表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第2章 キセキの歌声
17/165

反響

 レイナはピアノの椅子に座っていた。


 ピアノの持ち主はもうこの世にいない。どんなに待っても、あの音色は聞こえてこない。

 つたないけれども、やわらかなピアノの音。あの音を聞いているだけで、どんなに幸せな気分になれたことか――。


 ――一緒にここを出ようって約束したのに。タクマお兄ちゃん、一人でいなくなっちゃうなんて、ひどいよ。

 

 タクマがこの世を去って二週間が経つ。レイナは何をする気にもなれず、何を食べる気にもなれず、ミハルを随分心配させている。


 ――何の色も、何の音もない世界にいるみたい……。

 レイナはピアノの蓋にうつぶせになった。


 ――神様、お願い。私、もう何も欲しがらないから。ここから出られなくていいから。お願いだから、お兄ちゃんを返して。お兄ちゃんさえいれば、もう何もいらないから。


 そんな祈りを、もう何回したか分からない。毎晩眠る前も、100回ぐらい祈っている。それなのに、目が覚めると何も変わらない日常があるだけだ。

 

 そのとき、何やら騒がしいことに気づいた。

「ちょっとちょっと、中に入らないで下さいよ!」

「危ないから、そっちに行ったら!」

「あの子はどこにいるんですか?」

「知りませんよ、そんなこと!」


 大人たちの怒号が、トラックの音に混じって聞こえてくる。

 レイナは顔を上げ、しばらく聞き耳を立てたが、すぐに蓋に突っ伏した。

 もう、何が起きようと、自分には関係ない。


 トムはいきなり何台ものテレビカメラを向けられて、目を白黒させた。

「な、なんだよ、あんたたち」

「僕たちはテレビ局の人間なんだ。テ・レ・ビ。分かるかな?」

「テレビぐらい、知ってるよ」

 トムはムッとした。


「この動画の子、歌っている女の子、ここにいるのかな?」

 マイクを持った人が、スマフォで動画を見せた。スマフォからレイナの歌声が聞こえてくる。


「なんだ、レイナのこと? レイナはここにいるよ」

 トムが答えると、「どこ? どこにいるの?」「その子に会えるかな」「案内してくれる?」と口々に言われる。


 トムが「こっちだよ」と手招きすると、テレビクルーはゾロゾロとついていく。

「ちょっとお!」と作業員が制したが、誰も振り返らない。


「レイナ!」

 トムに声をかけられて、レイナはゆっくり顔を上げる。

「なんかね、テレビの人が、レイナに会いたいって」

「え?」


 とたんに、テレビカメラを持った人たちがレイナのまわりを囲んだ。

「あなたがレイナちゃん?」

「この動画の声、あなた?」


 スマフォを目の前に差し出される。そこに映っているのは、タクマを火葬している光景だ。レイナは小さく叫び声をあげ、顔を覆った。


「レイナ? どうしたの?」

 畑仕事をしていたミハルは、異変に気づいて飛んで来た。

 テレビカメラがレイナを囲んでいるのを見て、ミハルは息を呑んだ。カメラが自分に向けられ、ミハルはとっさに顔を伏せて背を向けた。


「てめえら。何してんだよ!」

 丸刈り頭で片肘を脱いだ格好の、目つきの鋭い男がミハルの横に立つ。

「その子に何をした?」


 ジンは睨みつけながらゆっくりと近寄ってくる。その背中から腕にかけて見事な龍の刺青があるのを見て、みんなは顔を見合わせ、一目散に逃げ出した。


「えー? レイナに話したいことがあるんじゃないの?」

 トムが声をかけても、誰も戻ってこなかった。


 ミハルはようやく「大丈夫? レイナ」と駆け寄った。

「……お兄ちゃんの、お兄ちゃんのお葬式の時の動画だった」

 レイナの言葉に、ジンはトムを睨んだ。


「おいっ、何てものを見せるんだよ!」

「ごめん、レイナに見せると思わなくて」

 トムはうなだれた。

「とにかく、帰りましょ」

 ミハルが腕をとると、レイナは力なく立ち上がった。


 ミハルに支えられながら小屋に帰る姿を見て、「レイナ、どうやったら元気が出るのかな」とトムは言った。


「ムリだろ。大好きな人を失ったんだぞ? あいつがタクマの後を追ったりしないか、それだけが心配だよ」

 ジンの言葉に、トムは「後を追うって?」と尋ねた。ジンは何も返さなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ