戸惑い
「今日は、ゲストをお迎えしてます。みんなも知ってると思うけど、ゴミ捨て場の女の子。ネットの動画が世界中で拡散されて、ヤバいことになってるよね。ヒカリも、ずっと、あの女の子に会いたいなって思ってました。その子が、今日、来てくれたんです! 名前はレイナちゃん。レイナちゃん、どうぞ!」
ヒカリが手を挙げて合図する。
レイナは暗い袖から、舞台に一歩踏み出した。とたんに、リハーサル以上にまばゆい光の洪水がレイナを包む。
拍手が鳴り響く。舞台からは客席は真っ暗なので、観客の表情までは見えない。
スタッフに導かれて指定の位置に立つと、「レイナちゃん、こんにちは」とヒカリが微笑みながら話しかけてきた。だが、その目はまったく笑っていない。
レイナは「こ・こんにちは」と、ぎこちなく頭を下げた。
「今日は来てくれてありがとう」
「ハイ」
「レイナちゃんは、今もゴミ捨て場に住んでるの?」
「ハイ」
「そう。どうして街で暮らさないの?」
「どうしてって……」
レイナはどう答えたらいいのか分からず、首を傾げた。
「お金がないから、かな」
客席がざわついた。
ヒカリは申し訳なさそうな表情になる。
「ごめんなさい、変なこと聞いちゃった! 私、レイナちゃんみたいな子と会うのは初めてだから、何を話したらいいのか分かんないんだよね。ごめんね」
だが、まったく申し訳なく思っていないのは、レイナにも分かる。
「楽屋に入って来たとき、チラッと見たんだけど、男の子みたいなカッコしてたでしょ? それが、今はお姫様みたいに変身して。すごいよね、プロのメイクさんの力って!」
「あいつ……」
裕は袖で歯ぎしりをする。笑里は「私、もう見てられない」と両手で顔を覆う。
ヒカリのマネージャーが、反対側の袖で頭を抱えている姿が見えた。
「欧米のアーティストはチャリティをよくやってるでしょ? 私もそれを見ならって、今日はロビーに募金箱を置いときました。みんな、帰りに募金して行ってね! レイナちゃんに、ゴミ捨て場に住んでいる人に渡してもらうから。恵まれない人たちに、愛の手をって言うでしょ?」
レイナは、呆然とヒカリを見つめていた。
――なんだろ、私、ヒカリちゃんに攻撃されてる気がするんだけど……。私、ヒカリちゃんに嫌われること、何かしたっけ?
楽屋に入ってからの行動を振り返ってみても、思い当たらない。
裕と笑里のほうを見ると、裕は「大丈夫だ」と大きく口を動かした。笑里は泣きそうになっている。
「今日は、一緒に『Power of Love』を歌ってもらうの。さっき、一緒に練習したの。ね?」
ヒカリに声をかけられ、あわてて「ハイ」と答えた。
「私が大好きな曲です。『Power of Love』!」
イントロが始まる。
レイナは何とか落ち着こうと、目を閉じて深呼吸した。
――大丈夫。お兄ちゃん、見ててね。
♪さあ、立ち上がろう
暗闇でいつまでも膝を抱えていないで♪
最初のフレーズを歌ったとき、マイクが入っていないことにレイナは気づいた。
――あれ? スイッチを切っちゃったかな?
何度もスイッチのオンとオフを切り替えても、マイクは入らない。
客席から「どうしたの?」「マイクが入らないみたいよ」とざわめく声が聞こえてくる。
ヒカリはレイナのことを気にせず、のびのびと歌っている。
袖では、スタッフたちが「どうした?」「マイクが壊れたか?」「替えのマイクを!」と走り回っていた。
――どうしよう。どうしよう、お兄ちゃん。
レイナはバレッタに手をやった。
そのとき。




