夢の終わり
それからの5日間、レイナはディズニーランドとディズニーシーでたっぷりと遊んだ。
まさか5日もいられるとは思っていなかったが、笑里に「もう一日、遊んで行く?」と言われて、ずるずると延ばしたのだ。
帰りたくなくなるぐらい、まさに夢の世界がそこにはあった。エレクトリカルパレードは、何度見ても興奮する。曲に合わせて、レイナは歌って踊った。
「ママが心配してるかも」
「ミハルさんには、森口さんが伝えに行ってくれるから、大丈夫」
「じゃあ、お土産を楽しみにしててねって、ママに伝えておいてね」
「分かった」
笑里は複雑そうな笑みを浮かべる。
裕と笑里はどこにでもつきあってくれる。笑里から「ここにいるときだけでも着てみて」と新しい洋服ももらった。
ただ、何から何まで買ってもらうのも申し訳ないので、みんなのお土産だけ買ってもらうことにした。
笑里が「レイナちゃんの欲しいものは?」と聞いても、レイナは首を振るばかりだ。
「ミハルさんが、相当しっかりしつけてるらしいな。自分のものより、まわりの人のものを優先するなんて。まだ子供なのに、感心するよ」
裕がレイナの寝顔を見ながら言った。
笑里が強引に買ってあげたクマのプーさんのぬいぐるみを抱きしめながら、レイナはスヤスヤと眠っている。
「ホントに。このぬいぐるみだって、欲しそうに見てるから、『買ってあげようか?』って言っても、拒むんだもの。あんな境遇で生きてきたら、何でも欲しがりそうなものなのに」
笑里はベッドに腰掛けて、寝ているレイナの頭を優しくなでる。
「どうやら、人間の卑しさは、境遇で決まるわけではなさそうだな。金持ちでも卑しい人間は大勢いるし」
「そうよお。そういうのにウンザリしてるから、音楽界でもあまり偉い人とは交流を持たないようにしてるんだし」
「こんな純粋な子が、芸能界でやっていけるんだろうか」
裕の言葉に、「私たちがついてるから、大丈夫よ」と笑里はキッパリと言った。
笑里はいつの間にか、すっかり母親の顔になっている、と裕は思った。
*******
ディズニーリゾートで遊びつくして、6日目の夜に西園寺家に戻ってきた。
翌朝、レイナはいつも通り、6時に目が覚めた。二人が亡くなった娘に用意していた子供部屋を、レイナは使わせてもらった。
リビングに降りると、裕と笑里はまだ起きてないようだ。
外を見ると、森口が車の手入れをしている。
レイナは出発のときに着ていたいつもの服に着替えて、顔を洗い、外に出た。
「おっはよう、森口さん!」
「おはよう。レイナちゃん、早いね」
「うん。いつもこの時間には起きて、水汲みに行ってるんだ」
「そう……」
森口は何ともいえない表情になった。
「ハイ、これ、お土産!」
レイナは背中に隠していた包み紙を差し出した。
「えっ、私に? わざわざお土産を買って来てくれたの?」
「うん。っていっても、お金を出してくれたのは笑里さんなんだけど……。選んだのは、私だよ」
「ありがとう。開けてみていいかい?」
森口は包み紙を丁寧に開ける。
ミッキーの小さな柄が入っているえんじ色のネクタイで、「へえ、こりゃあいい。上品なネクタイだ」と森口は喜んだ。
「似合うかい?」
首元に当ててみる。
「うん、似合う! カッコいいよ」
「そうかい。さっそく使わせてもらうよ」
森口は嬉しそうにネクタイを箱にしまった。
「ディズニーランドはどうだった?」
「楽しかったよお。全部の乗り物に乗ったの!」
「へえ、そりゃすごい」
「それでね、私をゴミ捨て場に送ってくれる?」
「まだ先生たちは寝てるでしょ? 起きてから一緒に行ったほうがいいんじゃないかな」と森口は戸惑った。
「でも、二人とも疲れてるみたいだし。起こすの悪いから。早く、ママにお土産を渡してあげたいの! 明日はレッスンがあるから、黙って帰ってごめんなさいって、そのときに二人に謝るから」
「でもねえ」
「お願い! 早くママに会いたいの」
レイナにキラキラした目で言われて、森口は頭を掻いた。
「まあ、先生たちは8時過ぎにならないと起きてこないし。それまでに帰ってくればいいか」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。




