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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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歌って、レイナ。

 美晴は衝撃を受けて横に倒れた。


 ――何? 催涙弾が当たった?


 うっすらと目を開けると、誰かが自分に覆いかぶさっている。

 その顔を見て、美晴は驚きの声を上げた。


「ジンさん?」

「……やあ、久しぶり」

 ジンは荒い息をしながら、ニヤリと笑う。

「来るのが遅くなっちゃって、すまんな。もっと早くに来たかったんだけど」

 そこまで言うと、ジンはうめき声をあげた。


「ジンさん? どうしたの? どこか痛いの?」

 美晴は混乱して寝転がったまま、ジンを見上げる。

「いや、大丈夫だ。それより、すげえな。こんなド派手なことをするなんて」

 ジンはハハハッと笑い声を上げる。

「カッコいいよ、美晴さん」


 千鶴がジンの背中を見て悲鳴を上げた。

「血、血が出てる!」

 陸も目を見開いている。

「撃たれてる……!」


「えっ?」

 美晴が驚いて起き上がろうとするのを、ジンは押しとどめた。

「起き上がらないほうがいい。やつらに狙われるから」

 ジンの袖口から血が流れ出て、道路にみるみる血の海が広がっていく。


「……っ! ジンさん、ジンさん、血がっ」

「大丈夫だ、かすり傷だ」

 ジンはニイッと笑顔を見せる。

「レイナも、日本に戻って来たぞ。あいつは、美晴さんがいない間も、必死で闘ってたんだ。どんなに、ひどいことをされても、あきらめなかった。偉いよ。さすが、美晴さんの、子、だな」


「き、救急車、救急車!」

「血を止めなきゃ、誰か!」

 撃たれたジンの姿を見て、全速力で逃げていく者もいれば、硬直して動けない者もいる。

 ジンはやがて、美晴の横に崩れ落ちた。


「ジンさん!」

 千鶴が「血を止めなきゃ!」と首に巻いていたマフラーを背中の傷口に押し当てる。

「ジンさん、しっかりして! ジンさん!」

 ジンはギュッと目をつぶり、苦しそうに息をしている。美晴の頬に涙が伝った。


「うおおーーー!」

 そのとき、陸が雄たけびを上げて、門の前に立ちふさがっている機動隊に突進した。

 たちまち機動隊につかまえられて地面に組み伏せられる。だが、陸に続いて、次々とデモ隊が突進した。機動隊も防ぎきれない。

 とうとう機動隊の壁は崩壊し、官邸に人がなだれ込む。


 陸をつかまえていた機動隊は何人もの仲間から傘や棒で殴られ、たまらずに陸を離す。陸は体を起こすと、「ちっくしょー!」と叫びながら門に駆け込んだ。


 美晴がジンの手を握ると、急速に冷たくなっていく。まるで、あのときの怜人のように。

 その時、どこかから曲が聞こえて来た。


 ――この曲は、レイナの……。


「レイナ、歌って」

 美晴は震えながら、つぶやく。

「お願い、レイナ、あの歌を歌って」



「――タクマお兄ちゃんと、一緒にゴミ捨て場を抜け出そうって約束しました。それが、2年前の誕生日。私が15歳になったら、街に行こうって。それまでにお金を貯めるって。そんな話をしてすぐに、タクマお兄ちゃんはいなくなってしまいました。私の目の前で、トラックに轢かれて。私は今日、あのときのタクマお兄ちゃんと同じ歳になりました」


 ピアノを弾きながら、レイナは語り続けていた。

 会場のあちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。


「私はその後、裕先生と笑里さんと出会って、ヒカリさんのライブに出て。それからはあっという間に歌手になりました。歌手になって、世界中を旅して、みんなとこうやって、ライブで会えるようになって」


「レイナ―!」

「私はここにいるよー!」

 観客が声をかける。あの二人組の女の子も、号泣しながら「レイナあ」と一生懸命手を振っている。


「私ね、幸せだって思う。いつも、まわりには大勢の人がいてくれて。こんなにキレイなカッコをして、おいしいものもたくさん食べられるし、ふかふかのベッドで眠れるし。でも、寂しい。お兄ちゃんに会えないのが、いつも寂しい……」


 レイナはそこでフウと息を吐き、天井を見上げる。

 スポットライトの光。それはまるで、タクマを送り出す日に見た、一筋の朝陽のようだった。


「いつも思うの。お兄ちゃんと一緒に街に出てたら、どうなってたのかなって。きっと、貧しい生活だったけど、二人でいられたら幸せだったって思う。だけど、お兄ちゃんにはもう会えない。どんなに祈っても、願っても、お兄ちゃんは生き返らない。だから、私は歌うの。お兄ちゃんが作ってくれた歌を。そのときだけ、お兄ちゃんとつながれる気がするから」


 そこで手を止めた。


「世界中の人がみんな、幸せになれますように。大切な人と一緒にいられたら、それだけで幸せだってこと、奇跡なんだってこと、みんなにも思い出してほしいの。寂しい人も、独りぼっちの人も、きっと、ずっとそばにいてくれる人が、いつか見つかる。ずっと一緒にいてくれる人が……。


 これは、私の大好きだった人が、私のために作ってくれた歌です」


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