さあ、ステージへ
「まああ、レイナちゃん」
笑里はレイナの姿を見るなり、感激のあまり言葉を失ったようだ。
「なんて、キレイなの!」
「アンソニーさんが、キレイにしてくれたの」
「違うわよお。あなたは、もともとかわいいの」
ヒカリのライブは後10分でスタートしようとしていた。
笑里はボイストレーニングのレッスンがあったので、終わってから楽屋に駆けつけたのだ。
レイナの出番は、ライブの中盤だ。
それまで舞台の袖でライブを観たかったのだが、「ここにいたら邪魔になるから」とヒカリのマネージャーに追い払われて、楽屋に戻って来た。
楽屋のテレビをつけると、舞台の映像が映った。
「出番まで袖で観てればいいんじゃないの?」
笑里が裕に言うと、「女王様の機嫌を損ねてしまったみたいでね」と肩をすくめた。
「もう、あの子は。今度レッスンに来たら、そんなんじゃダメだって言わないと」
笑里の言葉に、「レッスンに来たらの話だけどね」と裕は諦めたように言った。
「日本で初めてグラミー賞の最優秀レコード賞にノミネートされたんだから、いい気にもなるだろう。もう、私たちがどうにかできる話じゃないかもな」
ステージから、歓声が聞こえてきた。
「始まるわよ」
アンソニーの言葉に、レイナは胸に両手をあてた。
大音量で演奏が始まり、ステージはスモークで包まれた。セリから上がってきたヒカリがスモークから姿を現すと、大歓声が上がる。
――私も、あのステージに立つんだ。
高鳴る鼓動は、緊張のためなのか、ワクワクしているからなのか、分からなかった。
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「出番でーす」
スタッフが呼びに来て、レイナは我に返った。
ヒカリのライブにすっかり見入っていたのだ。
裕と笑里は、「高音が出てないな」「ねえ、マイクの音量でカバーしてない? 全然声が出てないじゃない」とあれこれ論じていたが、レイナの耳には入らなかった。
ダンサーと一糸乱れずにダンスをしたり、曲に合わせて衣裳が変わったり、レイナにとってはまるで夢のような世界が繰り広げられている。
「さあ、お姫様、行くわよ」
アンソニーに肩を抱かれて、レイナはキュッと唇を結んだ。
「先生と笑里さんは」
「袖で見てるから。大丈夫よ」
二人は優しく微笑みかける。
「練習の通り、歌えばいいから。楽しんできてね」
スタッフに誘導され、袖でスタンバイする。
ステージの中央では、ヒカリがダンサーたちを従えながら、激しいロックナンバーを歌っているところだ。その迫力に、レイナは圧倒された。
曲が終わり、ヒカリは反対側の袖にいったん引っ込んだ。
「ヒカリさんは衣裳を変えて戻ってきます。レイナさんのことを紹介しますから、そうしたら舞台に出てください。立つ位置まで、スタッフが案内します」
舞台監督の男性が、レイナに指示を出す。
レイナはうなずくので精いっぱいだった。
ほどなくして、ヒカリが再びステージに現れた。客席からは歓声や拍手が上がる。
「あれ、衣裳が違う……」
舞台監督は驚いたようにつぶやいた。
見ると、ヒカリはリハーサルの時とはまったく違う衣裳を着ている。
襟元に大きなフリルがついた白いドレスに、白いハイヒール。
袖にいた人はみんなレイナを見る。ヒカリがわざとレイナと同じような衣装を選んでいるのは明らかだ。
「ったく、ライトを変えないといけないじゃないかっ」
舞台監督はあわてて飛んで行く。
「えー、久しぶりに、こんな女の子っぽいドレスを着てみました。20歳にもなって、こんなフリフリのドレスを着るなんてどうかと思うんだけど」
ヒカリのMCに、「かわいい~」「似合ってるよー」と客席から声がかかる。
「ありがとー、嬉しいっ」
ヒカリは満面の笑みを浮かべる。
アンソニーは、「やってくれるわねえ、女王様は」と呆れたように言う。
レイナは戸惑いながら裕を見る。
裕の表情は硬かったが、レイナを見ると、「大丈夫だ、何も気にする必要はない」と優しく微笑んだ。
「そうよお。レイナちゃんには、タクマお兄ちゃんがついてるから、大丈夫よ」
アンソニーが肩に手を置く。
「お兄ちゃんのために歌えばいいの」
――そうだ。お兄ちゃんは、「レイナがステージに立ったら、ボクがピアノを弾くよ」て言ってた。お兄ちゃんのピアノじゃないけど。私、お兄ちゃんのために歌うね。
レイナは目をつむり、深呼吸する。




