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ゴミ捨て場のレイナ  作者: 凪
第6章 歌って、レイナ
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私の物語

 見上げると、一筋のスポットライトがレイナを包んでいる。

 レイナは、『小さな勇気の唄』の前奏を弾きはじめる。弾きながら、語りはじめた。


「私が生まれた15年前の夜、その日は流れ星が降り注いだって聞きました。その話を繰り返し私にしてくれたのは、マサじいさん。その夜はふたご座流星群がピークだったみたいで、ゴミ捨て場のみんなで、『この赤ちゃんが幸せになりますように』って、何度も流れ星に願ったんだって言ってました。だから、私は強運なんだって。歌姫になるために生まれてきたんだって、マサじいさんはいつも言ってくれました」


 そこで言葉を切ると、歓声と拍手が起きる。

 マサじいさんは感激でむせび泣き、ゴミ捨て場の住人からなぐさめられている。


「ありがとう。こんなに大きな舞台で、こんなに大勢のみんなから声援を送ってもらえるなんて、本当に夢みたいです。今も、毎日想ってるの。朝目覚めたら、ゴミ捨て場の家に戻ってるんじゃないかって……これは夢なんじゃないかって。


 だけどね、ゴミ捨て場の世界が最悪だったってわけじゃないの。仲間がたくさんいて、みんな優しくて、ママもいつも一緒で……大切な日々だった、本当に。あの頃に戻れたらって、たまに思うこともあるぐらい、大切な場所だったの。みんなにも、そういう場所、あるでしょ?」


 レイナの脳裏にタクマの笑顔が蘇る。

 タクマと一緒に駆けまわった、あの春、あの夏、あの秋、あの冬。いつも、手が届く距離にいてくれて。二人でたくさん、夢を語り合った。 


「ごめんなさい、思い出したら、涙が出てきちゃった」

 手を止めて、涙を手の甲で拭う。


「だって、ほんの2年前まで、私はあそこにいたの。ゴミ捨て場が、私の生きる場所だったの。ずっと、ずっと。


 私がゴミ捨て場にいたことは、今まで何度もインタビューで話してきたし、みんなも知ってると思う。でも、最後の歌に入る前に、その話をしてもいいですか?  今日は話したい気分なの」


 静かな拍手が起きた。客席は、すぐにシンと静まる。レイナの言葉を、一言も聞き漏らすまいとみんなが耳をそばだてている。


「ありがとう。それじゃあ、話します。何から話そうかな……。とりとめのない話になっちゃったら、ごめんなさい。 私は、ゴミ捨て場で生まれて、ゴミ捨て場で生きてきました」


***************


 野々村はこめかみに流れ落ちる汗をぬぐった。

 真冬だと言うのに、体中が熱い。それなのに、歯はガチガチと鳴り、指は震える。荒い息を鎮めようとしても、ますます息苦しくなるだけだ。


 野々村と片田は屋上に出ていた。野々村はMP5というライフルの照準器を覗いている。照準器の向こうに、美晴がチラチラと見えた。


 機動隊の攻撃から逃げていた人たちが、徐々に戻ってきつつある。再び、美晴を中心に声を上げはじめていた。

 機動隊も数で圧倒されているので、これ以上どうやって防げばいいのか、困惑しているようだ。門の内側まで下がってしまった。


「もう8時は過ぎてんのに。ムダだよ、ムダ」

 片田は抑揚のない声でつぶやく。

「わめいてばっかの、うるさい虫けらどもめ」


 美晴は傘をさして動き回っているので、なかなか狙いを定められない。

「何やってんだ! 早く撃ちなさいよ!」

 片田が背後で苛立った声を上げる。

「傘ごと撃てばいいじゃないか!」

「うるさい、静かにしろっ!」

 野々村は思わず、片田を怒鳴りつける。その勢いに気圧されて、片田は黙る。

「集中できないので、静かにしてもらえませんか」

 言い直した野々村の声は震えていた。


 シュプレヒコールに混じって、歌声が聞こえてくる。

 野々村は照準器から目を離さずに、その歌に耳を傾けた。


 ――レイナの歌か。うちの綾乃が好きな歌手だな。家でよく歌ってる。

 

 デモ隊の熱気は、屋上のここまで伝わって来る。機動隊に攻撃されて、さぞ怖い思いをしているだろう。それでも、みな必死の形相で、世の中を変えたくて訴えかけている。


 ――闘うって言うのは、ああいうことなんだ。

 

 そう思ったとたん、野々村は全身が震えはじめた。

 

 ――オレ、何してんだ、こんなところで。あの人たちを撃つ気なんて、ホントはないのに。早く家に帰りたい……家に帰って、翔の顔を見たい……。あいつ、昨日は夜泣きが激しくて、綾乃も全然寝てなかったよな。今日はオレが、寝かしてやらなきゃ。綾乃を休ませないと。


 なぜか涙が一筋流れる。

 美晴がこちらを向いた。人に押されて、傘を落としてしまう。


 野々村には、すべてがスローモーションで見えた。

 引き金にかけていた指を、一気に引く。

 一発の銃声が夜空に響いた。




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