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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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巨大な壁、崩れ去る

「おいっ、やつらが門から入って来たぞ! あいつらも撃て! 撃て!」

 片田は青筋を立てて、喚き散らす。

「ムリです、もう、撃てません」

 野々村はゆっくりと立ち上がる。


「早く撃てってば! やつらがここに来るじゃないか!」

「撃てません」

「はあ? 何を寝ぼけたことを」

「じゃあ、ご自分で撃てばいいじゃないですか」

 野々村はライフルを片田に渡す。


「オレにはもう無理です。これ以上、国民を撃てません」

「ちょ、待てって」


 野々村は一礼すると、屋上から姿を消した。

 片田はこわごわ照準器を覗いて見る。大勢が機動隊を振り切って、官邸に走り込んでくる。だが、とても引き金を引く気にはなれない。


「くそっ」

 ライフルを置くと、階下に駆け降りた。

「おいっ、あいつらを中に入れないようにしろ!」

 大声で指示を出しても、どこにも人の姿は見当たらない。警備員の姿も、部下の姿も。


「おい、三橋、どこに行った?」

 執務室のドアは開け放たれていて、中を覗いても誰もいなかった。

 そのとき、片田はようやく気付いた。

 みんな自分を見捨てて逃げたのだと。


 誰もいない館内に、自分の荒い息だけが響き渡る。


 ――まずい。オレも逃げないと。

 

 そう思ったとたん、膝が震えだす。


 ――いや、まだだ。まだまだ。オレは、こんなことで、終わらんぞ。


 そこに、どこかから歌声が聞こえて来た。

 

 ――この声は……。


 足がもつれて転びそうになりながらも、導かれるように執務室に入る。

 それは、デスクの上のパソコンから流れて来ていた。ライブ会場の動向を確認するために、パソコンでずっと動画を見ていたのだ。


 ライブ会場の外のスクリーンに、レイナの歌う姿が映し出されている。つたないピアノを弾きながら、『小さな勇気の唄』を歌っているレイナ。


♪君に一つの声を聞かせよう

たった今

僕の胸の中に生まれた声を

君に伝えるために

僕はここにいるのだと思うんだ


 その声が胸を激しく揺さぶる。

 すべてを赦しなさい、と。

 自分の過ちから目をそらすな、と。

 そう語りかけているかのようで――。


 片田はいつしかパソコンの前に座り、その歌声に耳を傾けていた。

 焦りも怯えも怒りもすうっと消し飛んで、今、心の底から穏やかな気分になっていた。


 片田は思い出していた。政治家を目指していた、若いころの自分を。

「今の政治じゃダメだ。自分が世の中を変えてやる」

「世の中をよくするには政治家になるしかないんだ」

 周囲に熱く語っていた日もあった。鼻で笑われても、自分なら国を正しく変えられると信じていたのだ。


 そんな正義感は、いつの間に、どこに消え去ってしまったのか。

 もうずいぶん前から気づいていたのだ。鏡に映る自分の目が、果てしなくよどんでいることに。


 ――自分はどこで間違ってしまったのか……。


 片田は唇を噛む。


 ――もう一度、やり直せるんだろうか。こんな自分でも。


 一番が繰り返される。


♪君に一つの花をあげよう

それは勇気という名の花で

君の胸の奥で

決して枯れることなく

咲き続けていくだろう

決して枯れることなく

咲き続けていくだろう



「おいっ、あそこの部屋のドアが開いてる!」

「こっちだ、こっち!」


 にわかに廊下が騒がしくなった。バタバタと大勢の足音がして、「あっ、いた!」と執務室の前で足を止める。

 陸たちデモ隊が、息を切らして立っている。機動隊にもみくちゃにされて、傷だらけだ。


「片田っ!」

 陸が一歩足を踏み入れると、とたんに「静かになさい!」と片田は一喝する。陸はビクッと足を止める。

「この歌が終わるまで、待ってなさい!」

 その迫力に、陸たちは動けなかった。


 レイナの声は、そこにいる人たちを包み込む。

 もう争いはやめましょう。

 もう、憎みあうのは終わりにしましょう。

 そう語りかけているかのように。


 やがて、『小さな勇気の唄』が終わると、片田はゆっくりと立ち上がった。

「私は内閣総理大臣だ」

 陸たちはわずかに後ずさる。


「総理大臣として、最後の命令を出す――投票所を開ける。投票日は明日に振り替える」

 

 


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