ママが消えた
「ただいまあ」
レイナがお土産をどっさり持って戻ってきた姿を見て、トムとアミは喜んで駆け寄った。
ジンは驚いたような表情で、「一人で戻って来たのか?」と聞いた。
「うん。先生たちは寝てたから、森口さんに送ってもらったの」
「じゃあ、何も聞いてないのか?」
「何もって?」
きょとんとすると、ジンは「まいったな、こりゃ」とつぶやいた。
レイナはミハルが待っているはずの小屋に走った。
「ママあ、ただいま!」
小屋のドアを開けると、ミハルの姿はない。
「あれ?」
布団はいつも通り隅にきちんと畳んで置かれて、部屋の真ん中には折り畳み式のテーブルが置いてある。いつも通りの光景だ。
でも、何かが足りない。
レイナは違和感を抱いて、部屋をぐるりと見渡す。
「レイナ、どうしたの?」
トムとアミが息を切らせてレイナに追いついた。
「うーん、ママは水汲み場かな」
「えっ、ミハルさん、先に帰って来てたの?」
「ん? どういうこと?」
「だって、レイナの後に、ミハルさんもディズニーランドに行ったんでしょ? ディズニーランドで合流したんでしょ?」
「ええ? 何、それ。意味が分からないんだけど」
「レイナ、お帰り」
振り向くと、マサじいさんが立っている。
「レイナと二人きりで話をしたいから、自分の小屋に行ってなさい」
諭すと、トムとアミは顔を見合わせて、駆けて行った。
「まあ、座りなさい」
マサじいさんに勧められて、レイナは床に腰を下ろす。
「今から話すことを、落ち着いて聞いてほしい……といっても、落ち着いて聞くなんて、ムリだろうがね」
マサじいさんは、どう話せばいいのか迷っているようだった。
やがて、「ミハルさんは、いなくなった」とポツリと言った。
「え?」
「ミハルさんはな、ここを出て行ったんだ」
「どういうこと?」
「これ以上、ここにはいられないって。自分がレイナと一緒にいたら、レイナに危険が及ぶんだって」
「え? 何? 何?」
「西園寺さんというのかな、その夫婦にレイナのことを託したって。レイナは、これからは、その二人と一緒に街に住むんだって、ミハルさんは話していた」
レイナは頭が真っ白になっていた。
――え? ママがいない? 私を置いて、出て行っちゃったって、どういうこと?
改めて部屋を見回す。
そのとき、ようやくミハルのキャリーバッグや服がないことに気づいた。
「どこに行ったの? ママは」
「それは分からない。誰も知らないんだ」
「ウソ。そんなことないでしょ? ママが私を置いていくなんて、あり得ないもん」
「そうだ。あり得ない。ミハルさんが、レイナを見捨てるわけがない。だから、安全になったら必ず迎えに来るって言ってたよ。それを信じて、待つしかない」
「何それ。意味分かんないよ」
「そうだろうね。でも、ミハルさんは、もう待っていても帰って来ないんだ」
レイナは、出発する日のミハルの様子を思い出した。
涙を浮かべながら、レイナの手を握っていたミハル。
あのとき様子がおかしかったのは、ゴミ捨て場を出て行くつもりだったからなのか。
レイナはフラリと立ち上がった。
「レイナ、どこに行く?」
マサじいさんの制止を振りきって、レイナは駆け出した。
――ウソ、ウソ、ウソ。ママがいなくなるなんて、私を置いていくなんて、ウソ、ウソ。
ジンが、トムとアミに何かを話している姿が見えた。
「ジンおじさんっ」
レイナは駆け寄って、ジンの腕をつかんだ。
「ママがいなくなったって、ホント? どこに行ったの?」
ジンは「それは……」と苦しそうに言った。
「オレも分からないんだ。ごめん。ミハルさんは、何も話してくれなかったんだ。ただ、レイナが来たら」
「私が来たら、何?」
「――街に戻るように言えって」
レイナは体中の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。
――ママがいない。ママがいなくなった!?
「レイナ。きっと、ミハルさんはすぐに戻って来るよ。何かあったんだよ」
トムが心配して肩を叩くと、レイナは大声を上げて泣き出した。
その泣き声が、林中に響き渡る。
小屋の中から住人が続々と出てきて、レイナたちを遠巻きに見ていた。
*******
裕と笑里がゴミ捨て場に駆けつけたのは、それから1時間ほど経ってからだ。
「待ってましたよ」
マサじいさんは二人の姿を見ると、「こちらへ」とレイナの小屋に案内した。
「聞いてるかもしれませんが、あの子は、最近タクマという大切な人を亡くしたばかりなんです。たぶん、二人は将来一緒になっていたでしょう。それぐらい、お互いを大切にしてた。それなのに、母親まで黙っていなくなって、あの子が立ち直れるのか、私には分からんのです」
マサじいさんは大きなため息をつく。
「ミハルさんは、大きなお腹を抱えてここに来ました。こんな場所で出産するのはムリだって言っても、『私はどこにも行けない。ここで産んで、育てさせてほしい』って言い張って。彼女の過去に何があったのかは、分かりません。でも、ミハルさんがいつも全力でレイナを守ってきたのは、ここにいる誰もが分かってる。そんなミハルさんがレイナを置いていくんだから、よほどのことがあったんでしょうな」
「ミハルさんは、なぜ急にここから去ろうとしたんでしょうか。ここは危険だからと言っていましたが、詳しい理由を教えてくれなくて……」
裕はマサじいさんの歩く速度に合わせる。笑里は黙ってついてきた。
「ライブの日に、小屋ん中を探し回っている男がいたんです」
「小屋の中を」
「レイナに心配かけたくないから、言わないでほしいって言われてたんですが。まあ、あれが引き金になったのは確かでしょうな。私もその男にお腹を刺されました」
「えっ、刺された?」
「いやいや、かすり傷なんですが。そういう危険なヤツだったんで、レイナを守るために身を隠すことにしたんでしょう。レイナをあなたたちに託して」
マサじいさんは小屋のドアを開けた。
レイナは部屋の隅で、膝を抱えてうずくまっている。
「やあ、レイナ」
裕が声をかけると、レイナは泣き濡れた瞳を向けた。




