レイナに心配かけたくないから、言わないでほしいって言われてたんですが。まあ、あれが引き金になったのは確かでしょうな。私もその男にお腹を刺されました」


「えっ、刺された?」

「いやいや、かすり傷なんですが。そういう危険なヤツだったんで、レイナを守るために身を隠すことにしたんでしょう。レイナをあなたたちに託して」


 マサじいさんは小屋のドアを開けた。

 レイナは部屋の隅で、膝を抱えてうずくまっている。


「やあ、レイナ」

 裕が声をかけると、レイナは泣き濡れた瞳を向けた。


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