すごい歌声
レイナは、壁に飾ってある写真を見て、「これ、おじさんとおばさん?」と聞いた。
「そう。若いころの私達よ」
「ふうん」
裕と笑里の間には、2、3歳の女の子が立っている。裕と笑里は幸せそうに笑い、女の子は笑里の足にしがみついて、カメラの方を見ている。
「この子は、おじさんとおばさんの子?」
裕は「そうだよ」とうなずいた。
「今はどこにいるの?」
「君の大事なタクマ兄さんと一緒のところかな」
レイナはハッとして裕の顔を見た。
「音楽の神様でも、病気の子供を救ってあげることはできなかったんだ。あのころは、毎日神様に祈ったのにね」
笑里を見ると、目のふちをそっと拭っている。
――こんなに大きな家に住んで、魔法のような暮らしを送っているのに、悲しいことからは逃げられないんだ。
レイナはバレッタをそっとなでた。
その日のレッスンの最後に、裕に「あの曲を歌ってくれないかな」とリクエストされた。
レイナはきょとんとする。
「ホラ、僕がゴミ捨て場に行ったときに、ピアノで弾いた――」
「ああ、『小さな勇気の歌』」
「小さな勇気の歌。素敵な名前をつけたのね」
レイナは一呼吸おいてから、歌いだした。
いつもよりも声が出やすい。気持ちいい。レイナはゴミ捨て場で歌っているときのような感覚で、体中から声を出した。
「――すごいな」
聞き終えた後、裕は感嘆の息を漏らした。
「ええ。プロのオペラ歌手でも、最初からここまでの声量はなかなか出ないわよ」
笑里も頬を紅潮させていた。
「ねえ、レイナちゃん。もっとレッスンを受けてみない? 毎日でもいいわよ。うちに通って来ない?」
笑里は興奮しているが、レイナはどう答えたらいいのか分からない。
「私は毎日でも歌いたいけど……ママに聞いてみないと」
「分かった。送って行ったときに、お母さんに相談してみよう」
裕は何かを決意したような表情で言った。




